ロシア極東マイクロ・ビジネス支援(第2回)

〜ウラジオストクのビジネス環境について〜

 

平成14年3月

経済産業省ロシア・NIS室

ロシア一係長

梁 川 健 史

 

 

 平成14年3月18日から21日にかけてロシア・ウラジオストクに、同地の自動車マーケットを中心に、ビジネス環境調査を行うため訪れることができた。この場をお借りして、その概要について御報告したい。

 なお、以下は、私個人の印象、見解によるものであることを、予め御了承願いたい。

 

【自動車】

 ウラジオストク市の人口60万人に対し、現在の登録台数は約20万台と言われる。年々増加の傾向をたどり、朝夕はもちろん、日中も慢性的な渋滞状況である。日本であれば、信号機を設置する等の対策が採られるところだが、「どうせ誰も守らないからかえって混乱を増す。」とのこと。その代わりか、各所に交通警官が立ち、摘発に当たっている。違反行為に対して、罰金を即時に徴収するが、領収書は交付しないとのこと。

 新車は、ほとんど見られず、右ハンドルの日本製中古車が9割以上のシェアを占めている。ただし、トラックについてはロシア製(カマズ)、バスは韓国製が多い。これは、ロシア製トラックが頑丈であること、バスについては、韓国とロシアでは車両が右側通行であるからとのこと。

 さて、中古車販売店は多数乱立模様であり、現地で聴取したところでは、店舗数もそろそろ飽和状態との見方もあるとのこと。いくつかの中古車販売店では古い車両は売れ残っているようであり、かつてのような、走ればよい、という段階は終わった模様。日本であれば廃車となるものでもロシア極東なら大丈夫と考えるなら、そのようなイメージは捨てるべきと思う。

 自動車部品に関しては、かなりのニーズがありそうだが、新品、中古車から取り外した物(ルイノク(ロシア語で「自由市場」)で販売していた。)、中国製、韓国製等が入り乱れている。多くのドライバーは、自分で部品を取り付けるので、小規模の部品専門の販売店が多数ある。ルイノクではマフラーを担いで帰る男性の姿も見られた。

 日本製のシェアについても聴取したが、例えば、エンジン関係のある部品については、米国製部品メーカーの製品が9割以上のシェアを占めていた。日本製はほとんど姿が無く、小規模の部品専門店で、日本企業の海外工場からの製品がみられたものの、その流通ルートは不明であった。ちなみに、その米国製品の場合、ベルギーからモスクワへ、そして、ロシア各地に流通しているとのことであり、モスクワを起点としたロシア国内の流通ルートの実体を垣間見たように思った。ちなみに、モスクワの税関よりも極東の税関の方が厳しい審査が行われているらしく、それを回避するため、このような流通ルートが定着していると言われている。

 日本製の自動車の場合、車種ごとに部品の種類が異なっており、日本の部品メーカーも多様な車種に対応しているが、米国メーカーは、一部売れ筋のみに対応していた。日本製自動車の人気が高いので、価格が高くとも、日本製の品質の良い部品に対する関心はあるように思われた。

 ただ、実際には、ユーザーの所得水準に応じた部品の購入傾向があり、例えば、バッテリーについては、日本製は5年、韓国製は3年持つが、日本製の価格が3割から5割高いので、一般ユーザーは、韓国製を購入している。トヨタの「ランド・クルーザー」等の四輪駆動車に乗っている高所得層のユーザーは、日本製バッテリーを購入している。おそらく、「日本製は欲しいが、価格がちょっと高い…」というのが平均的な消費者心理であろうか。こう考えると、より安価な日本製部品、すなわち、メーカー純正品ではない、部品専業メーカーの製品が市場を開拓する余地が大きいものと思われる。

 興味深いところでは、日本製品の粗悪な「偽物」に痛い目にあったとの発言が複数のロシア企業から聞かれ、いわゆる模倣品問題の広がりを感じた。また、日本企業の製品であっても、中国等の第三国で生産している物よりも、日本国内で生産された製品に対する評価が高く、「メイド・イン・ジャパン」に対する強い思い入れも印象的であった。

 ところで、自動車整備工場では、なによりも、価格面が重要な要素であるとのことで、コスト削減のため、中国、韓国製部品が使用されており、日本製は中古部品が使用されることが多いとの説明であった。整備工場の幹部からは、日本製自動車は、エンジン部分を中心にどんどん高度化している、ぜひ研修の機会を得たいとの要望も聞かれた。

 このような修理、点検及び部品販売等の周辺分野にはまだまだ市場拡大の余地を感じられた。最近では洗車のサービスを始めたところもあるとのこと(ただし、視察中、街中ではほこりがひどく、また、21日は、雨が降ったため道路はどろどろの状態であった。)。日本の「オート・バックス」や「イエローハット」のような自動車用品店は、ウラジオストクにはまだ無いので、このような立地形態も遠からず出現するものと考えられよう。

 

【オートバイ】

 市内では、ほとんど姿を見ず、原付を1台見ただけであった。ウラジオストク市郊外のアルチョム市付近でモトクロスバイクを数台視認したに留まっている。

 厳しい寒気のため、通勤手段としてバイクを使う人が居ないとの露側の説明には、多少なりとも同地の寒気を知る者として納得できた。専らスポーツとして楽しむニーズが中心とのことで、4月から11月にかけてレースが多数行われ、ウラル以東各地から参加するとのこと。

 ちなみに、台数は、市内で約400台程度、ほとんどが日本製で、主要4社が揃い踏みしている。ただし、ショップは無く、部品はユーザー自身がハンドキャリーで日本から入れている。マニアックなユーザーが多く、価格は高くとも日本製部品への関心、ニーズは大きいと思われた。しかし、専門業者が居ないので、ビジネスとして困難とも感じられた。

 

【中古建機】

 建機のニーズについては、極東各地で建設工事がブームとのことで、慢性的に不足、「持って来てくれば必ず売れる。」との説明もあった。イルクーツク、チタ、クラスノヤルスク等、内陸部の需要は大きく、ウラジオストク及びナホトカで陸揚げされ、各地に散っていく。

 ユーザーである個々の建設会社は、零細で数台程度の建機を持つ程度の小規模のものが大多数であるが、中には、日本にまで行って、実際に操作して状況を確認してから購入する者が少なからず存在する。それゆえ、日本側がロシアで多種のマシンを展示販売すればいい商売になろうとのこと。とはいえ、ロシアでビジネスを行う際は、横流し、窃盗の危険にも十分に配慮すべきとの指摘がロシア人自身からなされたことは、この国のビジネス環境がまだまだ厳しいものであることを彼ら自身が認識していることの現れと思われる。

 

【携帯電話】

 2社(NTK及びPrimtelefon)をリサーチしたが、いずれも加入者数は2万人程度。両社が沿海地方のシェアの約4割ずつを獲得、残る2割を「アコス」が占めている。

 両社いずれとも今後については強気の見通しを持っており、Primtelefonでは、3年後には10万人にユーザーを拡大する、今月末からはサハリンで開業、年内にハバロフスクでの開業を目指すとのこと。

 ロシア全体で見ても、携帯電話の加入者数は、、2001年末で784万人に達している。95年末の約8.6万人に比べれば約100倍に近く、ロシアにおける携帯電話マーケットが短期間に急速に拡大していることを示している(ロシア東欧貿易会の坂口氏の調査による(「経済速報」平成14年2月25日))。

 NTKでは、プリペイド・チップ(Sim-card、一辺約2センチメートルのチップを携帯電話に内蔵、料金を払うことで何度でも再利用可)を導入している。同社は、韓国合弁であるが、交換機など設備分野にはシーメンス製を導入、モトローラ、ホイウェイ(中国)、アルカテル(仏)も導入している。残念ながら、韓国製は使っていないとのこと。日本製については価格、性能とも申し分ないので、アプローチがあれば検討の余地はあるとの回答があったのには多少の期待を感じた。

 通信形式については、両社とも、GSM(欧州で普及しているデジタル通信形式)への移行を本格化している。Primtelefonでは、Docomoの新方式(FOMAのことか?)に関心を示していた。

 携帯電話機は、日本製、韓国製のほか、ノキア、シーメンス等多数のモデルが市販されている。市内各所の店舗では様々なモデルが展示されており、日本と状況はほとんど変わりは無い。加入料は両社とも無料で、通話料に多数のパターンがあるのも日本と全く同じで、昨年(2001年)の春頃に、大きな携帯電話を持て余していた同地のビジネスマンの姿に比べると大きな違いである。

 

【ミンク・コート】

 ところで、ロシアと言えば、高級毛皮にも触れる必要があろう。沿海地方には、5箇所のミンクの養殖場があり、それぞれ年三万匹程度の生産力があるとのこと。従来は、30社余りが操業していたが、98年頃にそのほとんどが倒産してしまっている。

 ミンクの生産ローテーションとしては、3月末から4月にかけて出産、12月に出荷とのこと。訪問したアルチョムの養殖場は、ウラジオストク市内から車で約50分程度、ウラジオストク空港に近いところに立地している。約200メートルの養殖場の建物が10棟あり、まだまだ生産余力はあるとのこと。従来は約90人を雇い、縫製も行っていたが、98年以降はニーズが低下し、今は10人以下しか縫製員はいない。なめし工程は、パルチザンスクの業者に委託している。

 現在、製品はサンクトペテルブルグのオークションで売っているが、運搬費、オークション参加費もかかるので、ほとんどは「たたき売り」しているとぼやいていた。 一方、市内の縫製企業では、沿海地方各地の養殖場からミンクの毛皮を仕入れているほか、サンクトペテルブルグで行われるオークションやシアトル(米国西海岸)から材料を仕入れている。縫製員は12名、月給200〜250ドル程度(市内の平均水準は100ドル前後)。若い工員は居ない。ミシンは、ドイツ製、アメリカ製を導入しており、イタリアの業者から指導を受けたこともあるとのこと。基本的にオーダーメイド的な対応で、大量生産能力は低い様子であった。

 同社は、基本的に国内ニーズが中心と考えている。中国企業から協力して欲しいとの話もあったが、商品のイメージが低下するおそれもあったので、乗り気では無いとのこと。ただ、海外の信頼できるパートナーと組むことについては前向きに考えている。

 

【アルチョムの韓国縫製企業】

 当初、同地の韓国系縫製工場の視察も予定していたが、残念ながら、実現できなかった。現地では、近時、これら縫製工場を巡って人権侵害が行われていると、現地の新聞等で大きく報道されており、記事によれば、体罰、罰金、ソ連時代より大幅に伸びた労働時間が非難の対象となっている。

 同地域は、旧ソ連時代は、現在のNIS諸国(旧ソ連邦を構成していた中央アジアやコーカサス諸国等)で生産された材料をもとにしたメリヤス製品の産地であったが、ソ連解体後は材料が来なくなり、また、廉価な中国や韓国の製品に国内マーケットを奪われ、次々に閉鎖に追い込まれたとのこと。同地に進出した韓国企業は、閉鎖された工場を使用し、そこで働いていた縫製工を集めて操業している。製品のほとんどは米国に輸出されているとのことであるが、ロシアについては、繊維製品の対米輸出制限がないことが、同地で生産し、輸出を行う大きなインセンティブになっていると言われている。

 

【まとめ−中小企業にとってのロシア・マーケットの魅力】

 最近一、二年のロシアのマクロ経済データは「絶好調」と言っても過言ではあるまい。投資環境の面でも、税関はじめ改善を要すべき部分は数多く指摘できると思うが、プーチン大統領の就任以来、絶対的な水準としては、改善が進んでいると思う。

 こう申し上げると、ロシアと言えば、未だに98年の金融危機のイメージを浮かべる方も多いと思われる。現在では、商品は十分に供給されており、モスクワはもちろん、在京のロシア大使館の書記官が「一度も行ったことがない。」と言っていた極東の地であっても、かつて映像で繰り返し放映されたような、商品を求めて人々が行列を作っている姿は皆無と言ってよいであろう。ただ、商品の陳列棚を眺めても、目に付くのは、高級スーパーではヨーロッパ製品であり、庶民が利用するルイノク(自由市場)では、韓国、中国製品であり、どちらとも日本製品のプレゼンスが乏しいことが気がかりである。

 支払の確実性という面では慎重な検討を行う必要はあろうが、ロシア極東も水産物と木材の供給地としてだけではなく、日本企業が対応可能なさまざまなニーズがそこにはあると思う。

 もちろん、人口の絶対数は、極東全体で約700万人余りであり、ウラジオストク市も人口約60万人と日本の地方都市レベルでしかない。大企業から見れば「パイが小さすぎる。」「とても足らない。」と言わざるを得ないことも事実である。しかし、そこでのニーズの拡大は急速、かつ多様化しつつあり、中小レベルのビジネスを取り組むには、魅力あるマーケットと考えられると思う。

 昨今、日本企業の多くがマーケット、あるいは生産拠点を求めて中国に目を向けているが、ロシア、そして、ロシア極東にも目を向けていただくことは一考の価値があると思う。

 「ロシアはちょっと…。」とおっしゃられる方のためには、ロシア東欧貿易会が、当省及び外務省と取り組んでいる「マイクロ・ビジネス支援」は、しっかりとしたサポート体制の下で、具体的なビジネスチャンス獲得に役立つと思う。また、同会が有する豊富なデータ、ネットワークも十分に活用いただけるであろう。多少なりとも関心をお持ちの方は、ぜひ、同会に御一報いただけると幸いである。

 以上

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