ロシアNIS調査月報
2022年5月号
特集◆かつてない危機に
直面するロシア経済
 
特集◆かつてない危機に直面するロシア経済
調査レポート
ロシアの経済・財政状況:2021年の回復と迫る暗雲
調査レポート
2021年の日ロ貿易とウクライナ侵攻後の展望
調査レポート
ロシア向け経済制裁の動向
調査レポート
国家に翻弄されるロシア石油・ガス産業
調査レポート
先鋭化するロシアの制裁対抗措置
調査レポート
制裁下のロシア市民生活:意外とまだ耐えられる?
産業・技術トレンド
製造業におけるロシア産品の供給不安
データリテラシー
ロシアが目指すルーブル対外決済
INSIDE RUSSIA
欧州市場を失うロシア鉄鋼業
シリーズ 工業団地探訪
ロシアの工業団地が直面した新たな現実
ロジスティクス・ナビ
国際的制裁下のロシア物流
ロシアメディア最新事情
制裁下のユーモアとアネクドート文化

HOW TO ビジネス実務
ロシアの決算書を読む(3)
ウクライナ情報交差点
港湾はウクライナ経済の生命線
中央アジア情報バザール
世襲国家トルクメニスタン誕生
ロシア音楽の世界
プロコフィエフ交響組曲「キージェ中尉」
業界トピックス
2022年3月の動き
通関統計
2022年1〜2月の輸出入通関実績
ユーラシア珍百景
セヴァストーポリ攻防戦の慰霊碑
記者の「取写選択」
クリミアの選択


調査レポート
ロシアの経済・財政状況:2021年の回復と迫る暗雲

北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター 教授
田畑伸一郎

 2021年にロシア経済は4.7%の成長となり、コロナ禍の2020年における2.7%の経済縮小を取り戻した。これには、前年に著しく落ち込んだ油価が回復したことも大きく貢献した。家計消費の大幅な増加が高い経済成長率をもたらした。油価上昇により輸出も顕著に増加し、経常収支の黒字は過去最大となった。石油・ガスの輸出収入を原資とする為替市場への介入により、外貨準備も過去最大の大きさとなった。株価も過去10年間では最高の水準まで上昇した。石油・ガスからの税収の増加などにより、財政も前年の赤字から黒字に変わった。石油・ガスの税収の一部は、2022年に国民福祉基金(政府系ファンド)に繰入れられるが、そうなれば、同基金の残高は、ドル建てで見ても、ルーブル建てで見ても、過去最大となることが見込まれた。
 このように、2021年のロシア経済はかなり力強く回復したことになる。うがった見方をするならば、このような経済回復がウクライナ侵攻を決める背景にあったのかもしれない。2021年のロシア経済に関する懸念材料としては、油価や様々な商品の国際市場価格の上昇の影響を受けて、インフレ率が上昇したことが挙げられる。また、11〜12月頃から世界的なオミクロン株の流行やウクライナをめぐる情勢緊迫化などの影響で株価が下落し始め、ルーブルが下落傾向となったことも挙げられる。
 2022年2月24日にロシアがウクライナに侵攻したために、2022年のロシア経済の見通しは全く立たなくなった。それは、制裁とそれへのロシアの対抗措置によって大きく影響されるが、GDP・貿易の縮小や10%を超えるインフレをはじめとして、相当悪化することは確実であろう。


調査レポート
2021年の日ロ貿易とウクライナ侵攻後の展望

ロシアNIS経済研究所 副所長
中居孝文

 本稿では、例年どおり日本財務省の貿易統計にもとづいて、2021年の日本とロシアの貿易に関し、データをとりまとめて紹介する。またそれとともに、2月24日に始まったウクライナ侵攻後の状況を踏まえて2022年の日ロ貿易の見通しについてやや詳しく解説する。
 2021年の日ロ貿易は輸出入合計で前年比32.1%増の218億9,110万ドルとなり、コロナ禍の影響で落ち込んだ2020年(165億6,990万ドル)から一転し、2019年の水準(214億8,570万ドル)に回復した。なお、日本側の輸出は78億6,746万ドル(前年比34.0%増)、輸入は140億2,364万ドル(同31.1%増)で、いずれも2019年並みの水準になった。また2021年には61億5,617万ドルの日本の入超で、2009年以来、13年連続の輸入超過となった。


調査レポート
ロシア向け経済制裁の動向

国際協力銀行 地経学リスク対応担当特命審議役
加藤学

 ロシアに向き合うビジネスパーソンの思いを裏切り、ロシアはウクライナを大規模侵攻した。軍事力による他国への侵略行為は、いかなる理由・事情があっても許されない。国際平和と安全の維持を目的として設立された国際連合の常任理事国たるロシアが、大量の民間人の犠牲を伴いながら、大都市キエフ占領を目途とした一方的な戦争行為を公然と進めている。第二次世界大戦後、かつてない異常事態である。
 かかるロシアの蛮行に対し、前例のない広範囲な経済制裁がロシアに対して累次発動されている。核保有国ロシアに対して、米国やNATOは直接の軍事衝突を避けるため、地経学時代にあっては、経済制裁が欧米に残された主な外交上の武器となるからだ。ただし、経済制裁は、科す側の痛みも伴う、諸刃の剣という側面を有する。ソ連と異なりロシアは西側の市場経済体制に組み込まれ、石油・ガス等の資源供給大国として、エネルギーサプライチェーン上、重要な役割を担ってきた。経済取引は相互依存関係にあるため、経済制裁によってビジネスはその犠牲となる。
 そうした自国ビジネスが打撃を被るという認識を持ちながらも、日本政府を含む西側諸国政府は暴挙を止めないロシアへ対抗するため厳しい経済制裁を協調して発動している。本稿では3月31日時点までに、米国、EU、英国及び日本からロシアに対し発動された主な経済制裁、ならびにロシアによる対抗措置に関し、筆者が把握し得る限りにおいて概説したい(4月6日の追加措置についても末尾に付記)。


調査レポート
国家に翻弄されるロシア石油・ガス産業

ロシアNIS経済研究所 名誉研究員
坂口泉

 石油ガス分野はロシアの基幹産業であるが、それが故にソ連解体後、特に2000〜2001年以降は国の強い影響下に置かれ、気まぐれで不可解な国の意向に翻弄されてきた。今回のウクライナをめぐる一件においては、石油とガスが世界経済に対する威嚇手段として利用されており、ロシアの石油ガス会社が自発的に国際社会に刃を突き付けているかのような印象を受ける人もいるかもしれないが、私の目には、過去もそうであったように今も彼らが予測不可能な政権サイドの動きに翻弄されているようにしか映らない。
 実際、ロシアの石油分野では、これまでにもユコス事件、バシネフチ事件といった国家主導の不可解としか言いようのない出来事が生じてきた。また、ガス分野も2001年にミレルがガスプロムの社長に就任して以降、完全に政治の道具と化したような印象を受ける。今回ロシア軍のウクライナ侵攻のニュースを知った時筆者は既視感を覚えたが、それは、30年近くロシアの石油ガス分野の調査をする中で何度も国家主導の不可解な事象を目の当たりにしてきたからだろう。今後、ロシアの石油ガス分野の調査・分析を行う上で何らかの役にたつと思うので、本稿では、まず石油分野における過去の一連の不可解な事象につき言及する。そして、その後に、2021年の石油ガス生産の実績なども踏まえつつ、不可解さの集大成ともいえる今回の事件がロシアの石油ガス分野にもたらした影響などにつき説明する。


調査レポート
先鋭化するロシアの制裁対抗措置

ロシアNIS経済研究所 次長
長谷直哉

 本稿では、日米欧による対ロ経済制裁を受けて、ロシア側が導入した対抗措置を分析する。特に、ルーブル価値の維持に係る政策と外資撤退抑止に関する措置およびロシア国内の議論に焦点を当てる。この分析を通じて、プーチン政権が経済不安を抑え込むべくルーブル価値の維持を極めて重視していること、外資資産および外資それ自体をスケープゴートとしかねないこと、そしてロシア経済の西側からの「自立」を目指す動きを先鋭化させようと試みていることを示す。


調査レポート
制裁下のロシア市民生活:意外とまだ耐えられる?

在ロシアジャーナリスト
徳山あすか

 ロシアで「制裁下の生活」が始まって、1ヵ月以上が経過した。しかし中心部に出てみれば、にぎわうレストランやイルミネーションなどモスクワの華やかな光景が広がり、着飾った人々が行き交う。全くニュースを見ない人がどこでもドアでモスクワに来たら、街角の風景があまりにも普通すぎて、この国で何が起こっているのか想像がつかないに違いない。
 このレポートでは、筆者が実際に見聞きしたことや身近な人の体験談を交えつつ、一般市民レベルでの、都市生活の変化についてお伝えする。執筆したのは3月の最終週であるため、あくまでもその時点での情報であることをおことわりしておく。また、本レポートの筆者はロシア在住9年目(うちモスクワ8年)であり、この4年間一度も日本に帰っていない。特に不自由もしていないし、これから退避するつもりもない。日本人の中でもかなりロシア化しているタイプなので、一応そのことも念頭においてもらえればと思う。


産業・技術トレンド
製造業におけるロシア産品の供給不安

 ロシアがウクライナに侵攻し、対して国際社会から制裁が行われている。制裁に対し、ロシアも対抗措置を行っている。制裁の中には、特定品目の禁輸がある。例えば、日本は半導体関連製品をロシアに対して禁輸した。そうなると、ロシアもロシア産品の禁輸を仕掛けてくることが心配になる。
 本稿ではロシアが禁輸を仕掛けてきた場合に、化石燃料以外の製造業に影響が大きそうなものを挙げる。なお、後述するように、ロシア産品の調達困難が発生する場合は、ロシアによる禁輸だけではない。仮にロシアが意図的に何かをしなくても影響が発生する可能性がある。(渡邊光太郎)


データリテラシー
ロシアが目指すルーブル対外決済

 プーチン大統領は3月31日、ガス輸出決済に係る大統領令に署名し、ロシア産パイプラインガス輸出代金支払いは原則としてルーブルにて決済されることが定められました。とはいえ、日米欧他の反発は非常に強く、既存の契約とは整合性がありません。このため、この大統領令ではガスプロムバンクを決済銀行として指定し、同行の特別口座を介せば外貨での取引が継続できるとの規定が盛り込まれています。この措置によりプーチン政権が短期的に期待していることは、ルーブル価値の維持と、ガスプロムバンクを制裁対象とすることへのけん制ですが、長期的な視野で意図していることは外貨での対外貿易決済を制限し、ルーブルでの対外決済へ段階的に移行していくことだと思われます。(長谷直哉)


INSIDE RUSSIA
欧州市場を失うロシア鉄鋼業

 欧州連合(EU)は、3月11日に対ロシア経済制裁の第4パッケージを発表した際に、次のように、高らかに宣言した。「きわめて重要なことだが、我々はロシアの鉄鋼部門からの主要な品目の輸入を禁止する。これにより、ロシアの体制の中核部門に打撃を与えることになり、我々の市民たちがプーチンの戦争に補助を与えないことを確実にすることができる。」
 そして、EUがロシアからの輸入を禁止する具体的な品目のリストが、2022年3月15日付のEU規則第428号によって定められた。(服部倫卓)


シリーズ 工業団地探訪
ロシアの工業団地が直面した新たな現実

 現在に至るまで世界を震撼させているウクライナ危機とそれによる国際社会からの未曾有の規模の対露経済制裁は、ロシアにおける工業団地の発展の路線にも甚大な影響を及ぼすものである。今回は個別の工業団地の探訪ではなく、ウクライナ危機の勃発によりロシアにおける現地生産やロシアの工業団地業界にどのような影響が生じているのか、筆者が知り得る範囲で概観してみることとする。(大橋巌)


ロジスティクス・ナビ
国際的制裁下のロシア物流

 2月24日に始まったロシアによるウクライナへの軍事侵攻に対し、国際社会から経済制裁が矢継ぎ早に科せられています。制裁は物流分野にも及び、ロシアを発着、或いは通過するコンテナの輸送に混乱が生じています。(辻久子)


ロシアメディア最新事情
制裁下のユーモアとアネクドート文化

 ロシアが今、国際的に置かれている立場を考えれば、ユーモアやジョークなんてとんでもない、と思う人もいるかもしれません。しかし、ユーモアはロシア人にとって非常に大事なもの。アネクドート(小話)はそもそも、自由に自分の思っていることが言えないソ連時代に、ジョークという体を装い、社会風刺や人々の本音を伝えてきました。そして今、アネクドートが再び脚光を浴び、あらゆるツールを用いてシェアされています。
 アネクドートで笑うためには、語学の知識だけでなく、その時代における文化・政治的背景や社会知識を共有しているという前提条件が必要なので、なかなか外国人には難しいところがありますが、現在流行しているものを例にしつつ、クスッとなるエピソードをご紹介します。(徳山あすか)


HOW TO ビジネス実務
ロシアの決算書を読む(3)

 2022年2月24日、ロシアのウクライナへの軍事侵攻が開始されました。執筆時点(3月末)でも戦闘は激化しており、多くの市民も犠牲となっております。このような状況において「決算書を読む」シリーズを続けるべきか、読者のニーズに沿うものなのか等々、非常に悩みました。しかし、どのような場合でも決算書の読み方が役に立つことがあるのではないかと考え、執筆を続けることにいたしましたので、どうぞよろしくお願いいたします。(小川弘美)


ウクライナ情報交差点
港湾はウクライナ経済の生命線

 ウクライナ経済は、商品輸出への依存度が高い。そして、付加価値の低いコモディティを大量輸出するというパターンなので、自ずと輸送は海運が主流となる。黒海に面し、海港を有していることが、ウクライナ経済が機能する前提条件となっている。(服部倫卓)


中央アジア情報バザール
世襲国家トルクメニスタン誕生

 2022年3月12日、トルクメニスタンで大統領選挙が行われ、現職大統領グルバングルィ・ベルディムハメドフの息子、セルダル・ベルディムハメドフが当選を果たした(得票率72.97%、投票率97.17%)。旧ソ連諸国の中で、父から息子へと大統領ポストが移ったのは、アゼルバイジャンに続いて2カ国目、中央アジアで初の世襲国家誕生となった。(中馬瑞貴)


ロシア音楽の世界
プロコフィエフ交響組曲「キージェ中尉」

 1891年、帝政ロシアのエカテリノスラフ県(現在のウクライナ・ドネツク州)ソンツォフカ村で生まれた、セルゲイ・プロコフィエフは、ロシア革命を避けて1918年に海外亡命し、(日本経由)米国、ドイツ、フランス、など各国を転々として暮らし、1933年にはソ連に帰還した。そして、最初の仕事として取り掛かったのが、この1934年に封切られたソ連映画「キージェ中尉」の音楽である。同年、演奏会用の交響組曲も作曲された。
 組曲も単なる映画音楽からの抜粋・寄せ集めではなく、主題の組み合わせやオーケストレーションの変更がしっかり加えられてあり、プロコフィエフ自身は、映画音楽を作曲した時より組曲で苦労したと語っている。(ヒロ・ミヒャエル小倉)


ユーラシア珍百景
セヴァストーポリ攻防戦の慰霊碑

 私は、ロシアがウクライナ領クリミアを併合する前に、一度だけクリミアに行ったことがある。あれは2012年だったから、もう10年前か。それで、当時の写真を見返していたところ、興味深い一枚があった。(服部倫卓)


記者の「取写選択」
クリミアの選択

 左にナチスのかぎ十字、右にはロシア国旗の3色に塗られたクリミア半島の地図が住民に「ロシアかナチスか」の選択を迫っていた。ウクライナからの独立の是非を問う2014年3月の国民投票を前に、こんなポスターが半島中に登場。現地で放送するロシア政府系メディアは、前月のマイダン革命で誕生した親欧米の暫定政権はロシア語話者を抹殺するネオナチだと繰り返していた。(小熊宏尚)