ロシアNIS調査月報
2023年5月号
特集◆制裁下のロシア経済と社会
 
特集◆制裁下のロシア経済と社会
調査レポート
戦争と制裁下のロシア:2022年の経済と財政の分析
調査レポート
公式統計とミラーデータで見る2022年ロシアの貿易
調査レポート
2022年の日ロ貿易―戦争による激動の1年―
調査レポート
ウクライナ侵攻後のロシア乗用車市場
―原型をとどめぬほどの変容―
ビジネス最前線
80歳!野武士社長がつなぐ制裁下の中古車ビジネス
調査レポート
制裁から1年:ロシア市民生活の変化
調査レポート
ロシアの外国エージェントとビジネス
ロシア極東羅針盤
外資を人質にとるロシア
データリテラシー
ロシアにおけるトラック需給と輸入動向
ロシア政財界人物録
ノヴァク副首相の対ロ制裁に係る最近の発言

INSIDE RUSSIA
主従関係がはっきりしてきた中国とロシア
ドーム・クニーギ
北海道新聞社編『消えた四島返還完全版―安倍×プーチン 北方領土の真相』
エネルギー産業の話題
ロシアの輸出用石油の種類
ウクライナ情報交差点
2022年のウクライナの輸出に関する補足情報
中央アジア情報バザール
中央アジアの議会選挙
ロシア音楽の世界
ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲
日ロビジネス群像
戦後に生かされた大陸での経験
―河合ミッションとは何だったのか―
業界トピックス
2023年3月の動き
ロシアを測るバロメータ
2023年3月末までの社会・経済の動向
通関統計
2023年1〜2月の輸出入通関実績
おいしい生活
ベラルーシのバルサムで大人のデザート
記者の「取写選択」
ロシアと国際裁判所


調査レポート
戦争と制裁下のロシア:2022年の経済と財政の分析

北海道大学 名誉教授
田畑伸一郎

 2022年のロシア経済は、2.1%の縮小となった。2月に始まったウクライナ侵攻に対して、西側諸国(欧米や日本などの国々)によってこれまでに例のない強力な経済制裁が課せられ、貿易をはじめとする対外経済関係は大きなダメージを受けた。輸入が大きく減少し、直接投資・証券投資の引揚げも過去に例のない規模で生じた。この影響で、国内生産についても、外資系企業や輸入に依存する部門において大きな減産が生じた。一過性に終わったものの、侵攻直後に価格が高騰し、それも一因となって、所得や家計消費の伸びが抑制された。
 同時に、この戦争が引き金となった世界市場における石油・ガスの価格高騰は、ロシアの貿易や財政を救った。西側諸国への石油・ガス輸出量は減少したにもかかわらず、ロシアの輸出額は大きく増加した。貿易収支や経常収支の黒字が史上最高を記録し、ルーブルは増価し、外貨準備もほとんど減らなかった。石油・ガスの輸出額に大きく依存する財政収入も増加した。この結果、戦費の負担により財政支出が大きく増加したものの、連邦財政の赤字は対GDP比2.1%に留まった。
 なお、侵攻後、ロシア当局(財務省、中銀、ロシア統計局、連邦税関局など)は、貿易、その他の対外経済関係、財政などに関するデータの一部を秘匿するようになった。この影響で、例年と同じようには分析できなかった箇所があることをお断りしたい。


調査レポート
公式統計とミラーデータで見る2022年ロシアの貿易

北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター 教授
服部倫卓

 筆者はこれまで毎年、本月報において、ロシア連邦税関局が発表する通関統計等を利用し、ロシアの最新の貿易パフォーマンスを図表にまとめ、解説を加えるレポートを執筆してきた。ところが、2022年2月のウクライナ侵攻開始後、ロシア税関局、統計局、中央銀行は、貿易データを一切発表しなくなった。ちなみに、ロシア当局が貿易統計の発表を止めたあと、税関局の現・元職員たちが通関統計データを違法に売買する動きが広がったと指摘されている。いずれにせよ、ロシアの貿易データは一般にはアクセス不能となった。
 そこで筆者は、いわゆる「ミラーデータ」を用いた分析を開始した。これは、ロシアの主要貿易相手国側の対ロシア輸出入データを調べ、それをひっくり返すことによってロシアの貿易動向を探る試みである。本月報2022年12月号掲載の拙稿「ロシアのウクライナ侵攻とプーチン体制の行方」でも一部を披露した。
 しかし、最近になり、本件をめぐる状況は再び変化した。税関局も、中銀も、最終的に2022年のロシアの輸出入額を発表し、今後も月別の輸出入額を発表していく方針を示したからである。ただ、税関局が公開したデータは甚だ不充分なものであり、輸出入相手国は伏せられたままである。
 そこで本稿では、まずロシア当局が今般正式に発表した断片的な統計から、2022年のロシアの商品輸出入動向を概観する。一方、輸出入相手国に関しては、やはりミラーデータを利用するほかなく、主要国の2022年の数字が概ね出揃ったところなので、それを使ってロシアと主要貿易相手国との輸出入動向に迫ることにする。


調査レポート
2022年の日ロ貿易 ―戦争による激動の1年―

(一社)ロシアNIS貿易会ロシアNIS経済研究所 所長
中居孝文

 本稿では、例年どおり日本財務省の貿易統計にもとづいて、2022年の日本とロシアの貿易に関し、データをとりまとめて紹介する。
 2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻から1年以上が経過した。この間、日ロ貿易は戦争と制裁、そしてロシア側が繰り出す対抗措置の影響を強く受けた。1956年の日ソ国交回復以後、両国(当時ロシア側はソ連)の貿易は本格化したが、その間、ロシア貿易に従事する日本企業は、ソ連によるアフガニスタン侵攻(1979年)やソ連邦解体(1991年末)といった貿易の根幹を揺るがす出来事を何度か経験した。だが、今回のロシア・ウクライナ戦争は、これら出来事を上回るインパクトの大事件となった。以下では、激動の1年となった2022年の日ロ貿易を総括する。


調査レポート
ウクライナ侵攻後のロシア乗用車市場
―原型をとどめぬほどの変容―

(一社)ロシアNIS貿易会ロシアNIS経済研究所 名誉研究員
坂口泉

 石油生産量の急増と油価の高騰という追い風を受け、ロシアの乗用車市場は2000年代半ば頃から倍々ゲームの勢いで急激に拡大し始め、それまで年間100万台程度で推移していた新車販売台数がピーク時の2012年には300万台近くにまで達した。同時にそれまで一般市民には高値の花とされていた外国ブランド車の売れ行きも急激に伸び始め、日本のトヨタ、日産、三菱自動車、マツダをはじめとする世界の主要乗用車メーカーの多くがロシアで現地生産を開始した。
 石油の生産量ならびに油価の低迷を受け、市場規模は縮小に転じたが、それでも、2021年時点での新車販売台数は170万台弱の水準を維持していた。また、市場規模の縮小にもかかわらず、ロシア市場からの撤退を決断する外国メーカーはほとんどなく、多数の外国ブランド車の現地生産が続けられていた。2022年に入ってからも、新車販売台数にも外国ブランド車の生産台数にも大きな変化が見受けられなかったが、同年2月下旬のウクライナ侵攻後、事態は激変した。企業イメージを重視する外国メーカーの大半がウクライナ侵攻直後よりロシアでの活動を休止し、秋にかけてロシア市場からの撤退を正式に表明するメーカーが続出した。また、一部の部品の調達が困難になったこともあり、純国産ブランド車の生産量も2022年3月以降大幅に減少した。その結果、2022年のロシアの新車市場の規模は前年の半分以下となる70万台弱にまで縮小した。
 一方、ウクライナ侵攻後にいわゆる「非友好国」メーカーの大半がロシア市場への新車の供給を停止した関係で、ロシアの純国産ブランドと「友好国」である中国ブランドの車の市場でのプレゼンスが結果的に強化され、2021年時点では3割強であった当該2カ国のメーカーの市場シェアが2022年には5割強にまで増加した。しかも、そのシェアは時の経過とともに上昇し続けており、2022年1月時点で34%程度、3月時点で40%程度だったものが、12月時点では実に約82%に達していた。ウクライナ侵攻後にロシアの乗用車市場はすっかり変容し、以前とは全く別の存在になってしまったと言っても過言ではないだろう。そこで、本稿では、ウクライナ侵攻がもたらした変化に着目しながら、ロシアの乗用車の生産・販売状況や主要メーカーの動きなどにつき説明する。


ビジネス最前線
80歳!野武士社長がつなぐ制裁下の中古車ビジネス

有限会社トライデント 代表取締役
岩佐毅

 ロシアによるウクライナ侵攻後、日ロビジネスは停滞が続いています。そんな中で輸出を増やしているのが中古車及び部品です。既に80歳を超える今も、岩佐毅さんは旧ソ連時代から長年ロシア、旧ソ連諸国などとのビジネスに従事されてきました。そこには厳しくもロシアへの変わらぬ愛情があります。これまでのご自身の波乱万丈の道のり、中古車ビジネスの現状、制裁の影響など、岩佐毅さんにお話を伺いました。


調査レポート
制裁から1年:ロシア市民生活の変化

在ロシアジャーナリスト
徳山あすか

 ロシアが世界で最も多くの制裁を科されてから1年が経ったが、一般人の生活というレベルで言えば、そんなひどい国に暮らしているという実感はない。筆者は昨年の同時期に執筆したレポートで「ニュースを見ない人がどこでもドアでモスクワに来たら、街角の風景があまりにも普通すぎて、この国で何が起こっているのか想像がつかない」と書いた。基本的に「見た目上」はその状態が今も続いている。
 振り返ってみると、この1年はロシアの生活について取材を受ける機会が多かった。一言でまとめる必要がある時は、いつも「食料品や生活用品は2022年春の段階で1?3割ほど値上がりしたが、その後は高止まりし、市民はその価格で買い物することに慣れた」と答えてきた。
 上の回答は最短バージョンであって、生活の様々な分野を細かく見ていけば、もちろん変化はある。ただし、その変化が、制裁の影響を受けてのものなのか、もともとロシアが抱えていた構造的な問題が時とともに表面化しただけなのか、はたまたコロナの影響なのか、見分けがつきにくい。
 そこで本レポートでは、一般市民目線の都市生活の変化について自身や身近なロシア人の体験を踏まえてお伝えするとともに、なぜそうなったかという背景についても考察したい。


調査レポート
ロシアの外国エージェントとビジネス

(一社)ロシアNIS貿易会ロシアNIS経済研究所 特別研究員
ストノーギナ ユーリア

 戦時中、最も深刻な問題の1つは「味方」と「敵」の分け方の問題である。2023年初頭からロシアでは、「外国エージェント(иностранный агент, иноагент)」、「望ましくない組織(нежелательная организация)」、「移転者(релокант)」に関する社会の議論が再び沸き起こった。2023年1月17日に行われた新年最初の連邦下院の会議の議題の中には、国外に去り、特別軍事作戦に否定的な発言をしたロシア国民に対する措置についての討論が加えられていた。外国エージェント認定されたメディアのリストも大幅に拡大された。これらの問題はすべて一見純粋に政治的であるように思われる。しかし、2023年2月初めにはロシア連邦司法省が欧州ビジネス協会(AEB)に対して、同協会が外国エージェントとしての機能を果たしているかどうかを評価するための調査を行うという情報が出た。ロシアの外国エージェント対策はビジネス、特に外国パートナーとのビジネス関係に影響を与えることになるのだろうか。


ロシア極東羅針盤
外資を人質にとるロシア

 外資のあり方を巡っては、ロシアが撤退しようとする外資に脅しをかけ始めてから激しい議論が起きている。
 ロシアに敵対的な行動をとる国の企業であれば、何をしても構わないと思っているようだ。ロシアは変わってしまった。
 ロシアにこれだけの外資系企業が進出したのは、ロシアの努力の結果であり、双方にウインウインの関係があった。しかし、今となっては「裏切られた」との思いが強い。世界の常識からすると、外資を「人質」にとるやり方は、ひどいと映る。そこまでするのかという感を禁じ得ない、なぜ、ロシアはそこまで強気の姿勢に固執するのだろうか。(齋藤大輔)


データリテラシー
ロシアにおけるトラック需給と輸入動向

 今回は、トラック(貨物自動車。HSコードの870421、870422、870423、870431、870432、870490)に関し、2022年のロシアにおける国内需給と輸入動向について整理してご紹介します。(長谷直哉)


ロシア政財界人物録
ノヴァク副首相の対ロ制裁に係る最近の発言

 今回は、ロシア政府にてエネルギー分野を担当するノヴァク副首相の最近の発言に焦点をあてます。主に、2022年12月26日にタス通信にて公開されたインタビュー記事、また2023年3月28日にロシア報道各社にて報じられたエネルギー省幹部との会合での発言を整理して紹介します。その発言の基底には、厳しい制裁にもかかわらずロシアが市場環境の変化に対応し、石油ガス輸出先の変容に適切に対応できているとの認識が窺えます。そして、2023年3月と2022年12月の発言を比較すると、時間が進むにつれ、欧州など「非友好国」との関係に対する物言いが変化していることも指摘できます。(長谷直哉)


INSIDE RUSSIA
主従関係がはっきりしてきた中国とロシア

 2月から3月にかけてロシアと中国の関係が急展開した。中国外交トップの王毅・共産党中央政治局委員が訪ロし、2月22日にV.プーチン大統領と会談すると、それ以来ロシア側では習近平国家主席の訪ロ待望論で持ちきりとなった。2月24日に中国外務省は「ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場」と題する声明を発表。3月17日には、習氏のロシア公式訪問が正式に発表され、同20〜22日に訪ロが実現、ロ中首脳会談が開催された。(服部倫卓)


ドーム・クニーギ
北海道新聞社編『消えた四島返還完全版―安倍×プーチン 北方領土の真相』

 北海道新聞では、7年に及んだ安倍政権の対ロ外交を追った『消えた「四島返還」−安倍政権 日ロ交渉2800日を追う』を2021年9月に上梓したが、同紙日ロ取材班は、その後も菅・岸田両政権の対ロ方針、ロシアによるウクライナ侵攻後の日ロ関係について取材を続けた。本書は前著『2800日を追う』を増補改訂し、その後の追加取材によって得られた情報を加えた「完全版」である。その秀でた取材活動に対して、北海道新聞には2022年度の「新聞協会賞」と「早稲田ジャーナリズム大賞・奨励賞」が授与されている。(中居孝文)


エネルギー産業の話題
ロシアの輸出用石油の種類

ロシアの輸出用の石油と言えば、まず思い浮かぶのがUralsです。ただ、Uralsがロシアを代表する油種であり、同油種をベースに石油分野の主要な税金の税率が決定されてきたのは事実ですが、ロシアにはその他にも複数の輸出用油種が存在します。今回は、Uralsとその他のロシアの主要な輸出用油種の概要をご紹介します(坂口泉)


ウクライナ情報交差点
2022年のウクライナの輸出に関する補足情報

 前回の本コーナーでは、ウクライナ統計局が発表した2022年の同国の商品輸出入データをお伝えした。しかし、ウクライナ統計局が公表したのはHSコード2桁の「類」による商品分類のみであった。国情からやむをえないこととはいえ、相手国別の輸出入額などは伏せられている。そうした中、ウクライナ版『フォーブス』のサイトに、2022年の商品輸出動向に関する有益な情報が掲載されたので、それを紹介し、前回記事の補足としたい。(服部倫卓)


中央アジア情報バザール
中央アジアの議会選挙

 2023年3月、中央アジアではカザフスタンとトルクメニスタンで立て続けに議会選挙が行われた。その概要についてお伝えする。(中馬瑞貴)


ロシア音楽の世界
ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲

 ピアノの名手でもあった作曲家、セルゲイ・ラフマニノフ(1873年ロシア・ノヴゴロド生〜1943年米国ビバリーヒルズ没)が1934年に書いた作品。ピアノ独奏を主体とした25曲の変奏からなる狂詩曲;ラプソディーである。ラフマニノフの代表的な作品であるばかりでなく、数多く作曲されている狂詩曲の中でもとりわけ完成度の高い傑作となっている。数々の映画音楽の中でも使われ、ロマンチックな場面での印象付けに絶大な効果を発揮している名曲である。1960年代、1970年代、NHKラジオ「土曜音楽会」のテーマ音楽としても使われていていた(ヒロ・ミヒャエル小倉)


日ロビジネス群像
戦後に生かされた大陸での経験
―河合ミッションとは何だったのか@―

 前号で西ドイツが東方外交によって東西冷戦の緩和を図ったことで対ソ連貿易が飛躍的に拡大したことを述べた。それまで西側諸国で対ソ貿易のトップを担っていたのは日本である。西ドイツが政治主導で経済関係を深化させたのに対して、日本の対ソ経済関係は民間主導で進んでいった。それはどうしてか。今号からは、そのさきがけとなった河合ミッションについて、当事者の記録や声を交えながら振り返ってみたい。(芳地隆之)


おいしい生活
ベラルーシのバルサムで大人のデザート

 バルサム(Balsam)は旧ソ連圏では一般的な薬用酒。一番有名なのはリガのバルサムだが、今回ご紹介するのはミンスク・クリスタル社のベラルーシのバルサム。ベラルーシのバルサムは、アルコール度数40度、22種類の生薬や果実(プルーン、ローズヒップ、ハチミツ、菩提樹の花、プロポリス、コーヒー、シナモン、ミント、パセリ、クローブ、ショウガ、松ぼっくりのつぼみ等)を配合している。このバルサムをバニラアイスにかけると、その苦みが甘いバニラアイスにマッチしてとても美味しい。(斉藤いづみ)


記者の「取写選択」
ロシアと国際裁判所

 「お時間があれば平和宮(Peace Palace)をご案内します」。2018年6月、オランダ・ハーグの同宮殿にある国際司法裁判所(ICJ)で取材を終え、一息ついた私をICJスタッフが真っ先に連れて行ったのは、碧玉の巨大な壺(写真右上)が鎮座する部屋だった。「ロシアからの贈り物です」。壺を飾る金色の双頭の鷲には、皇帝ニコライ2世のモノグラム。「この宮殿で最も重要な展示品」だという。(小熊宏尚)