ロシア東欧貿易調査月報 1997年4月号 |
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1996年の日ロ貿易
1. 1996年の日ロ貿易一般動向
2. 輸出の主要動向(1)
3. 輸出の主要動向(2)
4. 輸入の主要動向(1)
5. 輸入の主要動向(2)
はじめに
日ソ貿易は1991年で幕を閉じ、1992年から新たに日ロ貿易が始まった。日ロ貿易は1996年で5カ年を経過、日ソ貿易との比較ではなく日ロ貿易自体としての評価をなし得る経験が蓄積されたと考えられる時期に来たともいえる。本稿では日ソ貿易との比較は参考程度にとどめ、日ロ貿易が1996年にはどのような地点にあるかを検討したが、残念ながら前年まで上り坂にあった実績はトーンダウンし、所期の成果をあげるにはいたらなかった。ロシア経済も1996年には下降は底を打ち上向きに転ずるとの見方があったが、結果は下降が続き日ロ貿易もそれに引きずられた側面もある。ただ、1996年の日ロ貿易には今後、大きく発展する萌芽もみえ、先行きは必ずしも悲観的ではないことも指摘しておきたい。
1996〜1997年のロシア経済
1. 1996年のロシア経済の現状
2. 1997年のロシア経済の展望
はじめに
1996年のロシア経済は、上半期における大統領選挙をはさみつつ、マクロ経済の安定達成(インフレ抑制)を最大の政策目標として展開した。その結果、ロシア経済は、インフレの沈静化と為替安定に集約されるマクロ経済の安定化傾向がみえ始める反面その種の安定化を最優先した基本政策の否定的影響がより鮮明になる、という特徴を有した。
マネーサプライの徹底的な引き締めおよび対ドルレートをインフレ抑制の手段として利用することにより、8月には−時的にデフレも記録、結局年間インフレ率は21.8%(月間1.7%)にまで抑えられた。−方、工業生産は、財政・金融引き締めによる国内需要の減退が影響し、外国市場で引き続き高い需要が見込まれる一部の部門・企業を除けば、減産に歯止めがかかるまでには至らず、前年の減産率よりもさらに大きな落ち込みを示した(5%減)。
現金不足に対処するための疑似通貨の発行や取引のバーター化、経済のドル化、生産・投資活動の低迷、税収の落ち込み、実質可処分所得の低迷などのマイナス面がみられる−方、個人貯蓄率の向上および金融市場の活況という、それ自体は正常な経済活動にとってのプラス要因も同時に存在している。
このように、ロシア経済は、マクロ経済の安定的状況と経済不況の並存という、「不況下の安定化」と称される状況にある。
1997年のロシア経済については、経済改革以降初めてプラスの成長が期待されているが、経済のミクロレベルでの改革の遅れや制度改革の遅れによって、その可能性はきわめて疑わしい。
ロシアにおける資本主義的発展の特殊性
1. 大統領選挙の歴史的意義
2. ロシアにおける体制転換の基本方向
3. ロシア資本主義の特質
4. ロシア経済改革の革命的性質
はじめに
ここに紹介するのは、A・ウリュカエフ移行期経済問題研究所副所長の「移行期−ロシアにおける体制転換の政治・経済問題について」と題する論文の抄訳である(全文は400字詰め原稿用紙で50枚におよぶ。ここでは、その主要部分を本人の了解を得て紹介する。テキストは、本人のオリジナル原稿を用いたが、一部分、『経済の諸問題』誌1996年10月号に掲載された同様の内容の論文を利用した)。
ウリュカエフ論文は、今日のロシアはいかなる発展段階にあるか?の問いに、真正面から回答を試みたものである。ロシアは資本主義の進化的発展段階に入ったというのがその結論であるが、同論文はその根拠となる豊富な題材を提供している。1992年の経済改革、1996年7月の大統領選挙、その後の連立政権の意義が、全面的に検討されている。
ウリュカエフ論文には、急進改革派にありがちな自由競争にもとづく資本主義への盲目的な過信が色濃くにじんでいるが、ロシアの体制転換の意義を体系的に論じたものとしてはおそらく唯一のものであると思われる。
とくに、組織構造と制度規範の相互関係に注目して、ロシアの体制転換の歴史的意味を考察しようとした点が注目される(西側の理論をロシア社会の分析のツールにしようとしている)。
論点は多岐にわたっており、それぞれが議論の分かれるところであるが(とりわけ経済的権力と政治的権力の結合・分離問題、経済の犯罪化と自由市場体制の問題、ロシア的資本主義の性格づけをめぐって)、今後の論争の出発点を据えたという意味で、同論文は高く評価できる。文中の見出しは編集部による。
輸出への傾斜を強めるロシアの軍需産業
1. ロシア(ソ連)の武器輸出の変遷
2. 現在のロシアの武器輸出の核を成すロスヴォオルジェニェ
3. ロシアの武器輸出を支える軍需産業について
4. ロシアの軍需産業の主要輸出相手国
5. 旧ソ連諸国の武器輸出の実状について
はじめに
ソ連解体後、縮小傾向にあったロシアの武器輸出が再び増大しつつある1996年のロシアの武器輸出額は約33億〜35億ドルに達し、米国に次いで世界第2位になった。
その背景としては、@ロシア政府が武器輸出を国の戦略輸出品(商業ベースでの)と位置づけ、国際武器市場への国産品の積極的な進出をリードしたこと、A経営難に直面した軍需企業が、外国からの発注をベースとする武器生産に活路を見出していることが考えられる(このことは、ロシアにおける軍民転換の困難さを物語るものでもある)。
本稿は、今日のロシアの軍需産業の現状について、事実上ロシアの武器輸出を独占している「ロスヴォオルジェニェ」社(国営の武器輸出入公団)、とりわけその人脈関係に焦点を当てることによって紹介するものである。
執筆者は、当会ロシア東欧経済研究所調査部次長坂口泉である。
中ロ国境地帯に経済交流の活況を見る
―「北東アジア調査団」報告―
1. 日本に必要な視座の変換
2. 中ロ関係の緊密化と北東アジア
3. 拡大する中ロ貿易―ロシア側が圧倒的黒字―
4. 国境貿易で繁栄する地方都市
5. 北東アジアの一大物流ルート実現の可能性
(社)ロシア東欧貿易会では、さる1997年5月、北東アジアにおける有望な物流ルートのひとつとして最近国際的注目の的となっている鉄道および道路輸送ルート、つまり、ウラジオストク・ナホトカからウスリースク、国境駅グロデコポを経由して中国に入り、綏芬河、牡丹江からハルビンに至るルートの現状を調査し、将来性を探る目的で、14名から成る「北東アジア調査ミッション」を派通した。
このルートに沿った地域は、中国とロシアとの間の「国境貿易」がもっとも盛んな地域である。本稿は、同ミッションの団長を務めた小川和男(当会ロシア東欧経済研究所所長)の報告である。同ミッションには、東京、北陸、新潟、東北から各界の有力な方々が参加された。団員名簿と日程表を参照されたい。
中ロ関係は今、1950年代の蜜月時代以来の緊密化をみており、政治・軍事関係が強化されている。経済関係は、国レベルと地方レベルの両方で拡大しており。今回の調査では中ロ国境地帯における経済交流のダイナミズムを実地に観察することができた。その趨勢は日本海を渡って日本に及びつつあり、日本企業にとってビジネス・チャンスが拡がっている。
アゼルバイジャン経済の現状と1997年の展望
―C.A.イスケンデロフ・アゼルバイジャン経済相補佐官講演会より―
1. アゼルバイジャン経済の概況
2. 経済状況の悪化と改革の経緯
3. 石油開発プロジェクトの動向とその影響
4. 経済改革の進展と将来展望
はじめに
当会ではC.A.イスケンデロフ・アゼルバイジャン経済省大臣補佐官の来日を機に、1997年1月31日、東京証券会館において講演会を開催した。
アゼルバイジャンはカスピ海沿岸に位置する小国であるが、温暖な気候と石油資源にめぐまれ各種産業が発達、旧ソ連のなかでも豊かな地域として発展してきた。しかし、ソ連解体後、ナゴルノ・カラパフ紛争と国内の政情不安、さらに近隣で勃発したチェチェン紛争等により社会・経済は大きな打撃を受けた。現在は、1993年後半に選出されたアリエフ政権のもとで、遅ればせながら社会秩序の回復と経済再建・市場経済化の途上にある。豊かな石油資源、とくにバクー沖海底油田開発への外資参入を追い風に、その回復のテンポは速く、1996年にはすでにGDPプラス成長を記録した。首都バクー市内では外資系のホテルがすでに開業、一種の「投資ブーム」が起きつつある。
このように急速にビジネス環境が整いつつあるアゼルバイジャンであるが、わが国における同国の情報量は絶対的に少ない。講演会では、経済省において大臣補佐官という要職にあるイスケンデロフ氏に、豊富な経済データをもとに、同国経済の現状と改革の進展状況についてご講演いただいた。