ロシア東欧貿易調査月報 1998年10月号 |
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実体経済重視のプリマコフ内閣
北海道大学名誉教授
望月喜市
1.プリマコフ新内閣はどのような政策をとるのか
2.8月17日の措置は実体経済にどのようなダメージを与えたか
3.産業振興に必要な政策は何か
はじめに
この小論は、8月17日キリエンコ前内閣の実施した「ルーブル通貨の実質切下げと3カ月の対外民間債務の支払い凍結措置」が、実体経済に及ぼした影響と、その後9月11日に成立したプリマコフ内閣の新経済政策の行方を探ることを目的としている。ただし、現時点では内閣の統一方針は必ずしもはっきりしないが、成立以来2カ月になろうとしている現在までに、折に触れ表明されてきたプリマコフ新首相の言動を軸に方向性を探った。また、実体経済振興に不可欠な投資動向を分析した。
ロシア金属分野で活動する企業群(1)
当会ロシア東欧経済研究所調査部次長
坂口泉
第1部 鉄鋼分野
1.ロシア鉄鋼業界の現状
2.主要製鉄所の現状
プリマコフ政権下における中央・地方関係再構築への模索
日本貿易振興会 アジア経済研究所
平泉秀樹
1.経済危機と地方の対応
2.プリマコフ政府の地方対策
3.地方の反応と今後の展開
4.ロシア国家体制の問題点
5.新しい国家体制構築への模索
おわりに
はじめに
1998年8月17日のロシア政府・中央銀行の共同声明によって触発された経済危機は、その後、この共同声明を発した政府閣僚全員の大統領による罷免によって政治危機へと発展し、事実上の中央権力の空白が1カ月近くに及んだ。最終的に、大統領、国家会議(下院)および連邦会議(上院)、すなわち大統領、各政党、地方政治指導者達の妥協によってプリマコフ新政権が組閣された。新政府の最も緊急な課題は、8月17日の共同声明によって生じた経済的混乱を収束させることにあることには論を待たないが、より大きな課題として、これまでのエリツィン改革路線といわれる改革過程の中で蓄積された諸問題(国家財政の安定、いびつな税法の改革、国内産業の育成、企業改革、金融システムの安定
等々)の克服がある。
しかし、プリマコフ新首相は、これら経済問題にとどまらず、新しい国家体制を再構築するという困難な課題を自らに課したように思われる。それは、首相が、政府の最も重要な課題のひとつとして「ロシアの統一性維持」を掲げたこと、すなわちロシアの統一性を脅かしている中央と地方の権力関係を整理しようとしていることに示されている。上院議長(オリョール州知事)によれば、現在のロシア国家体制は、「ロシアには、権力の垂直性も、従属関係、相互責任性もない。…中央も、地方も、地方自治体も自分のことだけを考えるという状況」に陥っており、その解決のためには「権力の垂直性と、地方自治が必要である」(RG、1998.10.10)。
プリマコフ新政権は、「ロシアの統一性維持」、すなわちロシア国家体制における「権力の垂直性、従属関係の確立」を、中央政府による地方首長の罷免権獲得によって、また現憲法に定められた89連邦構成体を統合・整理することによって達成しようとしているようだ。しかし、新たな国家権力関係の再構築は、単に「地方首長の罷免」という処罰による方法では達成されない。また連邦構成体の統合も非常に困難な問題を抱えている。
本稿は、このような観点から、経済危機を巡って生じた地方政治における脱中央化の現状と、これに対するプリマコフ政権の対応を明らかにし、これを手がかりに今後のロシア国家体制の行方を考えてみたい。