ロシアNIS調査月報
2023年4月号
特集◆エネルギーの『脱ロシア』
を目指す世界
 
特集◆エネルギーの「脱ロシア」を目指す世界
調査レポート
ロシア産石油禁輸及び石油価格上限設定措置の発動
―これまでの経緯とその実効性―
調査レポート
ロシアの石油ガス分野それぞれの今
―ウクライナ侵攻後に分かれた明暗ー
調査レポート
ロシア東部の石油ガスプロジェクトへの制裁の影響
中央アジア情報バザール
欧州に向かう中央アジアの石油ガス
ドーム・クニーギ
杉浦敏廣著『カスピ海のパイプライン地政学』

講演録
ロシアでの事業継続・撤退に伴う法的課題
イベントレポート
第10回日本モンゴル官民合同協議会
INSIDE RUSSIA
2022年のロシア鉱工業生産を吟味してみる
ロシア極東羅針盤
極東中古車ビジネスの覚悟
シベリア・北極圏便り
シベリアにおける自動車並行輸入の現状
シリーズ・工業団地探訪
アラブガ経済特区(タタルスタン共和国)
ウクライナ情報交差点
2022年ウクライナ貿易統計とその留意点
データリテラシー
領土奪還に向け結束するウクライナ世論
ロシアメディア最新事情
ロシアの社会現象「旅団」と日本アニメへの影響
ロシア音楽の世界
カバレフスキー組曲「道化師」
日ロビジネス群像
貿易の発展は平和への道である
―小川和男・ROTOBO研究所元所長B―
デジタルITラボ
アスタナハブ
―カザフスタンに現れた巨大テクノパーク―
業界トピックス
2023年2月の動き
ロシアを測るバロメーター
2023年2月末までの社会・経済の動向
通関統計
2023年1月の輸出入通関実績
おいしい生活
カラフルで美味しい祭日パスハ
記者の「取写選択」
ホロコーストとミサイル


調査レポート
ロシア産石油禁輸及び石油価格上限設定の発動
―これまでの経緯とその実効性ー

エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)調査部 調査課長 
原田大輔

 ウクライナ侵攻から1年あまり。ロシアは直後から国際社会からの厳しい批判に晒され、その非難の矛先はロシアの財政の要であり、外貨獲得の手段であるエネルギー輸出に向かってきた。侵攻直後の2022年2月末から3月初旬には既に、米英加豪4カ国がエネルギーの一部禁輸(米豪は全てのエネルギーを対象)を決定し、さらに英加がロシア船籍・ロシア人が管理する船舶の港湾利用禁止という事実上の禁輸政策を打ち出すに至って、市場にロシア産原油・石油製品・天然ガスを敬遠する動きが加速し始めた。5月8日には欧州も港湾利用を禁止する措置をとり、G7においてはロシア産石油(oil)の段階的廃止・輸入禁止を目指すことが首脳宣言にも盛り込まれた。G7の首脳宣言を受け、欧州委員会でも石油禁輸の議論が活発化し、紆余曲折を経て、5月末に条件付きながら石油禁輸を柱とする制裁パッケージに合意し、6月3日に正式に発表した。その発動は原油については2022年12月5日、石油製品については2023年2月5日と定められた。さらにロシアが地政学リスクを能動的に高めることによって高止まりする原油価格によって、ロシアの収入源を断つべく実装された制裁が効力を発揮できていないとの議論が高まる中、2022年6月28日にはG7が極めて新しい制裁方策である「石油価格上限設定(プライスキャップ)」の検討を開始し、9月には年内導入合意に至った。EUも追従し、10月6日の第8次制裁パッケージに盛り込まれ、直前まで価格レベルの合意に時間がかかるも、12月5日、G7、EU及び豪州から成る「価格上限連合(Price Cap Coalition)」によって石油禁輸と並行して発動している。
 売り手ではOPECによる石油カルテルが存在するが、ロシアだけを対象にする「買い手」側による価格操作を実装し、ロシアの収入源を断つという新たな試みである「石油価格上限設定」は、果たしてその目的を達することができるのだろうか。本稿では、ウクライナ侵攻から現在まで、ロシアの財政の要・本丸を狙う石油禁輸制裁の発動と石油価格上限措置について、発動までの背景とその影響の現状を分析することを目的とする。


調査レポート
ロシアの石油ガス分野それぞれの今
―ウクライナ侵攻後に分かれた明暗―

(一社)ロシアNIS貿易会ロシアNIS経済研究所 名誉研究員
坂口泉

 国家の強い影響下にあるせいか、ロシアの石油ガス分野では、「経済的合理性」を軸に分析を行う私にとっては理解不能な出来事が従来から少なくなかった。たとえば、どう考えても投資資金の回収が極めて難しいと判断される「シベリアの力」プロジェクトにガスプロムがなぜ果敢に挑戦しているのか、私にはいまだに理解できない。石油分野では、ロシア最大の民間石油会社であったユコスの解体プロセスや、国営企業「ロスネフチ」による国営企業「バシネフチ」の「民営化」プロセスなども私の理解を超越した出来事であった。
 ウクライナ侵攻後、ロシアのガス分野ではそのような傾向が加速しており、私にとっては不可解極まりない事象が目立つようになっている。その代表例が、ガスプロムが行った、主要な輸出市場である欧州へのアクセスを自らの手で断ち切るという決断である。PLガスに依存しすぎてきた関係でLNGへの対応が致命的に遅れている、西シベリアの巨大鉱床とアジア諸国を繋ぐ幹線ガスPLが現時点では存在しない(これは、欧州向けのガスを東方に振り向けることが不可能なことを意味する)、シベリアの力に代表される事業性の確保が困難な巨大プロジェクトへの取り組みを国から半ば強制されている、といったガスプロムが抱える諸問題を勘案すると、同社の決断は「暴挙」以外の何物でもないような気がする。確かにガスプロムは底知れぬ体力を有する巨大企業であるが、国の機嫌をうかがうことばかりに気をとられ、利益を追求するという企業としての本質を見失っているような気がする。そこにいかなる事情があるにせよ、本質から逸脱してしまった企業を待ち受けるのは「落日」しかないのではなかろうか(ガスプロムは巨大企業なので、「落日」までの時間的余裕はかなりあるだろうが)。
 一方、石油会社に目を転じると、ウクライナ侵攻後は対ロ制裁という逆風の中でどうやって企業として生き残るのか、という点に意識を集中させており、国家の利益に資するという意識はガスプロムなどと比較すると希薄になっているとの印象を個人的には受ける。
 本稿では、ガスプロムを中心とするガス分野と石油分野の国家への対応の違いを意識しながら、2022年のロシアの石油ガス分野の状況を回顧する。


調査レポート
ロシア東部の石油ガスプロジェクトへの制裁の影響

アジア太平洋エネルギー研究センター 
アレクサンドル・イジュブルジン

 ロシアによるウクライナでの「特別軍事作戦」開始後、西側諸国は矢継ぎ早に対ロ制裁措置を発動したが、これはロシア企業による炭化水素の採掘や輸出に関わる活動、またF/S段階や建設段階にある新しいプロジェクトの将来に対して深刻な影響を及ぼしている。本稿では、2023年2月初頭時点でのロシアの石油ガス産業に対する諸外国による制裁措置がロシア東部(極東及び東シベリア)における石油ガスの開発・輸送・精製の諸プロジェクトへ及ぼす影響を考察する。


中央アジア情報バザール
欧州に向かう中央アジアの石油ガス

 2023年2月、カザフスタン産の原油が、ロシア・ポーランドを経由するドルージバ・パイプラインでドイツへと送られたことを、カズトランスオイルが発表した。輸送量は2万tで、2023年通年で120万tのドイツへの輸送を計画していると。ロシア産エネルギーの禁輸を発動した欧州が代替となるエネルギーを模索しており、中央アジアの資源に供給多角化のチャンスが巡ってきているようだ。(中馬瑞貴)


ドーム・クニーギ
杉浦敏廣著『カスピ海のパイプライン地政学』

  ロシア、カザフスタン、トルクメニスタン、イラン、アゼルバイジャンの5カ国に囲まれるカスピ海。この海域に眠る天然資源がロシア産エネルギー資源の代替として注目されている。そんなカスピ海の歴史や天然資源をめぐる現状についてわかりやすく解説しているのが、今回紹介する『カスピ海のパイプライン地政学』。著者の杉浦敏廣氏は、長年にわたって旧ソ連諸国のビジネスに従事し、エネルギー開発の現場に携わってきた専門家である。(中馬瑞貴)


講演録
ロシアでの事業継続・撤退に伴う法的課題

ALRUD法律事務所 
A.クレショフ/S.アルテミエフ/S.ミラノフ

 2023年2月2日(木)、ロシアNIS貿易会はロシア情報提供セミナー「ロシアでの事業継続・縮退に伴う法的課題」をリモートで開催した。本セミナーでは、8月25日に開催したセミナー(本誌2022年12月号に関連記事)に続いて、ALRUD法律事務所(モスクワ)の法律専門家3名を講師にお招きし、報告会を開催した。今回、3人の専門家には、@ロシア子会社の持分・株式処分の実務、A利益配当の許可に関わる最近のロシア政府の動き、B相殺による融資返済の条件と貿易債権や売掛金の回収方法といったテーマでお話をいただいた。本号では、その報告の要旨と質疑応答の内容をご紹介することとしたい。


イベントレポート
第10回日本モンゴル官民合同協議会

 2022年11月30日(水)、東京のベルサール泉ガーデンギャラリーにおいて「第10回日本モンゴル官民合同協議会(以下、合同協議会)」が開催された。本合同協議会は、日本とモンゴルの外交関係樹立50周年を記念して、モンゴルのフレルスフ大統領の来日に合わせて開催された。
 今回の合同協議会には、日本側より、中谷真一・経済産業副大臣、秋本真利・外務大臣政務官、都梅博之・日本モンゴル経済委員会会長/伊藤忠商事椛纒\取締役、専務執行役員、機械カンパニープレジデント(以下、会長)をはじめとする同経済委員会会員企業の代表者および日本政府関係者、関係機関・企業の代表者が参加した。モンゴル側からは、フレルスフ大統領のほか、フレルバータル経済・開発大臣、アマルトゥブシン・モンゴル商工会議所会頭をはじめとする同国政府および政府機関関係者、企業関係者が参加した。以下、その概要を報告する。(森彩美)


INSIDE RUSSIA
2022年のロシア鉱工業生産を吟味してみる

 「ロシア経済が、思ったより悪くないのではないか?」「制裁は効いているのか?」といった議論が盛んになっている。確かに、今般ロシア統計局が発表したGDP速報値によれば、2022年の成長率はマイナス2.1%とされており、昨年春頃に言われていた10%近いマイナスとは、だいぶ異なる様相となっている。今回は、2022年の鉱工業生産統計を参照しながら、ロシア経済の実情の一端を見てみることにしよう。(服部倫卓)


ロシア極東羅針盤
極東中古車ビジネスの覚悟

 2023年1月の統計を見ると、中古乗用車のロシア向け輸出は、台数が1万4,187台と、前年同月と比べ36.3%の増加となった。金額は196億円と、同145.1%の増加となった。1月の輸出台数としては2008年以来の高い水準となった。(齋藤大輔)


シベリア・北極圏便り
シベリアにおける自動車並行輸入の現状

  2022年のシベリア連邦管区おける並行輸入額は1億700万ドルを超えたとされています。シベリア税関局のコリハノフ副局長は、2023年2月15日のプレス向け会見にて、上記金額について言及し、またその申告された数量について約1万tとも指摘しています。ロシア税関庁長官の発言を信ずるならば、2022年のロシアでの並行輸入総額は200億ドルを超えたそうですから、それと比較するとシベリアでは並行輸入の取り扱いは全体の1%以下と非常に小さいものです。ロシアの貿易額全体に占めるシベリア連邦管区の対外貿易額はおよそ7%程度ですから(金額で約700億ドル)、その比率を考えてもかなり小さい額であることが分かります。この背景には、カザフスタンなどの中央アジア諸国との距離が近く、並行輸入しなくとも必要な物品はカザフスタンから仕入れれば問題が解決するという側面もあるのかもしれません。とはいえ、並行輸入と一口に言ってもその「範囲」にはグレーな領域もあり、そうした部分も含めるとシベリアでも興味深い事例が多数見られることも事実です。本稿ではシベリアでの自動車の並行輸入での取り扱いをテーマに現状を紐解いていきたいと考えます。(長谷直哉)


シリーズ・工業団地探訪
アラブガ経済特区(タタルスタン共和国)

 2年前に始まった本連載だが、今回が最終回になる。2000年以降、ロシアでは産業や交通のインフラ整備が徐々に進み、外国企業の現地生産の機運が高まっていった。にも拘わらず、多くの日本企業にとって、ロシアは進出するのに難度が高い事業環境であった。そうした中、日本企業の工場立地先として検討対象になり得るような工業団地を個別に概観するとともに、ロシアにおける工場立地の特性を解析することが本連載の目的であった。これまで計14か所の工業団地(国外2か所を含む)を探訪してきたが、極東やシベリアの工業団地、新時代の産業インフラである農工団地や環境団地など、さらに探訪したかった工業団地は少なくない。
 しかし、2022年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻によって、日本企業のロシアへの生産進出の機運は潰えてしまった。戦争がいつ終わるのか予断を許さないが、停戦が実現しても長い期間、日本企業は対露生産進出に二の足を踏むことになるのであろう。ロシア側においても、これまで指摘した通り、欧米諸国からを念頭に置いた投資、技術移転ならびにグローバル・サプライチェーン構築の受け皿として発想されてきた工業団地そのもののコンセプトが、今次の地政学上の大転換によって根本的に変わらざるを得ない状況に立たされている。
 そこで最後に、筆者が長い間、ロシアではこここそがザ・工業団地であろう、と評価してきた、国際的に見ても工業団地らしい工業団地を探訪しておきたい。それはタタルスタン共和国のアラブガ経済特区である。(大橋巌)


ウクライナ情報交差点
2022年ウクライナ貿易統計とその留意点

 去年の今頃のことを思い返すと、ロシアが全面軍事侵攻を開始し、ウクライナの首都キーウも陥落するかもしれないという中で、筆者が職業的な観点から危機感を抱いたのは、もうウクライナの経済統計が入手できなくなるかもしれないということだった。そこで、ウクライナ統計局のウェブサイトにアクセスし、よく使う貿易関係をはじめ、必死にデータをダウンロードしまくったものだった。そうして入手したデータを用い、ちょうど1年前の本コーナーで、「これが最後でないと祈りたいウクライナ貿易統計」というタイトルのレポートをお届けした。
 それから1年が経ち、ウクライナ全土が占領されることも、政府が機能不全に陥って統計が編纂できなくなることも、統計局のサーバーが爆撃されてアクセス不能になることも、結局なかった。かくして、2022年の貿易統計もこのほど無事に発表されることとなった。(服部倫卓)


データリテラシー
領土奪還に向け結束するウクライナ世論

 ウクライナのゼレンスキー大統領は2023年2月26日、ロシアによるクリミア占領から9年となる節目の日に公開されたビデオメッセージにおいて「クリミアの解放により、人々の生活を破滅させるロシアのあらゆる試みに終止符を打つ」と述べ、今般戦争においてクリミアも含めて奪還を目指す方針を改めて明らかにしました。ロシア・ウクライナ戦争の戦況は日々報道されるウクライナ東部戦線の状況を鑑みても決して楽観視できる状況ではありませんが、全領土の奪還に向けたウクライナ政府、そしてウクライナ国民の思いは非常に強いものであり続けています。これを客観的に示したウクライナでの世論調査データが、2023年2月17〜19日にかけて開催されたミュンヘン安全保障会議に先立って、同組織から公開され国際的に注目を集めました。本稿ではこの結果を抜粋してご紹介します。(長谷直哉)


ロシアメディア最新事情
ロシアの社会現象「旅団」と日本アニメへの影響

 モスクワのショッピングセンターで喧嘩するティーンエイジャーのグループ。それ自体はよくある光景ですが、そのうち一方が日本の人気漫画「HUNTER×HUNTER」に出てくる盗賊集団・幻影旅団をモチーフに「民間軍事会社・旅団」と名乗っていため、日本でも報道されました。このニュースを目にした人も多いと思いますが、実は第一報は正しくない形でメディアで報道され、それがそのまま日本でも転載されてしまいました。本コラムでは本当は何が起きたのか時系列で整理するとともに、本来はアニメファンの集まりにすぎなかった旅団が、ロシア社会に思いがけず大きなインパクトを与えた理由についてご紹介します。(徳山あすか)


ロシア音楽の世界
カバレフスキー組曲「道化師」

 ドミートリ・ボリーサヴィチ・カバレフスキーは1904年サンクトペテルブルク生まれ。父親は数学者で、国家保険制度の業務に従事していた。父の頭脳を受け継いだものの、数学よりも音楽などの芸術に惹かれたため、引越をきっかけに、モスクワのスクリャービン音楽学校に通い始めた。当時のインテリ層はフランス語を話すのは珍しくはなかったが、彼は他にも英語などの多外国語にも流暢で、絵画学校や社会経済専門学校にも通った。(ヒロ・ミヒャエル小倉)


日ロビジネス群像
貿易の発展は平和への道である
―小川和男・ROTOBO研究所元所長B―

 前号に引き続き、小川さんの「師匠」である成田精雄氏の足跡を追うところから始めたい。成田氏は終戦後、満洲でソ連による満鉄接収に携わってきた。それはときに苛酷なものであったが、同氏がソ連との経済交流に尽力することになる萌芽もみられる。成田氏から小川さんに引き継がれた核となるものは何だったのか。今号を記すにあたっては、小川さんの海外出張に同行されていた元ロシアNIS貿易会モスクワ事務所長、現在は特定非営利活動法人モスクワ・ジャパンクラブ(Japanese Business Club)事務局長を務める岡田邦生さんからお話を伺った。この場を借りて御礼申し上げたい。(芳地隆之)


デジタルITラボ
アスタナハブ
―カザフスタンに現れた巨大テクノパーク―

 カザフスタン−東アジアとヨーロッパのおよそ中間に位置する国で、歴史的に見てロシアと繋がりが深い国だ。ロシアがスタートアップやIT企業に強いというイメージは、ロシア人の生活の根本を大きく変えたヤンデックスのITサービスや、モスクワに拠点を構えるスタートアップやIT企業の活動によって、定着しつつあるように思う。しかし、カザフスタンなど、NIS諸国におけるそのトレンドはあまり注目されていない。今回はカザフスタンにおけるITスタートアップの拠点である、「アスタナハブ」について紹介したい。(大森貴之)


おいしい生活
カラフルで美味しい祭日「パスハ」

 2023年4月16日は美味しい祭日、正教会のパスハ(復活大祭)だ。正教会はユリウス暦で計算しているので、同じ祭日でもグリゴリオ暦で計算しているカトリックやプロテスタントのイースター(2023年4月9日)とは違う日になる。パスハと言えば、カラフルに色付けされたゆで卵、クリーチ(高さのある円筒形のドライフルーツ入りパン)、パスハ(四角錐台のカッテージチーズのケーキ、十字架やキリスト復活の頭文字XBで飾られる)で、クリーチもパスハも美味しい。節制期間が終了し、パスハから肉や乳製品などが食べられる。伝統的な赤いゆで卵はキリストの復活、クリーチはキリストの体、パスハはキリストの墓や教会を象徴しているらしい。(斉藤いづみ)


記者の「取写選択」
ホロコーストとミサイル

 2012年9月13日。モスクワ発キーウ行きの飛行機の座席の半数ほどが黒スーツと黒帽子、もみあげを伸ばしてカールした男たちで占められていた。「超正統派」と呼ばれるユダヤ人たちだ。
 隣席に座った男に何事かと尋ねると「巡礼です」。カナダから来た彼らの目的地はキーウ市街北西の「バビヤール」。ナチス・ドイツ占領下の1941年9月、キーウのユダヤ人3万数千人が2日で銃殺され、その後も含め約10万人が殺された地だという。ホロコーストの中で最悪級の事件だが、恥ずかしながら私がその事件を初めて知ったのはこの機内だった。(小熊宏尚)