900号記念号

 

 

ロシア東欧貿易調査月報

2006年6月号

5月20日発行

 

 

月報900号関連記事

 

◇◇◇

 

特集◆ソ連解体から15年目のCIS諸国

 

T.2005年のCIS諸国の経済トレンド

 

U.ウクライナ・ベラルーシの選挙とロシアの対応

 

V.中央アジアの体制転換とミレニアム開発目標

◇◇◇

ビジネス最前線

 カザフスタンに金属鉱物資源を求めて

 

データバンク

 1.CIS諸国の最新基礎データ(2006年版)

 2.2005年のCIS諸国の経済

 

CIS・中東欧ビジネストレンド(2006年3月分)

 

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連載・定例記事

 一枚の写真   「『独裁国』の優良企業」

 

 ノーヴォスチ・レビュー

  上海協力機構が「地域」を形成する

 

 ロシア産業の迷宮

  第2回 CISの石油分野における国家の影響力

 

 月出皎司のクレムリン・ウォッチ

  第6回  ポスト・プーチン時代につながる国民指導理念を求めるクレムリン

 

 ドーム・クニーギ

  北川・前田・廣瀬・吉村編著『コーカサスを知るための60章

 

 2006年1〜2月の日本の対CIS・中東欧諸国輸出入通関実績

 

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統計特集:日本の対CIS貿易統計

 

 

 


一枚の写真

「独裁国」の優良企業

 

 ふくよかなご婦人の隣に並べられているのは、女性用下着の半製品である。ここは、ロシアの西隣、ベラルーシの首都ミンスクにある下着メーカー、ミラヴィツァ社の工場である。この会社は、輸出主導型のベラルーシの優良企業として有名であり、高級品から普及品まで、多種にわたるランジェリーを提供している。資源がないベラルーシは、CISの工場としての国作りを目指している。とはいえ、ベラルーシは市場経済化が非常に遅れており、ミンスクの街並はソ連そして社会主義の匂いが色濃く残り、他の市場経済化が進む旧ソ連諸国からみると、いろいろ見劣りする点が多い。

 そして、ベラルーシは、大統領の独裁国としての悪評がつきまとう国である。この3月の大統領選挙で圧倒的多数で現職のルカシェンコ氏が当選したが、不正疑惑、反対派への弾圧などについて欧米諸国からの批判が非常に強かった。実は、この写真の撮影日は、大統領選挙日の2日前であるが、候補者のポスターは、ホテル内で1枚見ただけであり、街の様子は、まったく静かであった。

このミラヴィツァ社を訪問して、やや意外だったことは、体制移行諸国企業を支援している国際金融機関のEBRD(欧州復興開発銀行)が100万ドル出資、そしてイタリア企業も出資する合弁企業となっている点である。ベラルーシでは、ミラヴィツァ社をはじめとして、それなりに優良企業は育ち、外国企業の関心も高まり、海外有名ブランドの委託生産も始まっているということである。政治経済体制への批判は強いものの、欧米企業とベラルーシの貿易経済関係は静かに進んでいる。さて、この写真をよくみると、ミシンは日本メーカー(JUKI)のものである。ミラヴィツァ社の幹部はほとんど来日の経験があるとのことであった。ベラルーシは日本にとってロシア以上に未知の国、遠い国であるが、国作りの方向性、メンタリティなど日本との接点は意外に多そうであるとの印象をもった。

(高橋浩)

 


 

2005年のCIS諸国の経済トレンド

ロシア東欧経済研究所

 

はじめに

CIS全般:減速気味ながら高い成長の維持

ロシア:好景気の背後で密かに広がる不安要素

ウクライナ:高度成長が一転して急減速

ベラルーシ:「五カ年計画」の超過達成を喧伝

モルドバ:安定化の鍵を握る多国間協力の枠組み

カザフスタン:「石油による繁栄」から「長期的発展」へ

キルギス:革命の混乱で経済も不振、まずは政情の安定が急務

ウズベキスタン:「安定成長」の陰にうっ積する国民の不満

トルクメニスタン:天然ガス輸出に当面の不安材料なく、生じえぬ変革の気運

タジキスタン:国際金融機関と外国投資に支えられる国内経済

アゼルバイジャン:石油開発がハイライトへ、アリエフ政権は長期安定化の様相

アルメニア:政治・経済ともに安定基調、イランとの関係強化へ

グルジア:バラ革命後のドラスティックな改革が経済にも好影響

 

はじめに

 CIS(独立国家共同体)諸国の2005年の経済データが概ね出揃った。CIS統計委員会の発表によると、2005年のCIS経済は全体で実質7%の成長を遂げたとされている。詳しい数字は、本号の「データバンク」のコーナーを参照していただきたい。以下では、ロシア東欧経済研究所のスタッフが、それらの統計データを踏まえながら、CIS12カ国の最新の経済情勢についてレビューすることにする(『ロシア東欧経済速報』2006年4月15日号、4月25日号から再録)。

 


 

ウクライナ・ベラルーシの選挙とロシアの対応

政治工学センター 副所長

A.マカルキン

はじめに

1.ウクライナ議会選挙

2.ベラルーシ大統領選挙

3.ロシアはどのような役割を果たしたか

おわりに

 

はじめに

 ベラルーシでこの3月19日に大統領選挙が実施されたのに続いて、その1週間後の26日にはウクライナで議会選挙の投票が行われた。選挙をめぐる両国の情勢は異なっており、かなり正反対のものと言える。ただ、ある種の共通点もある。それは、両国とも国家形成の時期を過ぎ、ポスト・ソ連の「地域」から脱して、本物の国家になりつつあるという点だ。もっとも、基本的な点においてかなり性格が異なる2国ではあるが。両国の出来事へのロシアの関与の仕方も、この要因に関連している。

 90年代には耳目に入りやすかった「スラヴの一体性」といったテーマは、ますます神話と化している。実際、ロシアとベラルーシの「連合国家」は現在に至るまでかなりの程度バーチャルな存在だし、それにウクライナが参加するなどということはもはや話題にも上らない。それどころか、ウクライナのNATO加入の問題が、より具体性を伴って浮上してきている。ソ連の復活は、たとえ「縮小版」であろうと現実味を失ったのであり、そのことは超大国を懐かしがるムードに相変わらず付け込もうとしている者たちにとってさえ、明らかになっている。

 


 

中央アジアの体制転換とミレニアム開発目標

桜美林大学経済学部 助教授

片山博文

はじめに ―中央アジアの改革・開発・環境と人間の安全保障―

1.中央アジア諸国の健康リスク

2.中央アジア経済の効率性と持続可能性

3.飲料水の安全性問題

おわりに ―「環境的移行」における環境財政確立の必要性―

 

はじめに ―中央アジアの改革・開発・環境と人間の安全保障―

 旧ソ連・東欧諸国のいわゆる移行過程は、計画経済から市場経済への移行という「経済的移行」(economic transition)の過程であると同時に、環境負荷の少ない経済社会の実現、すなわち「環境的移行」(environmental transition)の過程でもなければならない。ソ連時代、計画経済下における中央アジア開発は、核廃棄物・産業廃棄物を大量に発生する資源依存型経済、技術革新の遅れと旧式技術・インフラの残存、大量の水資源・肥料・農薬を消費する大規模灌漑網といった、極めて非効率的で環境負荷の大きい経済構造を形成した。その制度的要因となったのが、計画課題の達成を一面的に重視する生産力主義、非効率的な生産管理、天然資源無償制に代表される、人為的に抑制された資源価格体系とその下での資源浪費の蔓延など、ソ連型計画経済システムに特徴的な経済制度のあり方である。中央アジア諸国は現在、こうしたソ連時代の実体経済上・経済制度上の「負の遺産」を克服し、環境負荷の少ない持続可能な経済を実現するという課題に直面している。

 ところで、かつて筆者は、中央アジア諸国の体制転換に関する共同研究の中で、「自由主義的分権化プロセス」と呼ぶべき改革路線を採用したカザフスタン・キルギス・タジキスタンと、「権威主義的再集権化プロセス」と呼ぶべき改革路線を採用したウズベキスタン・トルクメニスタンについて、その環境パフォーマンスを比較したことがある。改革・開発・環境という3つの政策分野の比較分析を行うことにより、中央アジア諸国における体制転換プロセスの立体的把握が可能になるのではないかというのが、この研究でわれわれの共有する問題意識であった。われわれはこの立体的モデルないしそれに基づく中央アジア体制転換へのアプローチを、「改革」「開発」「環境」の(日本語の)頭文字をとって、「3Kトライアングル」と呼んでいる。そこにおいて筆者は、上述の改革路線に対応して、カザフスタンに代表される「市場志向型」と、ウズベキスタン・トルクメニスタンに代表される「財政志向型」と呼ぶべき環境政策の類型化が可能であることを明らかにした。

 本稿は、このような移行過程における諸政策の類型論を、環境問題を中心にさらに立ち入って考察することを目的としている。その際に本稿で分析対象として取り上げるのは、「人間の安全保障」(human security)に関する問題領域である。「人間の安全保障」とは、個々の人間の生命・生活・尊厳に直接的に影響を及ぼす脅威に対する保護と、自らを保護する能力の向上を支援することによって、貧困の撲滅と社会の安定を実現しようとする考え方である。「人間の安全保障」概念は、開発のみならず国際社会における環境問題へのアプローチの実践的フレームワークとしても重視されるようになってきているが、その際、人間の安全保障の状況を表す代表的指標としてあげられるのが、国連の「ミレニアム開発目標」である。ミレニアム開発目標は、平和と安全、開発と貧困、環境、人権などの課題の解決を目指して2000年の国連総会において採択された「国連ミレニアム宣言」を実現するための指標であり、日本を含めた先進国・国際機関による国際援助の基準として、近年その重要性を高めている。それは中央アジアも例外ではない。この枠組の中で中央アジア諸国は、他の旧ソ連・東欧諸国とともに「ヨーロッパおよび中央アジア」28ヵ国のグループの中に含められており、これらの指標に基づいた現状の整理とプライオリティの設定が進められている。

そこで本稿では、中央アジア諸国における体制転換の現状と課題に関する考察を、こうした「人間の安全保障」の観点から試みることにする。以下、ミレニアム開発指標の中から、中央アジア諸国の健康リスク、経済の効率性と持続可能性、飲料水の安全性問題に関する指標を順次取り上げて検討し、中央アジア諸国の体制転換と「環境的移行」について若干の論点を指摘したいと思う。

 


 

ビジネス最前線

Interview カザフスタンに金属鉱物資源を求めて

 

(独)石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC) アルマティ事務所長

酒田剛さん

はじめに

 経済が総じて上向きなCIS諸国のなかでも、「絶好調」の感が強いのが、中央アジアのカザフスタンです。その最大の要因が石油・ガス開発であることは論を待ちませんが、同国のもう一つの有力分野が金属鉱物資源です。他方、日本の側から見ても、ハイテク・ICT産業の安定的な発展のためにはレアメタル等の確保が不可欠であり、そうした資源の宝庫であるカザフスタンとの関係構築はきわめて有望です。

 そこで、先日カザフスタンに出張した折に、石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)のアルマティ事務所に酒田所長をお訪ねし、詳しくお話を聞いてまいりました。JOGMECアルマティ事務所はカザフスタンだけでなく、CIS全体を守備範囲とし、最近はロシア関係のお仕事も増えているようです。

 


 

データバンク

 

1.CIS諸国の最新基礎データ(2006年版)

 CIS諸国では、政治・経済情勢が多様化しており、また最近行われた選挙などで人事等に動きがあった国も少なくない。 そこで、このコーナーでは、ソ連崩壊から15年目を迎えようとしているCIS12カ国の、政治・経済・社会の最新基礎データをとりまとめてお届けする。各国の概況を知る基礎資料として活用していただければ幸いである。

 

2.2005年のCIS諸国の経済

 CIS統計委員会の発表にもとづき、CIS12カ国の最新の経済データを図表にまとめてお届けする。ただし、ウズベキスタンとトルクメニスタンはCIS統計委員会にしかるべくデータを提供していないので、両国のデータは多くの場合、独自発表値である。とくに、トルクメニスタンはこのところ、GDPの数字を出さなくなっており、その代わり「製品総生産」という耳慣れない指標を発表してので、本誌ではトルクメニスタンのGDP成長率のみ、EBRDの数字を使っている。

 なお、関連する統計資料として、以下もご利用いただければ幸いである。

 

CIS諸国の外国投資受入と外資参加企業」(本誌2005年6月号5970頁)。

CIS諸国の国家財政」(本誌200511月号7383頁)。

2004年のCIS諸国の貿易統計」(本誌2006年2月号5587頁)。

2005年のロシア経済」(本誌2006年5月号6476頁)。