ロシア東欧貿易調査月報 1993年11月号 |
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ロシア極東地方主要港の概況
1. ナホトカ港
2. ボストーチヌイ港
3. ウラジオストク港
4. ワニノ港
5. ホルムスク港
6. コルサコフ港
7. マガダン港
8. ペトロパブロフスク・カムチャツキー港
はじめに
旧ソ連は巨大な内陸国であった。外海への出口は極めて限られていた。ヨーロッパ部ではバルト海、白海、国会、極東地方では日本海とオホーツク海に向かって開けてはいるものの、国土の南部は長大な国境線で中国をはじめとする諸外国と接し、北方は氷に閉ざされた北極海である。
このため、主要港といえば、オデッサ、カリーニングラード、リガ、タリン、レニングラード、ムルマンスク、ウラジオストク、ナホトカ、ボストーチヌイ、ワニノ、ペトロパブロフスクなど数えるのも簡単であり、国内貨物輸送では鉄道が圧倒的に重要な役割を果たした。
経済の国際化が進展すると共に、対外貿易の窓口である港湾の持つ重要性が高まっているのは当然であるが、ソ連邦解体(1991年12月)後、それまでの港湾事情は大きく変化した。とりわけロシアにとって、状況変化がもたらした影響は大きく、早急な対応が必要になっている。
要点を述べれば、ソ連邦が解体し、15の共和国が独立した結果、ロシアはオデッサ(ウクライナ)、リガ(ラトビア)、タリン(エストニア)、などヨーロッパ部の重要港を自由に利用することができなくなったのである。したがって、カリーニングラード港の増強が緊急課題となると同時に、極東地方の諸港の整備・拡充が差し迫った問題として浮上している。
時代は折から、太平洋の時代といわれ、世界貿易の中心は大西洋経済圏から太平洋経済圏へと急速に移りつつある。旧ソ連の時代から、この変化は十分に認識され、対応策が真剣に検討されていたが、ゴルバチョフ・ソ連共産党書記長(当時)のウラジオストク演説(1986年)とクラスノヤルスク演説(1987年)による旧ソ連の太平洋地域国家宣言と太平洋経済圏との諸関係緊密化の企図表明があり、極東地方の全ソ敵(全ロシア的)重要性が著しく高まった。
極東地方諸港の役割がさらに高まったわけである。環日本海経済交流と経済協力も構想の段階は当に過ぎ、有望な多国間協力プロジェクトの具体化が課題となっている。そこで本稿では、極東地方の主要8港について、概観を試みることにした。これら主要8港の貨物取扱量を合計すると、極東地方にある22港の全貨物取扱量の90%近くを占める。
なお、極東地方の一般的な港湾事情及びザルビノ港については、望月喜市教授と神代方雅氏共同執筆の「ロシア極東ザルビノ港拡充計画」(当ロシア東欧経済研究所『調査月報』1993年9月号)を参照されたい。
本稿は、当ロシア東欧経済研究所 小川和男副所長が執筆したものである。
CIS経済同盟条約
経済同盟創設条約〔CIS経済同盟条約〕
経済同盟創設条約の実現についての議事覚書
資料紹介
1993年9月24日、モスクワ市において、独立国家共同体(CIS)加盟9カ国―アゼルバイジャン、アルメニア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギスタン、モルドバ、ロシア、タジキスタン、ウズベキスタン―によって、経済同盟創設条約が調印された。(ウクライナ、トルクメニスタンは調印せず準加盟にとどまる)。
経済同盟の目的は、加盟国間の経済協力を緊密化し、商品、サービス、労働力、資本の自由な移動や関税障壁の段階的撤廃を達成することである。
条約は全34条からなり、全文で主権尊重の原則のもとに共通経済圏の創設と加盟国間の経済関係強化をうたい、各国の経済改革を進めると共に、@市場経済を基礎とした共通経済圏の段階的創設、A商品、サービス、労働力、資本の自由移動、B金融、通貨、関税政策の調整、C域内関税障壁の段階的撤廃―などを通じた経済統合を目標とする内容となっている。
しかし、単一ルーブル圏の創設、独自通貨発行国とロシア中央銀行との間の利害調整をめぐっては十分な詰めの作業が行われておらず、ロシア側がどこまで譲歩し売るかが今後のカギを握っているといえよう。
CIS諸国間の主要商品の移出入関係
1. 生産財
2. 消費財
はじめに
このほどCIS統計委員会が,1992年のCIS諸国間の主要商品の移出入関係をまとめた統計集を刊行したので,ここではこれを抜粋して紹介する.書名は,CIS統計委員会『生産財および消費財の国家間取引』(Statistical Sodruzhestva Nezavisimykh Gosudarstv,Mezhgosudarstvennyi obmen produktsiei proizvodstvenno-tekhnicheskogo naznacheniya I po trebitelskimi tovarami, Moskva: Finstatinform, 1993)である.
今回のデータが画期的であるのは,従来は旧ソ連の共和国間の移出入関係がきわめて断片的にしかうかがい知れなかったからである.もともと旧ソ連は連邦全体でひとつの中央集権的な国民経済を形作っており,共和国間の商品供給関係を貿易統計のような形で示すことはあまり有効でなく,政治的にもタブーであった.
それでも,ペレストロイカのもと共和国の主権が唱えられるようになるにつれ,共和国間の移出入関係も徐々に明らかにされるようになった.たとえば,本誌1990年7月号に紹介したソ連統計国家委員会の記事(「ソ連における共和国間の経済的相互依存関係」)のような資料が公表された.ところが,この資料では各共和国が主要物資をどれだけ移出入しているかが示されたのみで,どの共和国に移出しどの共和国から移入しているのかという点にはまったく触れられていなかったのである.また,ある資料(ソ連統計国家委員会『ソ連国民経済の資材・機械補給』モスクワ,Finansy i statistika,1988,pp.142−149)では共和国間のエネルギーの移出入関係のマトリックスが掲載されていたが,これは単なる経由も移出・移入として扱っており,産出国および最終仕向国を明示するものではなかった.
したがって,たとえばロシアが旧ソ連構成各国に石油をそれぞれ何t供給しているかといったデータが公式統計で確認されるのは,この統計集のシリーズがはじめてということになる.しかも今回のように広範な商品の移出入関係が明らかにされるのは以前にはなかったことである。
なお,この資料に関しては以下の点に留意されたい.
● 移入側についてはグルジア,バルト3国も含むすべての旧ソ連構成国が挙げられているが,移出側はCIS諸国だけである.
● アゼルバイジャンおよびモルドバによる生産財(すなわち第1表〜第17表)の移出に関するデータは提供されていない.
● 外国貿易統計にもいえることだが,いわゆる通関実績ではなく企業報告にもとづいている点が問題である.
A国の移出として計上されるのはA国の自国企業の生産した商品に限られ,同国企業がB国の商品を買い付けてC国に輸出するケースなどは含まれていないようである.ただしウクライナの移出については,
「1992年に同国の企業により生産された製品と,いずれかの年にその他のCIS諸国で買い付けられ1992年にウクライナ領外に販売された製品が含まれる」とされている.
以上のように,とりわけ通関実績にもとづいていないという問題点ゆえに,その正確さと一貫性に難があるもの,CIS諸国間の商品取引の輪郭を示す注目すべき資料であることには変わりない.
ところで、実はCIS統計委員会は前年にも同様の統計集を刊行している(CIS統計委員会『1991年の生産財の国家間取引』および『1991年の消費財の国家間取引』、モスクワ、Finansyi Inzhniring,1992)本稿では、割愛したが、これらを今回の統計集と対照することによってCIS諸国の商品に出入が総じて縮小してきていることを具体的なデータで確認できる。例えばロシアから旧ソ連構成諸国への原油の供給は、1990年1億3,572万t、1991年1億1,708万t、1992年7,550万tと、大幅に低下している。ウクライナから旧ソ連構成諸国への石炭の供給はそれぞれ、912万t、625万t、339万tと激減している。
旧ソ連構成諸国の経済不振が、こうした域内取引の縮小と連動したものであることは言うまでもない。1993年9月24日に9カ国により調印されたCIS経済同盟条約の主要目的は、締約国間の伝統的な供給関係を維持することにより、各国の経済の落ち込みに歯止めをかける点にあるといえよう。
とはいえ、同条約はあくまでも総論であり(しかも重要国ウクライナが準加盟にとどまった)、CISの経済統合を具体化していく作業は今後の交渉に委ねられている。政治的に未成熟な旧ソ連諸国が経済的な利害をなかなか調整できていない現状を考えれば、EC型の経済同盟はもとより、自由貿易地域の実現にもかなりの困難が予想される。また、旧ソ連の現状で、生きない市場を最重要視すること(これ自体は当然の動き)は実質的に、市場経済化及び世界経済への参入という戦略からの一定の方針転換を合意し、その際長期的に見れば、CIS諸国の競争力の一層の低下が生じかねないことも懸念される。
1993年1〜6月のロシア極東経済
1. 概況
2. サハ共和国(ヤクーチャ)の1993年上半期経済
3. 沿海地方の1993年上半期経済( 『ウトロ・ロシア』紙, 1993. 7. 23 )
4. ハバロフスク地方の1993年上半期経済(『チハオケアンスカヤ・ズヴェズダ』 1993.8.3 )
5. アムール州の1993年上半期経済(『アムールスカヤ・プラウダ』紙, 1993.8.5 )
6. サハリン州の1993年上半期経済(『ソビエツキー・サハリン』紙, 1993.8.4 )
はじめに
ロシア経済の混迷が続くなかで、日本に近接する極東は、日本との経済関係を比較的進めやすい地域として重視されている。最近ではこの極東地域の経済動向が紹介される地元の新聞を入手できるようになったため、ここに1993年上半期の経済実績の概要をサハ共和国(ヤクーチャ)、沿海地方、ハバロフスク地方、アムール州、サハリン州について紹介する。
執筆者は当研究所調査部 中居孝文研究員である。
1993年1〜9月のロシア経済
1. 概況
2. 財政・金融
3. 物価
4. 商業
5. 所得
6. 労働
7. 工業
8. 農工コンプレクス
9. 基本建設
10.運輸
11.対外経済関係
はじめに
このほど、ロシア統計国家委員会は1993年1〜9月の同国の経済実績を公表した。そこで統計国家委員会の刊行した報告(『ロシア連邦における経済改革の発展について(1993年1〜9月)』およびその統計補足篇に基づいて、その基本点を紹介する。
1993年1〜9月のCISの経済実績
1. 1993年1〜9月のCIS諸国の経済概況
2. 工業
3. 農業
4. 建設
5. 運輸
6. 財政・金融
7. 国民の貨幣所得・支出
8. 物価
9. 商業
はじめに
ロシア『実業界』紙(1993.11.8〜14)にCIS統計委員会が発表した1993年1〜9月のCIS諸国の経済実績が掲載されたのでその概要をここに紹介する。
1993年1〜9月のCIS諸国の実績では、各国の経済状況の際が見られるようになってきた。今後、旧ソ連時代に形成された分業体制を相互の協力関係のなかでいかに活かしていくかが、各国の発展の鍵となろう。
CIS統計委員会は加盟各国の国家統計機関から提出されたデータによって統計を作成している。アゼルバイジャンは9月24日のCIS首脳会議で経済同盟に調印してCISに再加盟し、CIS統計委員会への経済データの提出を再開した。一方、モルドバは経済同盟には調印しているが、8月に議会がCISへの加盟を否決しており、今後、CIS統計委員会にデータを提出しなくなる可能性が出てきた。