ロシアNIS調査月報
2023年3月号
特集◆侵攻から1年の
ユーラシアと国際社会
 
特集◆侵攻から1年のユーラシアと国際社会
調査レポート
ウクライナ侵攻後のユーラシアにおけるロシア
調査レポート
ロシア・ウクライナ戦争
―西側の戦略とその持続性ー
講演録
続・カザフスタンを読み解く3つの視点
―政治・経済・石油―
調査レポート
制裁下のロシア経済と岐路に立つ対露ビジネス
調査レポート
2022年のロシア電力分野の回顧
―ウクライナ侵攻後の状況を中心に―
調査レポート
ウクライナ復興支援をめぐる世界の動向
データバンク
2022年の日ロ貿易(速報値)
INSIDE RUSSIA
綱渡りになってきたロシアの財政運営
ロシア政財界人物録
対ロ制裁に係る最近のポターニンの発言
エネルギー産業の話題
2022年のロシアの石油ガスの生産・輸出
データリテラシー
電子機器輸入に見る並行輸入の常態化
シリーズ・工業団地探訪
ウクライナ侵攻後の産業技術振興政策
ドーム・クニーギ
小泉悠著『ウクライナ戦争』
ウクライナ情報交差点
ウクライナ2大輸出産業の苦悩:鉄鋼と農業
中央アジア情報バザール
脱ロシア受入国としてのウズベキスタン

データバンク
2021年のロシアの外国直接投資受入動向
ロシア極東羅針盤
動き出したロシア・中国国境
ロシアメディア最新事情
ハンティ・マンシ訪問と地域ニュース
デジタルITラボ
カザフスタンにおけるデジタルトレンド
ロシア音楽の世界
バラキレフ「イスラメイ」(東洋風幻想)
日ロビジネス群像
成田精雄と杉浦千畝
―小川和男・ROTOBO研究所元所長A―
業界トピックス
2023年1月の動き
ロシアを測るバロメーター
2023年1月末までの社会・経済の動向
通関統計
2022年の日本の対ロシア・NIS諸国輸出入通関実績
おいしい生活
物産展に並んだシルクロードパン
記者の「取写選択」
ウクライナ侵攻1年


調査レポート
ウクライナ侵攻後のユーラシアにおけるロシア

慶應義塾大学総合政策学部 教授
廣瀬陽子

  ロシアがウクライナ侵攻を開始してから、早1年が経とうとしている。この間に、ロシアを取り巻く国際環境も劇的に変わったが、とりわけ、ユーラシアの国々との関係には大きな動きであった。本稿では、その変化を概観することにより、今後のロシアのとりうる方向性を検討したい。


調査レポート
ロシア・ウクライナ戦争
―西側の戦略とその持続性―

ヨーロッパ政策研究センター(CEPS) 研究員
ザカリー・バイキン

 ロシアがウクライナに侵攻する前、西側諸国はロシアとの関係にどう取り組むかで意見が分かれていた。フランスやドイツなど一部のEU加盟国は、2021年6月の欧州理事会の時点で、対ロ関係のリセットと対話拡大を提案していた。他のEU加盟国は、ロシアの振る舞いを変えることが「Business as usual」の回復の前提であると考えた。米バイデン政権はこの2つの方向性を融合させ、バイデンとプーチンによるジュネーブでのサミットを経て、敵対関係の枠内にありながらも「安定的かつ予測可能な」関係構築を推し進めた。
 これとは対照的に、ウクライナ侵攻後、ロシアが主張する安全保障上の懸念に配慮し尊重することが関係改善の道筋になるという考え方は、強い批判の対象となった。西側諸国は、協調して広範囲に及ぶ制裁措置を電光石火で実施するようになった。ウクライナへの連帯が新たなゲームの名前になったとも言える。EUの場合、これはロシアの侵略に反対し、罰するためだけではなかった。危機はしばしば、欧州統合の深化に必要な政治的条件を作り出す触媒にもなってきたことを指摘しておきたい。


講演録
続・カザフスタンを読み解く3つの視点
―政治・経済・石油―

D.サトパエフ/V.ドドノフ/O.チェルビンスキー

  ロシアNIS貿易会では、2022年12月15日に東京にて産業協力・企業間交流セミナー「続・カザフスタンを読み解く3つの視点〜政治・経済・石油〜」を開催しました。
カザフスタンでは本年1月、国内で大規模な抗議行動が勃発し、その結果、2019年の辞任後も隠然たる権力を行使してきたヌルスルタン・ナザルバエフ初代大統領とその一族が、政治経済の表舞台から退くこととなりました。続く2月末には同国にとって最重要パートナー国の1つ、ロシアがウクライナ侵略を開始、日本を含む西側諸国による経済制裁が発動されました。こうした状況を受け、当会では2022年7月にカザフスタンの現状を、政治、経済、石油産業という3つの視点から読み解くウェビナーを開催しました(概要については本誌2022年9-10月号にて紹介)。この、いわば速報版としての前回を受け、再び3つの視点から2022年のカザフスタンと激動する国際情勢を総括し、今後を展望しようと試みたのが、この度のセミナーです。以下、その内容をご報告いたします。


調査レポート
制裁下のロシア経済と岐路に立つ対ロビジネス

(一社)ロシアNIS貿易会ロシアNIS経済研究所 所長
中居孝文

 2020年、2021年と2年間にわたる新型コロナの流行の影響で、日ロビジネスは様々な活動制限を受けた。2022年に入って、世界的に行動制限が緩和される機運が高まり、日ロビジネスもいよいよ本格的に再開かという時に、ロシアによるウクライナ侵攻がすべてを一変させた。本稿では、ウクライナ侵攻後の西側による対ロ制裁とそのロシア経済への影響、また戦争・制裁下での外資の動きとロシアによる撤退対抗措置といった切り口から2022年を振り返り、今後を展望してみたい。


調査レポート
2022年のロシア電力分野の回顧
―ウクライナ侵攻後の状況を中心に―

(一社)ロシアNIS貿易会ロシアNIS経済研究所 名誉研究員
坂口泉

  ウクライナ侵攻後、制裁の影響でロシアの自動車工場の大半が操業を停止した。自動車産業はすそ野が広いので、産業用電力需要が全般的に低下し、ロシアでは2022年通年の電力生産量も消費量もかなり大幅に減少したのではないかと思っていたが、実際には、どちらの数字もごくわずかではあるが前年を上回ったようである。また、ロシアの電力分野に進出していたフィンランドのFortumやイタリアのENELはすでに正式にロシアから撤退していると思っていたが、本稿を執筆している2023年1月時点ではまだ撤退プロセスを完了できていなかった。本稿では2022年のロシアの電力分野の動向を回顧するが、その過程で、ロシアの電力分野で生じているそれらの想定外の出来事の背景事情についても言及する。


調査レポート
ウクライナ復興支援をめぐる世界の動向

(一社)ロシアNIS貿易会ロシアNIS経済研究所 研究員
中馬瑞貴/服部雅史

 2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻によって始まったロシアとウクライナの戦争は約1年が経過した今なお終わりが見えない状況が続いている。こうした中、国際社会では今回の戦争で大きな被害を被ったウクライナに対する復興支援について、かなり早い段階から議論がなされ、各国が様々な形で対応している。
 ウクライナへの復興支援は第二次世界大戦後、最大規模になるとみられており、当事国であるウクライナ経済はもちろん、欧州を中心とする各国の経済や世界全体にも重要なアジェンダとなっていくだろう。
 そこで本稿では、国際社会で議論されているウクライナ復興支援の大枠と、各国の対応という2つの面から、ウクライナ復興支援をめぐる世界の動向を整理しておくことにする。


INSIDE RUSSIA
綱渡りになってきたロシアの財政運営

  ロシア財務省が1月に発表した2022年の連邦財政執行状況(速報値)によると、同年の歳入は27.8兆ルーブル(うち石油・ガス歳入が11.6兆ルーブル、非石油・ガス歳入が16.2兆ルーブル)、歳出は31.1兆ルーブルであった。収支は3.3兆ルーブルの赤字で、これは対GDP比2.3%に相当する。これを踏まえ、ロシアの連邦財政の動向を図表1〜3に整理した。(服部倫卓)


ロシア政財界人物録
対ロ制裁に係る最近のポターニンの発言

 ノリリスク・ニッケル社やロスバンクなどの株式を保有するインテルロス総裁のポターニン氏は、2022年2月24日以降、ロシア財界の立場から対ロ制裁やロシアによる対抗制裁について様々な形で公に発言を行っており、これはロシア経済の現状に関する同国財界人の反応を探る上で興味深い内容となっています。本稿では、2023年1月23日付のRBC紙に掲載されたロング・インタビューの内容を整理し、一部を抜粋してご紹介します。ロシアによるウクライナ侵攻開始から1年が経過しようとしている現在、公での発言を躊躇わないロシア財界人がどのような認識を抱いているのか、参考となる内容かと考えます。以下、カギ括弧内がポターニン氏の発言をテーマごとに整理したものであり、その中の括弧内記述は発言背景を分かりやすくするべく加えたものとなります。(長谷直哉)


エネルギー産業の話題
2022年のロシアの石油ガスの生産・輸出

 ウクライナ侵攻後、ロシアの石油ガス分野に関連するデータは入手困難になりましたが、今回は、ロシアの経済紙で紹介されている数字を参考にしながら、2022年のロシアの石油ガスの生産と輸出の状況をご紹介します。(坂口泉)


データリテラシー
電子機器輸入に見る並行輸入の常態化

 欧米の大手電機メーカーによるロシア向け電子機器供給の停止に伴い、これらのメーカー製の機器輸入を支援する企業、仲介業者が登場するようになりました。いわゆる二次制裁リスクからインポーターを守るだけでなく、ロシアとの国境まで商品を運び、決済や通関手続きを支援することも珍しくありません。特に、並行輸入が盛んになったことにより、例えば、2022年第1?3四半期にロシアが輸入したスマートフォンに占める並行輸入品の割合は0.1%から19.1%へ、ノートパソコンでは同じ期間にゼロから41%へと増加しました。ロシア版Forbes誌がロシアの家電小売業から得たデータを基に推計したしたところ、2022年に並行輸入されたスマートフォン、ノートパソコン、およびタブレットの総額は約15億ドルで、そのうち約11億ドルをスマートフォンが占めていたとのことです。今回は電子機器の並行輸入導入過程を振り返りながら、並行輸入の現状について説明したいと思います。(長谷直哉)


シリーズ・工業団地探訪
ウクライナ侵攻後の産業技術振興政策

 ロシアではウクライナ軍事侵攻にともなう西側諸国の対ロ経済制裁の拡大と進出企業の事業停止や撤退により、国内の主要な産業分野の製造企業においてサプライチェーンが分断された。精密工作機械など製造設備の納入をはじめ、高性能半導体やファインケミカルなどの基幹構成品、原材料、交換部品の供給、ソフトウェアの更新が停止された。
こうした状況に対し、各企業は中国からの非純正品の調達や西側諸国からの非公式な迂回輸入ルートの開拓などで急場を凌いだと言われる。連邦政府はウクライナ領クリミア半島を併合した2014年以降、国策として輸入代替政策を推進してきたが、輸入代替の主な対象は最終製品にあったため、原材料・部品・構成品・運用ソフトウェアの輸入依存はさほど低減していなかったのである。
 ウクライナ侵攻後の西側諸国による強度に封鎖的な経済制裁という新常態において、連邦政府は「技術主権」という考え方を前面に打ち出して産業技術振興政策の修正を図っている。工業団地を始めとする工業生産インフラの整備もその大きな流れの中に位置づけられる。今回は、侵攻後の産業技術政策の新たな議論と策定の動向について、工業団地の位置づけも関連づけながら概観してみたい。


ドーム・クニーギ
小泉悠著『ウクライナ戦争』

 2022年2月24日にロシアによるウクライナ侵攻が始まって以来、この戦争に関する報道を目にしない日はない。また、私自身、日々の戦況や軍事情勢に関して、今回の戦争ほど強い関心をもったことはなかった(本誌読者の多くも同じではないだろうか)。本書『ウクライナ戦争』は、今回の戦争がどのような経緯で軍事侵攻へと辿り着き、戦況がどのように推移したか、さらにこの戦争が過去の戦争や理論に照らして如何に位置づけられるかを明快に説明している。この戦争に関心をもつ読者の期待に応えてくれる一冊だ。(中居孝文)


ウクライナ情報交差点
ウクライナ2大輸出産業の苦悩:鉄鋼と農業

 本稿では、ウクライナの2大輸出産業である鉄鋼業と農業が、ロシアによる軍事侵略という危機的状況下でどのようなパフォーマンスを示しているかを、最新のデータをもとに概観する。(服部倫卓)


中央アジア情報バザール
脱ロシア受入国としてのウズベキスタン

 ロシアから多くの外資系企業(主に日欧米)が撤退する一方で、撤退企業・工場の移転先や新たな市場の1つとして中央アジアへの関心が高まっている。同時に、中央アジア諸国も外資系企業の受け入れや投資誘致に関心を高めている。中央アジア随一の経済規模を誇るカザフスタンが最も有望な移転先、投資先として見られているようではあるが、その一方で、ロシアとの一定の距離を武器に脱ロシア企業の進出が期待されるのがウズベキスタンだ。(中馬瑞貴)


ロシア極東羅針盤
動き出したロシア・中国国境

 新型コロナウイルスの感染を徹底して抑え込む中国の「ゼロコロナ政策」の終了を受け、中国との往来活性化にアクティブな動きを見せているのは、日本や東南アジア諸国だけではない。ロシアも、中国との陸路での交流再開に期待を寄せている。(齋藤大輔)


ロシアメディア最新事情
ハンティ・マンシ訪問と地域ニュース

 2023年1月、ハンティ・マンシ自治管区(ユグラ)を訪問しました。私は、前回のコラムで書いた通り、この地に拠点を置く「人道ボランティアコルプス」というボランティア団体のメンバーになり、2022年12月にマリウポリでボランティア活動を行いました。参加メンバーの多くは、ハンティ・マンシ自治管区の各都市に住んでいるのですが、私のように他の都市から参加している人もいます。そのような外部参加者を招いて、感謝状が手渡され、ユグラの文化に触れる機会が設けられました。短い時間でしたがそこで見聞きしたことと、現地で話題になっているニュースについてご紹介します。(徳山あすか)


デジタルITラボ
カザフスタンにおけるデジタルトレンド

今回はロシアとも関わりの深い、デジタル化が進むカザフスタンのITサービス事情を紹介したい。(大森貴之)


ロシア音楽の世界
バラキレフ「イスラメイ」(東洋風幻想曲)

 この質問に対して、スパッと1曲を限定して答えられる音楽家はそう多くはないのではないだろうか。 リスト、プロコフィエフ、ラフマニノフの作品を挙げる方も多いかと思うが、彼らが作曲した超絶技巧のピアノ曲のように「技術的に超難関」でない場合でも、解釈や音色の追求などの別の視点において、バッハ、モーツァルト、シューベルトの方がずっと難しい、と仰るピアニストも少なからずおられると思う。
 ドイツの名指揮者でもあり、チャイコフスキーのピアノ協奏曲を初演した名ピアニスト、ハンス・フォン・ビューローをして、世界一の最難曲と言わしめたのが、バラキレフ作曲のピアノ曲「イスラメイ」である。(ヒロ・ミヒャエル小倉)


日ロビジネス群像
成田精雄と杉浦千畝
―小川和男・ROTOBO研究所元所長A―

 今回、小川さんの生い立ちからROTOBOの前身であるSOTOBO(ソ連東欧貿易会)入職までを振り返るにあたり、そのルーツを辿っていかざるをえなくなった。その先には満鉄があり、ハルビン学院がある。したがって歴史的な記述が多くなること、ご容赦いただきたい。なお、執筆にあたっては奥様の小川美枝さんにインタビューをさせていただいた。この場を借りて御礼申し上げます。(芳地隆之)


おいしい生活
物産展に並んだシルクロードパン

 先日、仕事からの帰宅途中、都内某所で物産展を開催していた。子育て真っ最中でいつも帰路は急ぎ足なので、横目で素通りするのだが、魅力的な名前につい、足を止めた。その名も「シルクロードパン」。(中馬瑞貴)


記者の「取写選択」
ウクライナ侵攻1年

  普段なら子供の歓声が響く公園には直径10m、深さ5m程の大穴が口を開けていた。遊具に子らの姿はなく、大人が硬い表情で穴をのぞき込む。
 2022年10月10日、ロシア軍が80発以上のミサイルをウクライナ全土に撃ち込み、うち4発が首都キーウ中心部に着弾した。公園、道路交差点、遊歩道橋の脇、そして高層ビル(写真右下)の隣。地方では電力施設なども。ロシアが2月24日に侵攻を始めて以来、最大規模の空爆で20余人の命を奪った。(小熊宏尚)