ロシアNIS調査月報
2022年1月号
特集◆ソ連解体から30年の
経済建設の軌跡
 
特集◆ソ連解体から30年の経済建設の軌跡
調査レポート
ソ連崩壊から今日までのロシア経済
調査レポート
人的背景から見たウクライナの政治経済の30年
調査レポート
パラサイト国家ベラルーシの興亡
調査レポート
転換期を迎えているモルドバ経済
調査レポート
カザフスタンの石油・ガス牽引成長と多角化
調査レポート
キルギス経済30年の歩みとクムトル金鉱の功罪
調査レポート
新たなスタートを切ったウズベキスタン
調査レポート
トルクメニスタンの上流開発の現状とガス輸出戦略
調査レポート
タジキスタン:変わらぬ経済と南南連結への期待
調査レポート
アゼルバイジャン:SOCARの歩みと資源開発
調査レポート
アルメニアのIT産業とスタートアップエコシステム
調査レポート
ワインと観光の国ジョージアの次なる成長産業
ユーラシア珍百景
ソ連崩壊の瞬間に立ち会ったカメラマン
記者の「取写選択」
沿ドニエストルの光と影


調査レポート
ソ連崩壊から今日までのロシア経済

酒井明司

 1991年のソ連崩壊から今日までのロシア経済を、その成長率で辿るならば、@1990年代の混乱期、A2000年代の高成長期、B2000年代末から今日までの低成長期、という3つの大まかな時期に区分できる。
 それぞれ時期のロシア経済に対しては、これまで多くの分析や批判が多岐にわたりロシア内外で提示されてきた。その中で焦点となったT〜Vの議論は、いずれも現在のロシア経済の分析でも避けては通れない論題として残されている。本稿では、それらの視点の成り立ちや特性を鳥瞰しつつ、ロシア経済の成長実現の条件を探ることとしたい。
T. ワシントン・コンセンサスに従うロシア経済への処方箋とそれに対する批判
U. ロシア経済が炭化水素の生産・輸出に依存する問題
V. 国家資本主義の流れへの新自由主義経済思想からの批判


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人的背景から見たウクライナの政治経済の30年

神戸学院大学経済学部 教授
岡部芳彦

 ウクライナ独立以後、拡大するEUとロシアの狭間で、ウクライナの政治経済は外的要因から大きな影響を受けた。日本では、その30年の歩みについての政治的な背景は、末澤恵美らの論考があり、また、マクロおよびミクロの両面からの総括的経済分析は、本誌において継続的に行われてきた。
 そこで、本稿では、それらと異なった視点、すなわちウクライナ経済建設の30年における人的背景を見てみたい。ウクライナ独立、オレンジ革命、マイダン革命、ロシアによるクリミア併合、東ウクライナ危機などウクライナ国内要因が国際政治にも大きな影響を与えた出来事を通じて、その政治経済において、どのような人的背景があったのかを検討したい。
 具体的には、筆者が出会ったウクライナ経済に関係する政財界人を中心にその経歴やキャリアなどの事例を紹介し、考察を加える。また、筆者がそれらの人物と交流する中で感じた印象も併せて記したい。なお、それぞれの肩書については筆者が面会した時点のものを記載している。


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パラサイト国家ベラルーシの興亡

ロシアNIS経済研究所 所長
服部倫卓

 「パラサイト」とは寄生生物、寄生虫という意味であり、ベラルーシをそのように呼んだら、同国の愛国者(および日本にも少数ながらいるであろうベラルーシ・ファン)は憤慨するかもしれない。本稿のタイトルにある「パラサイト国家」とは、あくまでも、独裁者A.ルカシェンコが作り上げてきた国のありようを表現したものなので、悪しからずご容赦いただきたい。
 そう、ルカシェンコ体制の対ロシア関係は、単なる「依存」を通り越して、宿主ロシアに「寄生」しているとしか言いようのないものである。ちなみに、自然界では寄生生物が宿主の思考や行動を支配することが稀にあるそうだが、ベラルーシ・ロシア関係でもあわやそのような事態が生じかけたこともあった。
 だが、2018年以降ロシアが態度を一変させたことと、2020年大統領選で異変が生じたことにより、ルカシェンコは今までどおりのやり方は続けられなくなった。それにより独裁が崩れるとしたら、ベラルーシ国民にとってはむしろ喜ばしいことだが、その攻防の中で、ベラルーシの国家主権自体が危機にさらされている。
 本稿では、ベラルーシという国の特質、ルカシェンコ大統領が進めてきた対ロシア統合の経緯を振り返った上で、現在ベラルーシが陥っている状況につき考察する。


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転換期を迎えているモルドバ経済

神戸大学経済学研究科 教授
吉井昌彦

 モルドバ共和国(以下、モルドバ)は、ウクライナとルーマニアにはさまれた、旧ソ連邦の小国である。モルドバはいくつかの特徴をもつことで知られている。政治的には、1991年の独立以来、東(ロシア)を向くのか、西(EU・ルーマニア)を向くのかという対立軸で揺れてきたこと、そして国内にトランスニストリア(沿ドニエストル)という未承認国家を抱えていることである。経済的には、ヨーロッパで最も貧しい国の1つであり、多くの市民が移民労働を行っていることである。
 モルドバ経済は、2020年12月にマイア・サンドゥが大統領に就任したことにより転換期を迎えている。モルドバ大統領選挙の争点については六鹿(2021)が詳しく論じているので、本稿では、モルドバ経済の現状を述べた後、2021年7月の議会選挙の結果を述べ、モルドバ経済がなぜ転換期を迎えているのか、そして今後の経済政策の課題について論じてみたい。なお本稿では紙幅の制約で多くの図表等を掲載できなかった。本稿のベースとなった拙稿(2020)を参照いただきたい。


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カザフスタンの石油・ガス牽引成長と多角化

ロシアNIS経済研究所 名誉研究員
坂口泉

 他の多くの旧ソ連諸国同様にカザフスタンも社会主義経済から市場経済への移行に伴う困難に直面し、ソ連解体後しばらくは経済混乱が続いた。
 しかし、1990年代半ばごろから徐々にいわゆる「移行ショック」から立ち直り、1999年以降は安定した経済成長を続けてきた。それを可能にしたのは同国の基幹産業である石油ガス分野であったと考えられる。より具体的に言えば、「移行ショック」がもたらした苦境から脱却できたのは外資系企業によるカザフスタンの石油ガス分野への投資が活性化したからであるし、1999年以降に安定した経済成長を維持できた背景には油価の高騰と石油生産量の増加という要因が存在したからだと考えられる。
 ただ、2020年のコロナ禍がそれを端的に証明したように、石油ガス分野に過度に依存する経済は油価の変動になすすべもなく翻弄されるという危うい側面も有している。カザフスタン政府もその点は十分に認識しており、ロシアと同じように自動車分野を軸に産業構造の多角化を試みたが、今のところ目立った成果は得られていない。換言すれば、今日にいたるまで石油ガス分野に大きく依存するという体質に大きな変化は見受けられない。
 本稿では、石油ガス分野が盛衰のカギを握る存在であるという認識に基づき、同分野に焦点を当てながらソ連解体後のカザフスタン経5済の30年を振り返る。その他、政府が挑戦した自動車分野を軸とする産業構造の多角化の試みの現在地についても言及する。


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キルギス経済30年の歩みとクムトル金鉱の功罪

ロシアNIS経済研究所 研究員
大内悠

 1991年12月のソ連解体に伴い、キルギスは独立国家としての新たな一歩を踏み出した。しかし経済・財政運営の大部分をソ連中央に依存しかつ産業基盤が弱体であった同国にとって、新生独立の船出は極めて深刻な経済的苦難を伴うものであった。いかにして未曾有の移行不況から速やかに脱し、経済発展への道筋を立てるかが焦眉の課題となった中、キルギス経済再建の切り札として白羽の矢が立ったのが「クムトル金鉱」であった。
 1997年にカナダ資本参入によるクムトル金鉱での金生産開始以降、キルギスはその「恩寵」に大いに与ってきた一方で、莫大な経済資産であるがゆえに汚職等の政治スキャンダルが後を絶たず、さらに環境破壊に関する問題も度々引き起こされるといった負の面とも常に隣り合ってきた。そして独立30周年を迎えた2021年、キルギス政府がクムトル金鉱の一方的な国有化の動きを見せるなど、同鉱を巡る情勢はここにきて先行きの見通せないものとなっている。
 そこで本稿では、キルギスの経済建設30年の歩みを、クムトル金鉱を主題にして振り返る。第1節では、新生キルギスがクムトル金鉱での金生産開始に至るまでの経緯を俯瞰する。次節ではクムトル金鉱がキルギスのマクロ経済にどのような役割を果たしてきたのかを、統計資料を基に整理する。第3節ではクムトル金鉱プロジェクトを主因とした軋轢、具体的には契約条件や環境問題、国有化に関する議論にスポットを当てる。第4節では、2021年に入り急速に「国有化」へと傾いたクムトル金鉱の情勢および現況を点描する。そして最後に本稿を総括する。


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新たなスタートを切ったウズベキスタン

ロシアNIS経済研究所 研究員
中馬瑞貴

 2021年10月24日に大統領選挙が行われたウズベキスタンでは、80.12%の得票率(投票率87.7%)で現職のシャフカト・ミルジヨエフ大統領が再選を果たした。
 2016年9月にイスラム・カリモフ初代大統領が逝去した後、3ヵ月の大統領代行期間を経て同年12月にウズベキスタンの2代目大統領に就任したミルジヨエフは、2003年から約13年間にわたって首相としてカリモフを支える立場にあった。しかし、大統領(代行)就任後、カリモフ時代とは一線を画す積極的な改革を断行し、ウズベキスタンに大きな変化をもたらした。こうしたミルジヨエフの改革は世界的にも高く評価され、2019年には英国誌『エコノミスト』によってウズベキスタンがカントリー・オブ・ザ・イヤーに選ばれるほどであった。
 5年間で市場開放や経済自由化を進め、周辺国を中心に対外関係を改善してきたウズベキスタンだが、課題は今なお山積し、改革の継続が必要なようだ。ミルジヨエフ大統領自身、11月6日に行った就任演説で、「新しいウズベキスタン」の実現を強調した。そこで本稿では、5年間のミルジヨエフ政権下のウズベキスタンを総括するとともに、大統領教書演説から見える今後の展望を考えてみたい。


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トルクメニスタンの上流開発の現状とガス輸出戦略

石油天然ガス・金属鉱物資源機構
原田大輔 四津啓

 ロシア、イラン、カタールに次いで世界第4位の天然ガス確認埋蔵量を誇るトルクメニスタンにとって、国家財政の屋台骨である天然ガス資源(アジア開発銀行等の統計によると、トルクメニスタンの2019年の天然ガス輸出額は輸出額全体の8割)を海外へ輸出し、外貨を獲得することは最重要課題である。しかし、2009年に完成した中国向けガスパイプライン以降は、新たなガスパイプラインの建設はほとんど進んでいない。
 特に欧米で気候変動問題への対策が進む中、トルクメニスタンは天然ガス資源のマネタイズを急がねばならないが、資源そのものの開発に加えて内陸国であるが故に必要となるインフラ(パイプライン)整備も高額の投資が求められ、償却にも長期間を要するという足枷、いわゆる座礁資産化のリスクも負うことにもなる。
 本稿では、トルクメニスタンでのガス田開発が今後も順調に推移するのか、上流開発と輸出戦略の現状を俯瞰し、どのような課題を抱えているのか考察する。


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タジキスタン:変わらぬ経済と南南連結への期待

富山大学研究推進機構極東地域研究センター 教授
堀江典生

 タジキスタンが注目を浴びることは、なかなかない。1998年に国連タジキスタン監視団政務官であった秋野豊氏が反政府武装勢力の襲撃により殉職する痛ましい事件はよく知られているものの、同国に関わる報道を普段目にすることはない。それは、日本に限ったことではないだろう。タジキスタンは、周辺諸国以外からは、なかなか視線を浴びにくい内陸国である。最近報道で着目されたのは、アフガニスタンをタリバンが掌握した際に、多くの難民の受け入れ先として同国が挙げられたことであろう。
 ソ連解体30周年を題材とする本誌特集において、独立後30年間のタジキスタンを隈なく概観することはできないが、タジキスタンが抱える諸課題を、豊かな水資源と電力開発、疲弊する主要産業としての農業、そして、中国のBRIの影響を題材に紹介する。次節では、タジキスタン経済の概要を紹介する。第2節では、豊かな水資源をもつタジキスタンが、国内需要を満たすとともに周辺諸国への送電を行うために電源開発を活発化させる一方で、水資源を活用する農業では灌漑設備の維持・改修が滞り、農村が疲弊し、ロシアなどへの出稼ぎ労働を生みだしている構図を紹介する。第3節では、BRIに基づく中国経済のタジキスタンへの伸張に目を向ける。近隣諸国との国境を跨がる諸プロジェクトを題材に、中国経済のタジキスタンへの伸張の意味および中国からタジキスタン、アフガニスタンを経由しイランに向かうBRI回廊へのタジキスタンの期待を考察し、最終節に総括したい。


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アゼルバイジャン:SOCARの歩みと資源開発

ロシアNIS経済研究所 主任
長谷直哉

 アゼルバイジャンは、帝政ロシア期、ソ連期、そしてソ連崩壊からの国家独立とその後現在にいたる30年間のすべてにおいて、資源開発を主産業として成り立ってきた。その点だけを切り取れば、バクー油田開発に始まり、現在のカスピ海での油ガス田開発に至る、恵まれた地下資源を背景に発展してきた幸運な国と捉える向きもあるかもしれない。
 しかし、ソ連崩壊以降の30年間、アゼルバイジャンの石油ガス産業がたどってきた道のりは、奈落にまで落ちた同国の石油産業を再興し、外国のオイルメジャーと新たな協力関係を築き、当時は将来の見えにくかったカスピ海開発に投資を呼び込み、ロシアに依存しない新たな石油・ガスの輸送ルートを構築し、大規模な天然ガスの輸出というアゼルバイジャンにとって新たな産業を開拓し、需要地である欧州市場においてプレゼンスを確立するという、数々の障害を乗り越えていく、挑戦に満ちたものであった。
 本稿ではこの道のりを、同国国営企業であるSOCAR(The State Oil Company of the Azerbaijan Republic)を主役に据え、その事業の軌跡を追うことでアゼルバイジャン石油ガス産業における過去30年間を振り返り、その産業発展について説明と分析を試みたいと考える。


調査レポート
アルメニアのIT産業とスタートアップエコシステム

SAMI 代表取締役
牧野寛

 ソ連崩壊後30周年の特集にあたり、本コラムでは、アルメニアのIT産業とスタートアップエコシステムについてご紹介する。「ソ連のシリコンバレー」と呼ばれたアルメニアは、ソ連時代、また2000年代後半にIT産業を大きく発展させた。安価で優秀なソフトウェアエンジニアを輩出し、欧米諸国からの受託開発や、欧米テック企業の人材ハブとして成長した。
 アルメニアのIT産業については、日本語でも様々なレポートを読むことができる。一方で、アルメニアのIT産業と同国のスタートアップコミュニティの関わりについて直接的に書かれたものは少ない。本稿の執筆にあたり、筆者はアルメニア・エレヴァンに実際に足を運び、現地で実際にスタートアップ業界に関わる方々に話を聞いてきた。現地でのインタビューを踏まえて、アルメニアのスタートアップ文化やコミュニティがいかに発展し、先行して発展した同国のIT産業とどのような関わりを持っているのかについて、見ていきたいと思う。


調査レポート
ワインと観光の国ジョージアの次なる成長産業

野村総合研究所 社会システムコンサルティング部
谷口麻由子

 北はロシア、南はトルコやイラン、カスピ海と黒海の間に挟まれた、ヨーロッパとアジアの間に位置しシルクロードの要衝にあるコーカサス。コーカサスに位置するジョージアは、人口370万人ほどの小国であり、地理的な立地を活かし多くの地域に向けたオープンな政策をとってきた。主要産業が農業(ワイン)と観光であるが、観光は世界的にも成長分野であったもののCovid-19の影響を大きく受けた。ワインも観光も旧ソ連時代から、ロシアが主たるマーケットであったこともあり、紛争が続く両国の関係から、新たなマーケットの獲得が必要となった。国土面積が小さく、製造業に不利なジョージアにとって、安価な電力を利用したビジネス、仮想通貨のマイニングやIT分野は有望な分野であり、誘致を進めてきた。欧州連合(EU)加盟を意識するジョージアにとって、カーボンニュートラルとデジタル化の世界的な潮流の中で新たな分野での取組は今後注目される分野であると考えられる。


ユーラシア珍百景
ソ連崩壊の瞬間に立ち会ったカメラマン

 30年前、ソ連邦に引導を渡したのは、1991年12月8日にロシア・ウクライナ・ベラルーシ3共和国の首脳が調印した「ベロヴェージ条約」だった。調印の舞台となったのが、ベラルーシ西部にあるベロヴェージ原生林。その時の模様は、下に見るような写真により世界に伝えられ、歴史に刻まれた。
 個人的なことだが、ベラルーシのミンスクに駐在していた時に、たまたま同じアパートに、この写真を撮った有名なカメラマン、ユーリー・イヴァノフ氏が住んでいた。当時懇意にさせてもらい、この写真の使用許諾をいただくとともに、ベロヴェージの時の様子もインタビューしておいたので、以下イヴァノフ氏の証言を紹介したい。(服部倫卓)


記者の「取写選択」
沿ドニエストルの光と影

 未承認国家の都市名が、日本で一般紙のスポーツ欄の見出しになるとは驚いた。2021年10月のことだ。モルドバのサッカーリーグ覇者、シェリフ・ティラスポリが欧州チャンピオンズリーグに出場、レアル・マドリードなど有力クラブを相次いで撃破したと朝日新聞が現地事情を交えて大きく報じたのだ。
 ティラスポリはソ連崩壊直後の1992年、ロシアの支援を受けてモルドバ軍と戦い、独立状態となった「沿ドニエストル・モルドバ共和国(PMR)」の首都である。シェリフは現地の政経両面を牛耳る企業グループ。ワイン・コニャック製造からスーパー、携帯電話など多彩なビジネスを展開し、AFP通信によると日本などへキャビアも輸出。こうして得た利益で外国選手を何人も獲得し、チームを強化した。
 しかし、現地はシェリフが放つ光より陰が目立つ。(小熊宏尚)