ロシアNIS調査月報2022年7月号特集◆ロシアの基幹産業は |
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特集◆ロシアの基幹産業は生き残るのか |
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調査レポート |
欧米の制裁と変貌するロシアの石油天然ガスフロー |
調査レポート |
激動の中のロシア石炭産業 ―2021年の実績と軍事侵攻後― |
調査レポート |
制裁でロシア鉄鋼業も東方シフトを迫られる |
自動車産業時評 |
外資撤退に揺れるロシア自動車産業 |
データリテラシー |
サプライチェーンの寸断に直面するルサール |
産業・技術トレンド |
制裁はロシアの工場設備にどう影響するか |
シリーズ 工業団地探訪 |
工業団地の増加傾向と最近の業界動向 |
ロシア政財界人物録 |
オリガルヒと対ロ経済制裁 |
地域クローズアップ |
ガス産地ヤマロ・ネネツに垂れ込める暗雲 |
データバンク |
2020年のロシアの地域総生産統計 |
INSIDE RUSSIA |
プーチンではなく欧米を恨むロシア国民 |
ロシア極東羅針盤 |
乱気流の極東中古車ビジネス |
ロシアの二国間関係 |
ロシア・モルドバ関係とウクライナ化の懸念 |
ロシアメディア最新事情 |
ロシアに避難してきたウクライナ人の生活 |
ウクライナ情報交差点 |
戦時下で進むウクライナ経済インフラの破壊 |
中央アジア情報バザール |
2022年第1四半期の中央アジアの経済 |
HOW TO ビジネス実務 |
ロシアの決算書を読む(5) |
ロジスティクス・ナビ |
対ロ輸出の物流地:2021年実績と今後の展望 |
ロシア音楽の世界 |
チャイコフスキー・バレエ音楽「くるみ割り人形」 |
業界トピックス |
2022年5月の動き |
通関統計 |
2022年1〜4月の輸出入通関実績 |
ユーラシア珍百景 |
在りし日のアゾフスターリ |
記者の「取写選択」 |
ウクライナ避難民@東京 |
調査レポート
欧米の制裁と変貌するロシアの石油天然ガスフロー
(独)石油天然ガス・金属鉱物資源機構 調査課長
原田大輔
ウクライナ侵攻によって、ロシアは国際社会から厳しい批判に晒され、その非難の矛先はロシアの財政の要であり、外貨獲得の手段であるエネルギー輸出に向かってきた。
欧州のロシア産エネルギー依存の脱却に対して、ロシアが欧州市場を代替するべく、東方シフトの更なる加速というベクトルに進んで行くのは明らかだが、事はそれほど単純ではない。欧州という巨大市場をアジア太平洋で代替可能なのか。西方のフローを技術的に東方にシフトできるのか。国際的に孤立し、交渉ポジションが弱体化するロシア産石油ガスはアジア太平洋市場で買い叩かれる心配はないのか。本稿では、ウクライナ侵攻から現在まで、制裁を中心に石油ガス産業・貿易を巡ってどのような事象が起きているのかトレースし、既に影響が出ているロシア産石油天然ガスの流れにどのような変化が見られているのか、欧州とロシアが向かうベクトルの先にどのような問題が待ち構えているのか分析する。
調査レポート
激動の中のロシア石炭産業
―2021年の実績と軍事侵攻後―
ロシアNIS経済研究所 名誉研究員
坂口泉
ロシアの石炭産業は、脱炭素という世界的潮流への対応を迫られている。たとえば、エネルギーシフトへの意欲が強く石炭火力発電所の閉鎖の流れを加速させていたEU諸国への石炭輸出量が今後徐々に減少していくのは確実で、そのことへの具体的対応策を考案し実施することが必要になりつつある。ただ、2021年時点ではロシア石炭産業は切迫した危機感をまだ抱いておらず、大きな変化は見受けられなかった。たとえば、エネルギーシフトの影響が一般炭と比較すると小さくなると判断される原料炭の生産量が大幅に増えることはなく、これまで通り、生産においても輸出においても一般炭が主要な役割を果たしていた。また、輸出相手国の顔ぶれにも大きな変化はなく、欧州諸国への輸出量が大幅に減ることもなかった。2021年は、「行けるところまで現状のままで行って、顕著な支障が生じた時点で迅速に具体的対応策を考案し実施すればよい」といったスタンスが目立った年だったとの印象を受ける。
ところが、「特別軍事作戦」後、状況が大きく変化した。欧州諸国が2022年夏からロシア産石炭の輸入を停止するとの発表を行ったのだ。また、主要な輸出相手国のひとつである日本も欧州諸国の動きに同調する意向を表明した。ロシアの石炭産業は、まったく予期しなかった形で、脱炭素社会に前倒しで対応する必要に嫌がうえでも迫られているといえよう。本稿では、2021年のロシア石炭産業の状況を振り返った後に、「特別軍事作戦」後の事態の急変が同産業にもたらす影響についての考察を試みる。
調査レポート
制裁でロシア鉄鋼業も東方シフトを迫られる
ロシアNIS経済研究所 所長
服部倫卓
これまで、ロシア鉄鋼業の生産に占める輸出の比率は30%程度であり、そして輸出の4分の1前後が欧州連合(EU)向けであった。そのEUは、ロシアによるウクライナ軍事侵攻を受けた第3制裁パッケージの一環として、3月にロシアからの鋼材の輸入を禁止した。
これにより、ロシア鉄鋼業は新たな販路の開拓、とりわけアジア市場へのシフトを迫られることになった。ただ、石油であればアジアの大国である中国やインドに旺盛な需要があるので、商品を欧州からアジアに回せる可能性が、それなりにある。それに対し、鉄鋼の分野では、中国やインド自身が世界的な鉄鋼生産国なので、だいぶ事情が異なる。
本稿では、ロシア鉄鋼業の生産・輸出概況を整理し、EUの対ロシア鉄鋼禁輸措置を確認、制裁導入後の同産業の動向につき報告する。
自動車産業時評
外資撤退に揺れるロシア自動車産業
ロシアがウクライナでの「特別軍事作戦」を開始した後、ほとんどの外資系メーカーがロシアでの現地生産を休止する意向を表明しました。また、5月中旬には、ルノーがモスクワの現地工場と、保有するAvtoVAZの株式を売却しロシアから撤退する意向を表明しています。2月下旬以降、ロシアの自動車産業をめぐる状況は悪い方向に大きく変化しているといえます。以上の状況を踏まえ、今回は、「特別軍事作戦」後のロシアの自動車産業の状況と今後の展望につきご紹介します。(坂口泉)
データリテラシー
サプライチェーンの寸断に直面するルサール
ロシア最大のアルミニウムメーカーであり、世界市場においても中国の中国宏橋集団に次ぐ第2位の生産力を誇るルサールですが、今般の対ロ経済制裁は同社の事業活動においても大きな重しとなってきています。同社の過半株(2022年3月17日時点で56.88%)は、オリガルヒの中でも著名なデリパスカ氏(以下、デリパスカ)傘下のEn+グループが保有しています。そして、デリパスカはロシアによるウクライナ侵攻後に最も早く声を上げたオリガルヒの1人として、報道されました。(長谷直哉)
産業・技術トレンド
制裁はロシアの工場設備にどう影響するか
ロシアの製造業では、部品を輸入できないことによって、不具合が起きているようだ。工場が操業を停止する理由として、サプライチェーンの混乱が挙がっているのをよく見る。しかし、工場は部品があれば稼働できるわけではない。設備や人員がいて初めて稼働できる。例えば、外資系の工場で、本国からの人員の生産への関与が大きかった場合、モノが揃っていても、駐在員が帰ってしまえば、まともに回らなくなるだろう。
外資系でない企業でも、海外から輸入した設備を使用している企業は少なくない。こうした輸入機械に対する、アフターサービスも、制裁で困難になっているが、こちらも工場を止める要因になる。工作機械を例にその様子を描いてみる。(渡邊光太郎)
シリーズ 工業団地探訪
工業団地の増加傾向と最近の業界動向
ウクライナ戦争が勃発し、未曾有の経済制裁が西側諸国からロシアに課せられて3か月。ロシアの工業団地は新たな状況下で存続し、筆者が顧問を務めるロシア工業団地協会も活動を継続している。今回は筆者から見たロシア工業団地協会の最近の活動ぶりとロシアにおける工業団地をめぐる新たな動きや変化について、概況を紹介してみたい。(大橋巌)
ロシア政財界人物録
オリガルヒと対ロ経済制裁
今回は特定の個人ではなく、ロシアの富豪(いわゆるオリガルヒ)と米欧日他による対ロ経済制裁という観点から現状に焦点を当てたいと思います(本稿では敬称を略して紹介します)。さて、次頁の表は、ロシア版フォーブス誌が毎年公表している「ロシアの富豪200人ランキング」2021年版の上位20名について、米欧日、そしてカナダとオーストラリアのいずれが資産凍結などの個人制裁を科しているのか整理したものです。「ロンドングラード」とも俗称され、ロシア富豪が多くの資産を置いているとされる英国(およびそれに追随するカナダとオーストラリア)が特に厳しく個人制裁を科していることが分かります。(長谷直哉)
地域クローズアップ
ガス産地ヤマロ・ネネツに垂れ込める暗雲
ロシアによるウクライナ侵略に際して、ロシアは「ウクライナにいるロシア系住民の保護」を理由の1つとして主張している。一方で、ロシアには、ロシア人、タタール人に次いで3番目のシェアを占める民族として約190万人(約1.4%、2010年国勢調査)のウクライナ人がいる。このウクライナ系住民の占める割合が最も多い地域はどこだろうか(クリミア共和国とセヴァストポリ市を除く)。ウクライナとの国境に近い西や南の地域ではない。モスクワから2,000km以上も東にあるヤマロ・ネネツ自治管区なのである。同自治管区は、ロシア最大の天然ガス採掘地域として知られる。(中馬瑞貴)
データバンク
2020年のロシアの地域総生産統計
ロシア連邦国家統計局は今般、2020年の同国の地域総生産の統計を発表した。地域総生産は国内総生産(GDP)を地域別に(州などのレベルに)ブレークダウンしたものだが、GDPよりも発表が遅いので、このほどようやく2020年の数字が発表されたというわけである。
INSIDE RUSSIA
プーチンではなく欧米を恨むロシア国民
全ロシア世論調査センターの調査によれば、ロシア国民の「特別軍事作戦」支持は図表に見るように推移している。支持は70%台で高止まりした状態であり、多少の増減はあるものの、反戦のムードがロシア社会に広がる様子は今のところ見て取れない。(服部倫卓)
ロシア極東羅針盤
乱気流の極東中古車ビジネス
ロシア向け中古乗用車の輸出の好調が続いている。2021年はとりわけ好調であったと、データが物語る。輸出台数は15万3,271台と、前年と比べ29.5%の伸びとなった。輸出台数が15万台を上回るのは2013年以来8年ぶりである。しかし、ロシアのウクライナ侵攻が状況を変えた。(齋藤大輔)
ロシアの二国間関係
ロシア・モルドバ関係とウクライナ化の懸念
ロシアによるウクライナ侵攻が始まって以来、旧ソ連諸国の国名を耳にする機会が増えた。その中で、第2のウクライナ化が懸念される国としてモルドバがクローズアップされている。日本ではモルドバという国について初めて知った人が多いのではないだろうか。旧ソ連地域に関心の高い人でさえ、なかなか関わりを持つことのない国である。日本にモルドバ大使館ができたのが2015年12月、モルドバに日本大使館が開館したのが2016年1月とかなり最近のことだ。一方で、5,000年の歴史を誇るといわれるモルドバワインについては日本でも一目置かれている。(中馬瑞貴)
ロシアメディア最新事情
ロシアに避難してきたウクライナ人の生活
日本では、欧州や日本に避難したウクライナ人の生活について報道されることが多いですが、ここロシアにも、もちろんウクライナからの避難者はいます。2月24日から5月16日の間に、ウクライナから国境を超えてロシアに入ってきたウクライナ人は(本コラムでは、ウクライナ国籍を持つ人、と解釈してください)約130万人、そのうち18歳未満は22万3,000人です。日本でよく目にするのは、本人の意思に反して無理矢理ロシアに連れていかれている、という報道ですが、少なくとも私が取材を進める中で、そういう人達に会ったことはまだありません。(徳山あすか)
ウクライナ情報交差点
戦時下で進むウクライナ経済インフラの破壊
ウクライナ経済省はシンクタンクと組んで、ロシアの侵略によりウクライナで生じたインフラ破壊を記録し集計する作業に取り組んでいる。そして、それが『経済プラウダ』紙のサイトに掲載され、時折更新されている。今般6月8日現在の最新版が発表されたので、それを紹介する。もう一つ、とあるサイトに、ロシア軍によって破壊された代表的なウクライナ企業の一覧が掲載されたので、それも紹介する。(服部倫卓)
中央アジア情報バザール
2022年第1四半期の中央アジアの経済
2020年からスタートした新型コロナパンデミックがようやく落ち着きを見せ始める中、2022年第1四半期は、カザフスタン国内の騒乱に始まり、域内での大規模停電、ロシアのウクライナ侵略とそれに伴う対ロ制裁、トルクメニスタンの臨時大統領選挙など、中央アジアを取り巻く環境は引き続き忙しない状況にある。特に2月24日以降のロシア・ウクライナ情勢は、ロシアへの経済依存度が高い中央アジア各国に様々な影響を与えると考えられている。そこで、本稿では主に各国統計機関が公表しているデータなどをもとに、中央アジア諸国の2022年第1四半期の主要経済指標を紹介することにしたい。(中馬瑞貴)
HOW TO ビジネス実務
ロシアの決算書を読む(5)
「決算書を読む」シリーズ、前回に続いてアエロフロート・ロシア航空の2021年度決算報告書から、会社の財政状態を示す貸借対照表の資産の部をみていきます。(小川弘美)
ロジスティクス・ナビ
対ロ輸出の物流地:2021年実績と今後の展望
2021年の日ロ貿易は輸出入ともに大幅増となりました。本稿では同年の主要輸出品が、日本のどの港湾を経由したかという物流地理を探ります。また、本年2月24日に始まったウクライナ侵攻後の動向に注目します。(辻久子)
ロシア音楽の世界
チャイコフスキー・バレエ音楽「くるみ割り人形」
年末に向けて多くのホールで演奏される、クラシック音楽界の風物詩は「第九」だが、これは日本だけの特別な習慣。欧州では、年末年始の風物詩と言えば、バレエ「くるみ割り人形」。このチャーミングなバレエこそが世界各地で上演される。英国ロイヤル・バレエ@コヴェント・ガーデンでは、プリンシパルのダンサーに吉田都と言う大スター「エトワール」が長年在籍してくれていたお蔭で、在英日本人にとっても家族で吉田都の出番のチケットを取るのが年末年始の楽しみの一つとなっていた。チャイコフスキーの「白鳥の湖」作品20、「眠れる森の美女」作品66と並んで「3大バレエ」と呼ばれる。「くるみ割り人形」は作品番号71なので作曲者にとって最後のバレエ音楽である。(ヒロ・ミヒャエル小倉)
ユーラシア珍百景
在りし日のアゾフスターリ
私がウクライナのドネツク州に行ったのは、2008年2月の一度切りだった。州都ドネツク市、機械産業の街クラマトルスク市で仕事をした後、どうしても港町のマリウポリが見たくなり、アポも何もなかったが、クラマトルスクから200km近く車を飛ばして、強行軍でマリウポリの街を視察した。(服部倫卓)
記者の「取写選択」
ウクライナ避難民@東京
現代ウクライナを代表する作曲家シルヴェストロフのピアノ曲が静寂を破ると、同国避難民のリンマさん(18)は涙を流した。東京の欧州連合(EU)代表部が岸田首相や米欧ウクライナの大使も招き、6月1日に開いた慈善演奏会は、日米欧が結束してウクライナを支える姿勢を示す好機となった。
6月初め現在、避難民千人超が日本に身を寄せる。全ウクライナ避難民700万人弱の0.0014%。なぜ彼らは日本を選んだのか。
(小熊宏尚)