ロシアNIS調査月報
2023年9-10月号
特集◆ウクライナ復興支援の地平
 
特集◆ウクライナ復興支援の地平
調査レポート
EUによるウクライナ復興支援
―概況および政治的意思―
ビジネス最前線
日本の強みを生かしたウクライナ支援
調査レポート
ウクライナ復興支援をめぐる日本の動向
自動車産業時評
ウクライナの自動車工場
ウクライナ情報交差点
カホフカダム破壊はウクライナ・ロシア双方に痛手
コーカサス情報フォーカス
ウクライナ支援とロシア人流入で狭間のジョージア
おいしい生活
日本初上陸のウクライナ産プレミアムワイン

調査レポート
ウクライナでの戦争がウズベキスタンに及ぼす影響
調査レポート
ウクライナ戦争とドニエストル両岸関係
―電力と天然ガスを中心に―
イベントレポート
アルメニアへの第一歩:ビジネスと投資の可能性
データバンク
2023年上半期の日ロ貿易
ロシア極東羅針盤
中国の対ロ自動車輸出の拡大
データリテラシー
ロシア乗用車市場の変貌
INSIDE RUSSIA
ロシアは無人航空機の遅れを取り戻せるか
エネルギー産業の話題
石油大国ロシアの不思議
シベリア・北極圏便り
NOVATEKに注がれる期待とその背景
ロシアメディア最新事情
小さな町の大きな秘密―24年前の未解決事件―
中央アジア情報バザール
3期目に突入したミルジヨエフ政権と大統領一族
ドーム・クニーギ
浅田正彦・玉田大編著
『ウクライナ戦争をめぐる国際法と国際政治経済』
ロシア音楽の世界
ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番
映画で見るユーラシア
ドンバス
業界トピックス
2023年7月の動き
ロシアを測るバロメーター
2023年7月末までの社会・経済の動向
通関統計
2023年1〜6月の輸出入通関実績
記者の「取写選択」
「環日本海」は終わらない


調査レポート
EUによるウクライナ復興支援
―概況および政治的意思―

東洋大学国際学部 教授
市川顕

 本稿の目的は、欧州連合(EU:the European Union)によるウクライナ復興支援について、その概況と政治的意思を探ることにある。具体的には、以下の3点を中心に論じていく。第一は、ウクライナ戦争勃発後のチーム・ヨーロッパ(Team Europe)によるウクライナへの緊急支援に関する概況を整理することである。第二に、EU要人の談話を参照することで、EUによるウクライナ復興支援の方向性を示すことである。そして、最後に、2023年6月のウクライナ復興会議でのEU要人の談話を精査し、中長期的なEUによるウクライナ復興支援を展望する。結論部では、いまだ障害となっているいくつかの問題について言及し、日本および日本企業によるウクライナ復興支援に向けた方策について提言したい。


ビジネス最前線
日本の強みを生かしたウクライナ支援

独立行政法人国際協力機構(JICA)中東・欧州部ウクライナ支援室 副室長
服部修

 独立行政法人 国際協力機構(JICA)はロシアによるウクライナ軍事侵略直後からウクライナに対して緊急経済復興のための財政支援や越冬支援、人道的地雷対策にかかる支援などさまざまな復旧・復興支援を実施しています。その旗振り役として2022年9月1日には、ウクライナ支援室が設置されました。同室の服部修副室長にこれまでのJICAのウクライナ支援の取り組みの概要や今後の展望、民間企業への期待などについてお話を伺いました。


調査レポート
ウクライナ復興支援をめぐる日本の動向

(一社)ロシアNIS貿易会ロシアNIS経済研究所 研究員
中馬瑞貴

 すでに開戦から500日以上が経過したロシアとウクライナの戦争は終わりの見えない状況が続いている。こうした中で国際社会は経済・財政、人道・物資、軍事と多岐にわたるウクライナ支援を積極的に行っているが、最近では、日欧米を中心に戦後を見据えた復興支援に向けた動きが加速しており、政府はもちろん、民間企業も巻き込む形での復興に関心が向けられている。一方で、まだ戦争が続くウクライナに民間企業が進出することは様々な困難や課題があり、容易ではない。
 そこで、本稿ではこれまで日本が行ってきたウクライナ支援を概観し、現在進行形で進んでいる支援の方向性についてまとめるとともに、民間・企業ベースで行われている支援についても紹介する。ただし、民間ベースで行われている支援の数は大規模なものから小さなものまで幅広く、本誌で紹介するのはほんの一部であるということをご了承いただきたい。その上で、今後の復興支援に向けた一助となればと思う。


自動車産業時評
ウクライナの自動車工場

 ウクライナの自動車工場の多くはもともと業績不振に苦しんでいたが、ロシア軍によるウクライナ侵攻が追い打ちをかけるような格好となり、おそらく、2022年はその多くが生産を中止したと推測される。本稿では、苦境にあえぐウクライナの主な自動車工場(侵攻前の段階で倒産していた工場も含む)のプロフィールをご紹介する。(坂口泉)


ウクライナ情報交差点
カホフカダム破壊はウクライナ・ロシア双方に痛手

 ロシアがウクライナ侵攻を開始して以降、驚きの連続ではあるが、6月6日、またしても世界を驚かせる出来事が起きた。ウクライナ南部で、ドニプロ川を堰き止めていたカホフカ水力発電所のダムが決壊したのである。(服部倫卓)


コーカサス情報フォーカス
ウクライナ支援とロシア人流入で狭間のジョージア

 コーカサス3国の1つジョージアは、ウクライナより前にロシアと戦火を交えた経験を持つ旧ソ連諸国の中で親欧米・反ロシアの急先鋒だ。それゆえに今般のロシアによるウクライナ侵攻以降、ウクライナ支援に非常に積極的に取り組んでいる。一方で、ロシアと国境を接しているジョージアには、戦争に反対したり、動員逃で脱出したりといったロシア人の流入も著しく、さらには国家レベルでロシアとの関係改善のような動きもみられる。そんなウクライナとロシアの狭間で揺れるジョージアに注目する。(中馬瑞貴)


調査レポート
ウクライナでの戦争がウズベキスタンに及ぼす影響

ウズベキスタン経済発展センター
ユーリー・ユスポフ

 ウズベキスタンでは新しい大統領が就任した2017年から経済改革が始まった。パンデミックに見舞われた2020年を除けば、経済成長率は十分に許容範囲内にあると言える。2022年の1人当たりGDPは2,000ドルの水準を超えた。一方、インフレは依然として深刻な問題である。


調査レポート
ウクライナ戦争とドニエストル両岸関係

藤森信吉

 本稿は、ドニエストル川の両岸、すなわちモルドバ共和国と沿ドニエストル・モルドバ共和国(以下、沿ドニエストル)間関係を、ロシアのウクライナ全面侵攻以降を中心に論じるものである。ロシアのウクライナ全面侵攻が現在進行形な今日、両岸関係は専らモルドバ側の視点、すなわちロシア政府の対モルドバ政策の観点から捉えられることが多い。その場合、沿ドニエストルは、モルドバの欧州統合政策を妨害するためのロシアのハイブリッド戦争の一手段ということになる。これに対し、本稿は、両岸関係は経済的相互依存にあるとみなす。ジョセフ・ナイ自ら「経済的相互依存関係は戦争を抑止できなかった」と記しているように、開戦以降、経済相互依存論の説得力は著しく低下している。しかしながら、本稿で論じるように、両岸関係は天然ガス・電力供給をめぐって長らく相互依存関係にあり、その結びつきはロシア・ウクライナ戦争によって再確認されている。本稿では、まず沿ドニエストルと周辺国の関係を概観した後、沿ドニエストルがどれだけ天然ガスに依存しているか、両岸が経済的に結びついているかを統計データを用いて論証する。次いで、戦争によってこうした関係がひとたび破壊され、そして復活した様を概観する。最後に、天然ガスと電力から見た今後の両岸関係の展望を述べたい。


イベントレポート
アルメニアへの第一歩:ビジネスと投資の可能性

 2023年6月30日、ロシアNIS貿易会は、アルメニア国営投資振興機構「エンタープライズ・アルメニア」および在日アルメニア大使館の協力を得て、オンライン・ビジネスフォーラム「アルメニアへの第一歩:ビジネスと投資の可能性」を開催した。コーカサスの小国、アルメニアは近年、IT先進国として世界の注目を集めているが、日本との経済交流はごく低い水準にとどまっており、国内で同国経済に関する情報を得る機会も少ない。こうした現状を受け、本フォーラムは日本企業に対し、アルメニアの経済、ビジネス環境、有望投資分野といった、基礎的情報を紹介することを目的に実施したものである。 当日は関係者を含め約100名の参加者があった。開催にご協力いただいた関係各位に心より感謝申し上げる。以下、概要をご紹介する。


データバンク
2023年上半期の日ロ貿易

 本稿では、日本財務省の貿易統計に基づいて、2023年上半期の日本とロシアの貿易に関して、データを取りまとめたので、若干の解説とともに紹介する。


ロシア極東羅針盤
中国の対ロ自動車輸出の拡大

 中国税関の最新統計を見ると、2023年1月から6月までの中国とロシアの貿易額は1,145億ドルと、前年同期と比べ40.4%と大幅の伸びとなった。このうち、ロシアから中国への輸入は77.5%増の523億ドル、中国からロシアへの輸出は同19.5%増の623億ドルになった。(齋藤大輔)


データリテラシー
ロシア乗用車市場の変貌

 今回は、1年程度で大幅な変貌を遂げたロシア乗用車市場について、中国産自動車の販売急増、また乗用車の並行輸入および中古販売をターゲットとした政策、という2つの観点から現状を説明したいと思います。(長谷直哉)


INSIDE RUSSIA
ロシアは無人航空機の遅れを取り戻せるか

 日経の調査報道によると、ロシアが中国から「特別軍事作戦」のためにドローンを輸入している実態が明らかになったという。
 ロシア税関は2022年11月、ロシア軍の支援を目的とする製品の通関を優先すると表明し、該当品目の通関に際しては「特別軍事作戦用」と明記されることになった。日経が侵攻後のロシア通関データをインドの調査会社から入手し分析したところ、中国からのドローン輸入で、「特別軍事作戦用」と明記された37機の輸入記録が見つかったという。それに対し、中国側貿易統計によると、2022年2月の侵攻後、中国はロシアに約3万機の民生用ドローンを輸出しており、その取引額は2022年夏以降に急増しているとのことである。
 言うまでもなく、ロシアはウクライナ侵攻においてドローンを偵察や攻撃などに活用している。他方でプーチン大統領は6月の軍事ジャーナリストとの会合で、侵攻で使うドローンについて「量的に十分ではない」と発言したこともあった。
 無人航空機の分野は、今般のウクライナ侵攻の行方を左右するだけでなく、今後ロシアが「技術主権」を確立していけるかどうかにもかかわってくるので、以下本稿で検討を試みる。(服部倫卓)


エネルギー産業の話題
石油大国ロシアの不思議

 説明の要はないが、ロシアは世界有数の石油生産国である。製油所の数も多く、年間の原油処理量が1,000万t前後、もしくは、それ以上に達する大規模製油所だけでも約30存在する。その他、サモワールと呼ばれることもある小規模製油所が数十存在する。ところが、不思議なことにロシアでは定期的に国内市場でガソリン不足もしくはガソリンの価格高騰という現象が生じる。現在もそのような現象が生じており、ロシア政府はその対応に追われている。
 本項では、過去に生じたガソリン不足の事例、ガソリン不足が発生する原因、現在のガソリン不足の状況などについて言及する。(坂口泉)


シベリア・北極圏便り
NOVATEKに注がれる期待とその背景

 今回はNOVATEKと北極開発案件に注がれるロシア国内の期待とその背景について、ロシア国内各所の評価を参考とし、同社業績とガスプロム動向に言及しながら説明したいと思います。(長谷直哉)


ロシアメディア最新事情
小さな町の大きな秘密―24年前の未解決事件―

 7月の気持ちの良い土日、ロシアの短い夏を満喫するべく、ハンティ・マンシ自治管区の町、コガルィムを訪れました。コガルィムは西シベリアの真珠とも呼ばれる美しく新しい町で、ルクオイル城下町としても知られています。水族館や植物園、マールイ劇場やロシア美術館の分館など、田舎とは思えない素晴らしい文化的な施設とシベリアの大自然の両方が楽しめます。この町で私は思いがけず、24年前の未解決事件に関する衝撃的な真実を知ることになります。(徳山あすか)


中央アジア情報バザール
3期目に突入したミルジヨエフ政権と大統領一族

 2023年7月9日、ウズベキスタンで大統領選挙が行われ、現職のシャフカト・ミルジヨエフ大統領が再選を果たし、14日に就任演説が行われ、3期目がスタートした。選挙当日、大統領のサイトには投票所を訪れたミルジヨエフ大統領一家の写真が掲載された(執筆時点ではすでに削除)。ウズベキスタンに限らず、中央アジアでは縁故主義が強く、特に大統領一族は常に政財界における動静が注目される。
 そこで本稿では今回の大統領選挙の結果と就任演説の概要に加えて、今後、注目を集めていくことになるだろうミルジヨエフ一族について紹介する。(中馬瑞貴)


ドーム・クニーギ
浅田正彦・玉田大編著『ウクライナ戦争をめぐる国際法と国際政治経済』

 今回ご紹介する『ウクライナ戦争をめぐる国際法と国際政治経済』は、第1部「政治と軍事」、第2部「経済@経済制裁」、第3部「経済A貿易と投資」の3部構成から成り、第1部では国際法と国際政治の観点からのウクライナ戦争の政治的・軍事的側面に関する分析、第2部では対ロ経済制裁についての制裁発動国とロシアの主張の適法性と正当性の評価、第3部ではWTO協定と国際投資法の視点からみた対ロ制裁の検討を扱い、全体で9本の論考が掲載されている。(中居孝文)


ロシア音楽の世界
ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番

 名作映画「逢びき」、「シャイン」から、近年では「のだめカンタービレ」まで、大変多くの映画やTVドラマ、CMで流れた美しいメロディーのロシア音楽の名曲中の名曲が、このピアノ協奏曲第2番、通称「ラフ2」である。雄大なロシアの大地と張り詰めた厳しい自然を想起させる第1楽章。切ないながら甘美の極致、第2楽章。エネルギッシュな躍動感と情熱ほとばしる圧巻の第3楽章。この不滅の名曲の誕生秘話は、2007年のロシア映画「ラフマニノフ ある愛の調べ」にもなっている。浅田真央のスケートのBGMで印象に残っている方も多いかもしれない。誰もがどこかで一度は聴いたことがある名曲で、クラシックの初心者からマニアックな愛好家まで広く知られて愛されている。(ヒロ・ミヒャエル小倉)


シネマで見るユーラシア
ドンバス

 1980年代末に東ドイツへ留学した際に知り合ったソ連の留学生に、ボリス・パステルナーク原作の米国映画『ドクトル・ジバコ』のストーリーを説明したことがある。日本人のぼくがロシア人にロシア文学をベースとした映画について語ることになったのは、『ドクトル・ジバコ』がソ連共産党によって発禁処分になっていたからだ。主人公の医師ユーリー・ジバコと恋人ララがロシア革命に翻弄されるという物語が好ましくないと判断されたのである。ぼくも外国の知人に日本映画=小津安二郎作品の素晴らしさを教えられたことがある。それまでぼくは小津監督の映画を観たことがなかった。映画はときに世界への玄関口となる。昨年、亡くなった映画評論家・佐藤忠雄氏が残した数多くの著作の1つ『映画で世界を愛せるか』にならって、作品を通してユーラシアの現実に近づけるようなコラムにしていければと思う。(芳地隆之)


おいしい生活
日本初上陸のウクライナ産プレミアムワイン

 先日、東京ビッグサイトで開催されたJFEXを訪れた。入口を入ってすぐのところで、最近すっかりおなじみとなった青と黄色のウクライナ国旗が目に留まった。よく見ると、「日本初上陸!ウクライナ産プレミアムスパークリングワイン」とある。(中馬瑞貴)


記者の「取写選択」
「環日本海」は終わらない

 「エリナは研究だけではなく、ビジネス拡大のために行動する『シンク&ドゥ』タンクなのです」。極東ロシアや南北朝鮮、中国東北部などを研究対象とする「環日本海経済研究所(ERINA)」が1993年、新潟市に誕生した。冒頭の発言は当時の平山征夫・新潟県知事が繰り返していた「決め台詞」である。(小熊宏尚)