ロシアNIS調査月報
2024年8月号
特集◆ロシア・NIS貿易と
物流ルートの再構築
 
特集◆ロシア・NIS貿易と物流ルートの再構築
調査レポート
2023年のロシアの貿易
―脱米欧が浸透した1年―
調査レポート
ロシアの農産物の輸出動向
―穀物と食肉を例に―
調査レポート
日本の対ロ輸出と制裁の影響
データバンク
2023年の中央アジア・コーカサスの貿易
調査レポート
ロシアのアルミニウム産業2
―開戦後の制裁の影響―
エネルギー産業の話題
ウクライナ戦争後のロシアの石油ガス輸出動向
データリテラシー
バーター貿易をめぐるロシアの現状
ロシア極東羅針盤
バム鉄道 着工から50周年
シベリア・北極圏便り
北極海航路発展に係るSPIEFでの議論
コーカサス情報フォーカス
物流で協力深めるアゼルバイジャンとイラン

報告
ロシアNIS貿易会令和6年度定時総会報告
INSIDE RUSSIA
東方シフト2.0の行き着く先は?
ドーム・クニーギ
服部倫卓・吉田睦編著『ロシア極東・シベリアを知るための70章』
ロシアメディア最新事情
ダゲスタンにおけるテロの続報
ウクライナ情報交差点
占領されているのはウクライナ領土の17.57%
ロシア音楽の世界
チャイコフスキー弦楽四重奏曲「アンダンテ・カンタービレ」
シネマで見るユーラシア
『草原の実験』
業界トピックス
2024年6月の動き
通関統計
2024年1〜4月の対ロシア・NIS諸国輸出入通関実績
おいしい生活
日本に吹くジョージアワインの風
記者の「取写選択」
プーチン大統領初訪朝


調査レポート
2023年のロシアの貿易
―脱米欧が浸透した1年―

(一社)ロシアNIS貿易会ロシアNIS経済研究所
部長 齋藤大輔

 2023年のロシアの貿易について、2024年7月時点でロシア側からは、大陸別と商品分類の輸出入の金額が発表されただけである。国別や統計品目番号(HSコード)の数量や金額など詳細な数字は公開されていない。紙の媒体での通関統計の発行が続いているのかについても確認できていない。
 そこで本稿では、ロシアは昨年、どのような商品を輸出入したのか、ロシアの貿易相手国はウクライナ侵攻によって、どのように変わったのかを明らかにするため、ロシアの主要貿易相手国側の輸出入データ、いわゆる「ミラーデータ」を用いて、ロシアの主要輸出入品目やロシアの輸出入額が多い国・地域を調査し、ロシアの貿易の変化に迫った。


調査レポート
ロシアの農産物の輸出動向
―穀物と食肉を例に―

(一社)ロシアNIS貿易会ロシアNIS経済研究所
名誉研究員 坂口泉

 2000年頃までロシアは穀物のネット輸入(輸入量が輸出量を上回る)国であったが、今や世界有数の穀物輸出大国となっている(小麦に限定すれば世界最大)。鶏肉と豚肉に関してもロシアはつい最近までネット輸入国で自給率の向上が大きな課題となっていたが、数年前にその課題をほぼ達成し、今やネット輸出(輸出量が輸入量を上回る)国になっている。本稿では、ロシアの穀物の生産動向、穀物のネット輸入国であった同国が一大輸出国になるまでの経緯、相手国別の穀物輸出動向、鶏肉と豚肉の自給自足体制が構築されるまでのプロセスと食肉(牛肉を含む)の輸出動向などを紹介する。


調査レポート
日本の対ロ輸出と制裁の影響

(一社)ロシアNIS貿易会ロシアNIS経済研究所
所長 中居孝文

 ロシアによるウクライナ侵攻後、日本政府はG7を軸とする西側有志諸国と密接に協調しながら、ロシアに対して、大規模な輸出規制を発動している。その中で対ロ輸出に最も直接的かつ強力な影響を及ぼすのが、「輸出禁止措置」である。本稿の中で指摘するように、輸出禁止措置は日本企業によるロシアへの輸出を抑制する唯一の要因ではない。しかしながら、同措置が対ロシア輸出を実施する際の大きな障壁になっていることは疑いない。本稿では財務省貿易統計を手がかりに、日本政府による対ロ輸出禁止措置が実際にはどの程度の規模なのか、あるいはまだどんな品目の輸出が制裁後も続き、またそれが今後も続くのかといった点を検証し、最後に今後の見通しや懸念される問題点等を検討したい。


データバンク
2023年の中央アジア・コーカサス貿易統計

 中央アジアおよびコーカサス諸国の統計機関が発表しているデータに基づき、トルクメニスタンを除く7カ国の2023年の貿易統計について各国ごとに、地域別貿易実績、主要貿易相手国(上位25カ国、ウズベキスタンについては20カ国)、輸出入品目構成(タジキスタンを除く)の表を作成したので、簡単な解説を交えてご紹介する。


調査レポート
ロシアのアルミニウム産業2
―開戦後の制裁の影響―

(一社)ロシアNIS貿易会ロシアNIS経済研究所 
研究員 渡邊光太郎

 ロシアのアルミニウム産業は、原料と市場を海外に頼る海外依存度の高い状態にあった。2022年のウクライナ侵攻後、ロシアは本格的な経済制裁を受けた。ロシアのアルミニウム産業の最大勢力であるルサール社は、制裁によって大きな損害を被ることになった。
 一方、世界の一次アルミニウムの6%程度を供給するルサール社への制裁は、全世界のアルミニウム市場を乱すことになった。過去25年、日本にとって最大の一次アルミニウム供給国はロシアであった。日本は2021年の段階でロシアに20%ほどを依存していた。ルサール社のアルミニウム生産状況や輸入可否は、日本の産業界に大きく影響し得ると心配された。
 2024年6月の段階で、ルサール社は制裁の影響を大きく受け、経営状況を悪化させた。一方、日本ではロシア産一次アルミニウムに起因する深刻な問題が発生したようには見えない。本稿では、ロシアのアルミニウム産業の性格を踏まえた上で、2022年以降の日ロ双方での制裁の影響を論じる。


エネルギー産業の話題
ウクライナ戦争後のロシアの石油ガス輸出動向

 今回は、対ロ制裁が及ぼした影響に留意しながら、ロシアの石油、石油製品、ガス(PLガス、LNG、LPG)のウクライナ戦争前後から今日に至るまでの輸出の動向についてご説明します。同時に、それらのロシア産エネルギーの生産の動向についても言及いたします。(坂口泉)


データリテラシー
バーター貿易をめぐるロシアの現状

 最近、ロシアのビジネス情報サイトで目にすることが多くなったと感じる話題がバーター(物々交換)契約です。日本と同様にロシアのネット空間にもビジネス系ブログサイト、情報まとめサイト、あるいは知識共有サイトが多数存在し、会計やビジネス法務に関する基礎情報を簡単に検索し、閲覧できるようになっています。例えば、「バーター契約における売り上げの計上方法は?」、「バーター契約における販売商品単価の算出基準とそれの根拠となる民法条項は?」などの質問に対する回答やFAQ的な情報整理はヤンデックスで検索をかければ容易に多数の結果を得られるでしょう。おそらく、対ロ制裁による貿易決済トラブルの回避手段の1つとしてバーター契約が利用されることが増えているのだろうと考えられます。実際、後述するように、ロシア経済発展省は2024年1月末にバーター貿易に関するガイドライン資料を公表しており、ロシア当局への問い合わせも増えているであろうことが窺えます。(長谷直哉)


ロシア極東羅針盤
バム鉄道 着工から50周年

 極東・シベリアのタイガ地帯を走るバイカル・アムール鉄道(バム鉄道)は、4月、着工から50周年を迎え、23日、プーチン大統領が出席して、モスクワで記念式典が行われた。プーチン大統領は、バム鉄道の発展と沿線開発の成果を強調するとともに、引き続き輸送力の拡張に全力を尽くし、沿線開発を進める決意を示した。(齋藤大輔)


シベリア・北極圏便り
北極海航路発展に係るSPIEFでの議論

 本稿では2024年6月6日にサンクトペテルブルグ国際経済フォーラムの枠内で開催された、北極海航路をテーマとするビジネスセッションでの議論の一部を紹介します。北極海航路を活用した輸送量は着実かつ段階的に増加し、2023年には年間3,620万tを記録しました。しかし、当初予定していた2024年時点の目標である8,000万tはこのままのペースでは実現不可能です。制裁の影響などもあり、砕氷船の建造も遅れており、新型として2027年の稼働が予定されていたLiderの建造もスケジュールが延期されています。Liderについては船舶用の新しい小型原子炉の開発がコロナ禍前には終わっていたはずですから、船舶本体の建造に関して問題を抱えていると推察できます。
 このような現状ですが、ロシアは北極海航路をスエズ運河など既存の主要航路を経由しない、アジアと欧州をつなぐオルタナティブな輸送航路として発展させようと志しており、その方針にはもちろん安全保障上の考慮も強く働いています。したがって、いかに経済条件が悪くなろうとも、北極海航路の発展には今後も予算や資源を積極的に投入していくだろうと考えられます。また、このセッションには世界最大級の港湾管理会社であるDPワールド(アラブ首長国連邦)と、近年ロシアでの事業を拡大している中国の海南洋浦新新航運有限公司の代表も参加していました。これらを踏まえて、以下で紹介するロスアトム、産業・商業省、海南洋浦新新航運有限公司およびDPワールドの4名の発言を確認してもらえればと思います。(長谷直哉)


コーカサス情報フォーカス
物流で協力深めるアゼルバイジャンとイラン

 2024年5月19日にイランのライーシー大統領がアゼルバイジャン訪問の帰路、ヘリコプター事故で死亡した。長年、協調と緊張が入り混じる両国関係であるが、2023年初には過去最悪とも言われる緊迫な情勢が続いていた。ところがここに来て両国が急速に歩み寄りの姿勢を見せており、ライーシー大統領のアゼルバイジャン訪問もその一環であった。そこには、コーカサス地域がユーラシアの東西南北を結ぶの物流ルートのポテンシャルで注目を集める中で、インフラ整備を進めたいと考える両国のプラグマティックな思惑が見える。(中馬瑞貴)


報告
ロシアNIS貿易会令和6年度定時総会報告

 一般社団法人ロシアNIS貿易会は東京の如水会館にて、6月11日に令和6年度定時総会を開催しました。定時総会では「令和5年度事業報告」の報告、第1号議案「令和5年度計算書類」、第2号議案「定款の一部変更」、第3号議案「役員選任の件」の承認がなされました。以下では定時総会において報告された令和5年度事業報告の内容を掲載するとともに、定時総会における来賓の杉浦正俊経済産業省通商政策局審議官(通商戦略担当)のご挨拶、また、飯島会長の挨拶を掲載いたします。


INSIDE RUSSIA
東方シフト2.0の行き着く先は?

 毎年恒例のサンクトペテルブルグ国際経済フォーラムが6月5日から8日にかけて開催された。V.プーチン大統領は7日の全体会合に出席して講演を行った。
この全体会合では、ロシア外交・防衛政策評議会のS.カラガノフ名誉会長がモデレーターを務めた。同氏は、地政学問題の論客であり、プーチン政権の御用学者の一人と言って差し支えない。そのカラガノフ氏は、プーチン大統領の演説を受け、かなり風変わりな自説を披露した。(服部倫卓)


ドーム・クニーギ
服部倫卓・吉田睦編著『ロシア極東。シベリアを知るための70章』

 ロシアによるウクライナ侵攻から2年が過ぎ、その間、ロシアを巡る書籍や報道は戦争や制裁など悲惨な内容と情報で溢れ返っている。職業上、そうした情報に接することは避けようがなく、仕方がないことなのだが、日ロ間の経済交流促進を使命かつ生業としてきた者にとっては辛く心折れそうな日々が続いている。そんな中で本書『ロシア極東・シベリアを知るための70章』は一服の清涼剤のような読み物であり、個人的にはいっときながら戦争の現実を忘れて読書を楽しんだ。(中居孝文)


ロシアメディア最新事情
ダゲスタンにおけるテロの続報

 6月23日にダゲスタン共和国で起こったテロ事件のその後をお伝えします。テロリストらは、デルベントにあるロシア正教会を襲撃し司祭を殺害。ユダヤ教の礼拝所シナゴーグに放火し、マハチカラの路上では交番に向かって銃を乱射しました。死者は22人に達し、そのうち17人は現地の警察官でした。日本では数日で忘れられてしまうような事件だったかもしれませんが、このテロの詳細を知るにつれ、ロシアの闇と危うさを感じます。(徳山あすか)


ウクライナ情報交差点
占領されているのはウクライナ領土の17.57%

  ロシアのプーチン大統領は6月14日、外務省当局者を前にした演説で、ロシア軍による停戦と引き換えに、ウクライナは「ドネツク人民共和国」、「ルガンスク人民共和国」、ヘルソン州、ザポロジエ州から軍を引き揚げる必要があると主張した。
しかし、言うまでもないことだが、ロシアは2022年9〜10月に当該4地域をロシア連邦に編入する手続きを強行したものの、現状でロシアが4地域の全域を占領できているわけではない。そこで今回の本コーナーでは、実際にロシアが占領しているのはどのくらいの領域なのかを確認してみたい。(服部倫卓)


ロシア音楽の世界
チャイコフスキー弦楽四重奏曲「アンダンテ・カンタービレ」

 ピョートル・イリイチ・チャイコフスキーは、1840年、軍の中佐として鉱山を指揮する首席査察官、イリヤ・ペトロヴィチの次男として生まれた。生地はロシア・ウラル地方の鉱山の町ヴォトキンスクで、ここは流刑地にもなっていた辺境の地だった。
チャイコフスキーという姓は、ピョートルの祖父の代に、ウクライナではポピュラーな姓であるチャイカから改めたもので、もともとウクライナのポルタヴァ州(キ−ウ州の東側)に領地をもつコサックの出自であったと言われている。
「えっ、ロシア音楽の代表格チャイコフスキーもウクライナ系?」と意外に思われる方も多いかもしれない。プロコフィエフもウクライナ生まれ、ストラヴィンスキーはウクライナ系の苗字、ロシア楽壇のアーティストたちの多くはホロヴィッツ、リヒテル、オイストラフ、スターンらウクライナ系も多いことはこのコラムでも何度か述べてきた。ロシア文化、ロシア音楽の世界では、ウクライナかロシアかという議論にはあまり意味がないことはここでも感じられないだろうか?(ヒロ・ミヒャエル小倉)


シネマで見るユーラシア
『草原の実験』

 見渡すかぎりの草原にぽつんと立つ土蔵のような家。少女と父親が暮らす住まいだ。2人は何をして生計を立てているか、わからない。定期的にトラックで出かけていき、三叉路まで行くと、そこで少女は降りて、父親だけがその先を左折して走り去っていく。広大な土地に取り残された少女はおもむろに歩き始める。そこにどこからか、馬に乗った中央アジア系の青年が現れ、少女を後ろに乗せて、家まで送っていく。到着すると、そのお礼だろう、少女は井戸からくみ上げた水(井戸は普段は丸い板で蓋をされ、鍵がかけられている)を鉄製のボウルに入れ、青年にわたす。それを一息で飲む青年は、ほんの少し残った水を岩にかける。
すべてはルーティンのように繰り返される。暗黙の了解のように。いや、「のように」ではない。文字通りの暗黙。この映画の登場人物たちは言葉を発さないのである。(芳地隆之)


記者の「取写選択」
プーチン大統領初訪朝

 「プーチン大統領は先ほど、空港に到着しました」。受話器の奥のややくぐもったロシア語がこう伝えた。私は興奮と安堵を同時に感じ、電話を切ると担当デスクに叫んだ。「プーチン、平壌着!」(小熊宏尚)