ロシアNIS調査月報
2023年11月号
特集◆制裁下ロシアの企業行動とレジリエンス
 
特集◆制裁下ロシアの企業行動とレジリエンス
調査レポート
制裁下におけるロシア企業をめぐる動き
―迫られる「型破り」な対応―
調査レポート
ロシア医薬品業界―2022年の動きを中心に―
調査レポート
ロシア金属生産への制裁の影響
―ノリリスクニッケルの事例―
調査レポート
ロシア産魚介類輸入に見る日米の相違
―鍵を握るアラスカの利害―
ミニレポート
ウクライナ侵攻後のロシア進出企業の国別対応比較
データバンク
2023年版ロシア50大外資系企業
自動車産業時評
2023年上半期のロシア乗用車市場
ロシア極東羅針盤
どうする極東中古車ビジネス
データリテラシー
何がルーブル安の原因か
ロシア政財界人物録
為替管理の「中国モデル」をめぐる論争
エネルギー産業の話題
ロシア石油ガス関係者の不審死

特別寄稿
ミナキル博士を追悼する
データバンク
2023年上半期の日本の対NIS・モンゴル貿易統計
INSIDE RUSSIA
軍事ケインズ主義に傾くロシアの経済・財政
ロシアメディア最新事情
部分動員から1年:ロシア帰国組の人生模様
ウクライナ情報交差点
ウクライナによるロシア産アンモニアの輸送
中央アジア情報バザール
中央アジアのサミットブーム
シネマで見るユーラシア
マリウポリ 7日間の記録
ロシア音楽の世界
チャイコフスキー 弦楽セレナード
業界トピックス
2023年8〜9月の動き
ロシアを測るバロメーター
2023年9月末までの社会・経済の動向
通関統計
2023年1〜8月の輸出入通関実績
おいしい生活
日本風にアレンジしたロシア朝食の定番スィルニキ
記者の「取写選択」
ナゴルノカラバフ 夢と現実


調査レポート
制裁下におけるロシア企業をめぐる動き
―迫られる「型破り」な対応―

上智大学外国語学部 教授
安達祐子

  2022年2月24日にロシアがウクライナへの侵攻を開始してから18カ月が過ぎた。軍事侵攻直後から、個人、国家機構や機関、ビジネス、銀行などを対象に多岐にわたる経済制裁が発動され、幅広い制裁の包囲網がロシアを追い込んでいる。ロシアは2014年からクリミア併合により経済制裁に直面してきたが、2022年2月以降の制裁は、より広範囲で、前例ない強度となっている。今般の制裁は、貿易に関わるものがかつてないほど多く、ロシア企業にとって厳しいものとなった。
 制裁下のロシア経済は、2022?2023年にかけて、当初の予測よりも悪化しなかった。長期的には「逆工業化」、ないし「経済の原始化」が進むとみられ、ロシア経済の先行きは明るいとはいえない。短期的にはしかし、2022?2023年のロシア経済は、想定よりも持ちこたえている。ロシア経済が現時点で「レジリエンス」を発揮しているとみなされている要因はどこにあるのだろか。
 ロシア経済が悪化していることには疑いがない中、それでも状況に対応せざるを得ない経済主体としての企業がある。ロシア企業がどのような対応を迫られているのか、どのような「適応」をしているのか、本稿では若干の考察をおこなう。


調査レポート
ロシア医薬品業界
―2022年の動きを中心に―

(一社)ロシアNIS貿易会ロシアNIS経済研究所 名誉研究員
坂口泉

 2022年2月下旬に開始された「特別軍事作戦」に対する外資系医薬品メーカーのロシアへの対応は他の分野の外資系企業と比較すると寛容で、ほとんどのメーカーがロシアでの治験や一部の医薬品やサプリメントなどのロシア市場への供給は中止するが、人道的立場にのっとり主要な医薬品(特に重い疾患用治療薬)のロシア市場への供給は継続するという方針を打ち出した。ロシアの医薬品製造部門の技術レベルの低さがネックとなり、笛吹けども輸入代替がロシア政府の思惑通りには進んでいないことを勘案すると、外資系企業が示した寛大な対応は、ロシアの一般市民にとっては吉報であったと言えよう。さらに、2022年はコロナ禍が沈静の方向に向かい始め、市場での新型コロナ関連の医薬品のプレゼンスが低下するという現象が観察された年でもあった。
本稿では、2022年のロシアの医薬品市場の全般的状況、ならびに、ロシアの医薬品市場における主要プレーヤーの動きなどをご紹介する。


調査レポート
ロシア金属生産への制裁の影響
―ノリリスク・ニッケルの事例―

(一社)ロシアNIS貿易会ロシアNIS経済研究所 研究員
渡邊光太郎

 ノリリスク・ニッケル社は、ロシアの金属産業で最大の企業である。同社は偏在が問題になるパラジウムやニッケルの大生産者で、我が国の産業界でも関心の高い企業である。特に自動車産業が必要とするパラジウムでは世界産出量の約40%とシェアが高い。ノリリスク・ニッケル社が非常に重要な金属供給源であることは、広く知られている。
一方、ノリリスク・ニッケル社の具体的中身は極めて分かりにくく、正確に紹介されることは稀であった。生産の内容は、平時には設備業界のビジネスチャンスを探すのに必要な情報であり、金属の供給体制の分析にも有用である。現在は制裁の影響を推定するのに必要な情報である。本稿では、ノリリスク・ニッケル社の中身を明らかにし、生産面での制裁の影響を分析する。


調査レポート
ロシア産魚介類輸入に見る日米の相違
―鍵を握るアラスカの利害―

北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター 教授
服部倫卓

 2022年2月24日にロシアがウクライナへの全面軍事侵攻を開始して以降、ロシア産魚介類の輸入をめぐり、日本と米国の対応が分かれている。日本は、関税こそ引き上げたものの、ロシアからの輸入を継続している。それに対し、米バイデン政権は、早々にロシア産魚介類の輸入禁止を決めた。日米の温度差の背景にあるのは、それぞれの水産業およびその貿易取引の違いではないかと思われる。
本稿では、日本のロシア産魚介類輸入に関する方針を簡単に確認した上で、それと比較した米国の対応をまとめ、背景として重要なアラスカ州の水産業の概要とその利害を整理する。


ミニレポート
ウクライナ侵攻後のロシア進出企業の国別対応比較

(一社)ロシアNIS貿易会ロシアNIS経済研究所 所長
中居孝文

 ロシアがウクライナに侵攻を始めてから1年半が経過した。2023年6月4日にはウクライナ軍の反転攻勢が始まったものの、ウクライナ側による領土奪還は難航を極めており、戦争の長期化が避けられない見通しとなっている。他方、ロシアがウクライナに侵攻したことで、ロシアにおいて活動していた外資系企業にとってのビジネス環境は一変することになった。以下では、米イェール大学が発表している資料に基づいて、ウクライナ侵攻後のロシアにおける外資系企業の動向を概観する。イェール大学の資料は、これまでみている限り、米欧の企業の動向に関しては、かなり広く情報を網羅しているように思えるが、アジア勢(日本、韓国、中国等)については、言語上の問題もあるせいか、全体として米欧企業ほどの精度で捕捉はなされていないという印象が強い。とはいえ、本稿のテーマに関し、現状においてソースとして利用しうるデータは、イェール大学の資料ぐらいしかないことから、上記のような制約があるという点を念頭に入れながら、本稿をお読みいただければ幸いである。


データバンク
2023年版ロシア50大外資系企業

 2022年10月、ロシア版『Forbes』が毎年恒例となっているロシア50大外資系企業の2023年版を発表した。このランキングでは2022年の売上高に基づき、上位50社が示されている。そこで以下では、このランキングを一覧表にまとめ、若干の解説とともに紹介する。


自動車産業時評
2023年上半期のロシアの乗用車市場

 2023年上半期のロシアの乗用車の生産、ブランド別・モデル別販売状況等に関するデータをロシアの調査会社「ASMホールディング」から入手することができましたので、今回は、そのデータをもとに同期のロシアの乗用車市場の状況をご紹介することにします。(坂口泉)


ロシア極東羅針盤
どうする極東中古車ビジネス

 2023年9月、ウラジオストク市中心部から車で20分のところにある中古車市場を訪ねた。市場は輝きを失っていなかった。極東最大の青空市場「グリーンコーナー(緑の角)」。山を切り開いてできたいびつな形をした市場は、車で埋まっていた。空きスペースはほとんどなかった。むしろ、さらに奥へと拡大しているようにも見えた。そこに数千台の日本の中古車が並ぶ光景はいつ見ても壮観である。訪れた日は平日午前だったので、車を買い求める人の数は少なかったが、それでも所々で商談が行われていた。(齋藤大輔)


データリテラシー
何がルーブル安の原因か

 2023年8月15日にルーブルの対ドルレートが101ルーブルに達し、対ロ金融制裁へのショックが大きかった2022年3月以来となる1ドル=100ルーブル超えの水準となりました。同日にロシア中央銀行は政策金利をそれまでの7.5%から12%へと市場の予想を上回る率へと引き上げ(同9月に13%へ引き上げ)、その影響あってか、その後の2023年9月末までの段階ではルーブルの対ドルレートは1ドル=96〜98ルーブルのレンジに収まっており、とりあえずは小康状態にあると言えるかと思います。こうしたルーブルの減価は対ドルだけではなく、人民元を含むその他主要通貨すべてに対して生じている現象であり、過去1年以上にわたって継続し続けている現象でもあります。例えば、2022年9月末時点でのルーブルの対ドルレートは1ドル=55〜58ルーブル程度で推移していました。本稿ではインタビューにより回答を得た、ルーブル安に関わるロシア国内専門家の分析を紹介しつつ、その見方を整理したいと思います。なお、インタビューした専門家の情報は諸事情により伏せています。(長谷直哉)


ロシア政財界人物録
為替管理の「中国モデル」をめぐる論争

 最近のルーブル相場、またその動きをめぐるロシア要人の発言を見る限り、ロシア当局がルーブル価値の維持に相当の苦心を必要としていることは間違いありません。制裁対応としての資本規制を維持しつつ、輸出による十分な外貨を確保し、輸入される物品の価格を適正な水準に収めてインフレの昂進を予防し、国家歳入に悪影響が出ないように主要通貨に対するルーブル価値を一定のレンジにコントロールし続けなければなりません。端的に言えば、ロシア当局は綱渡りの政策対応を継続して迫られていることになります。このような中、2023年9月25日、レシェトニコフ経済発展大臣が為替管理に関して「中国モデル」の適用を提案しました。(長谷直哉)


エネルギー産業の話題
ロシア石油ガス関係者の不審死

 ウクライナ戦争開始後に不審死した石油ガス関連企業の幹部や元幹部が複数いるようで、「政権にとって不都合な言動があったので消されたのでは」といった類の物騒な情報も飛び交っているようです。個人的には、それらは根拠に乏しい単なる噂にすぎないと認識していますが、その点につき、不審死したとされる3名の石油ガス関係者を例としてとりあげ私見を述べさせていただきます。(坂口泉)


特別寄稿
ミナキル博士を追悼する

(一社)ロシアNIS貿易会ロシアNIS経済研究所 所長
中居孝文

 2023年8月4日、ロシア科学アカデミー極東支部経済研究所(在ハバロフスク)のパーヴェル・ミナキル前所長が亡くなったという知らせが、同研究所で長く渉外担当をしているブルダコワさんから入った。ミナキル氏は、長年にわたってロシア極東を代表するエコノミストと言われてきた人物である。亡くなったのは前日の8月3日だったそうで、享年75歳だった。1年半くらい前から体調がすぐれず、モスクワで治療を受けているという話を間接的に聞いていたものの、突然の訃報だった。
 当会とミナキル博士とのお付き合いは40年以上にわたる。その間、我々はミナキル氏から調査・研究上の様々な協力や貴重な助言、多くのサポートを受けてきた。ここでは、追悼の意味を込めて、当会と同氏との関係、そしてミナキル氏が長年にわたって率いてきたロシア科学アカデミー極東支部経済研究所との交流の歴史を思いつくままに振り返ってみたい。


データバンク
2023年上半期の日本の対NIS・モンゴル貿易統計

 恒例により、日本財務省発表の貿易統計にもとづいて、2023年上半期の日本とNIS諸国およびモンゴルとの貿易に関し、データをとりまとめて紹介する。


INSIDE RUSSIA
軍事ケインズ主義に傾くロシアの経済・財政

 ロシア政府は9月22日、2024年の連邦予算案を承認した(ロシアの予算は基本的に3カ年をスパンとしており、2025年、2026年の見通しも含む)。ロシアのことなので、予算案は基本的に原案どおり、連邦議会により可決されることになろう。また、連邦予算を編成する際には、経済発展省が今後3年間の公式的な経済見通しを発表し、それにもとづいて予算を組むのが通例となっており、今回も2024〜2026年の公式経済見通しが示された。経済見通しと予算案は、今後のロシア経済をウォッチしていく上での重要な指針となるので、今回はこれらを図表に整理してお届けする。(服部倫卓)


ロシアメディア最新事情
部分動員から1年:ロシア帰国組の人生模様

 ロシア社会を大きく揺るがせた部分動員から一年が経過しました。空港における出国ラッシュ、陸路で国境を越える時の大行列、渡航制限が導入されるのではないかという恐怖感など、昨日のことのように思い出せます。ところが実際は、渡航制限もほとんど行われず、出国者が帰ってきても咎められることもありません。本コラムでは、「帰国組」や「帰国したが別の国に再出国した人」などの様々なケースを追いながら、彼らの心境の変化について考えてみたいと思います。(徳山あすか)


ウクライナ情報交差点
ウクライナによるロシア産アンモニアの輸送

 ロシアが自国産のアンモニアを輸出するに当たって、ウクライナ領のパイプラインおよび港に依存していることは、2020年9-10月号の本コーナー「ウクライナのトランジット輸送の逆説」で報告した。  その後、ロシアがウクライナに軍事侵攻を開始したことで、この問題は新たな火種となった。本稿では、前回のおさらいをした上で、最新動向の報告をお届けする。(服部倫卓)


中央アジア情報バザール
中央アジアのサミットブーム

 2023年9月13〜14日、タジキスタンの首都ドゥシャンベで第5回中央アジア5カ国首脳によるサミットが開催された。これを皮切りに、中央アジア5カ国首脳はこの1カ月、国際場裏で何度も顔を揃えた。これほど中央アジア首脳が世界中に注目されたことはあっただろうか。(中馬瑞貴)


シネマで見るユーラシア
マリウポリ 7日間の記録

 今年の4月に繰り広げられたマリウポリでのウクライナとロシアの戦闘は世界の耳目を集めた。アゾフ大隊が立てこもって抗戦するアゾフスターリ製鉄所がロシア軍の攻撃によって瓦解していくさまとともに、地下壕に逃げ込む子どもたち、瓦礫と化していく市街地、郊外に見つかったとされる集団墓地などを報じるニュースに私たちは見入るしかなかった。
現地では何が起こっているのか。マリウポリにカメラを持ち込んで制作されたのが本作品である。監督はリトアニア人のマンタス・クヴェダラヴィチウス。ニューヨーク市立大学大学院センターの文化人類学博士課程に入学。オックスフォード大学を卒業して社会文化人類学の修士号、さらにはケンブリッジ大学から社会人類学の博士号を取得したという異色の経歴の持ち主が映し出すのは、市井の人々の姿だ。スクリーンに登場する誰もが多くを語ることなく、その日その日を生き延びることに集中する。その姿を通して見えてくる戦争を観る者に追体験させるかのような作品である。(芳地隆之)


ロシア音楽の世界
チャイコフスキー 弦楽セレナード

 弦楽セレナードの決定版をご紹介する。この編成ジャンルでは、演奏頻度が最も高いのはこのチャイコフスキーの弦楽セレナードが断トツと思われる。他に、ドヴォジャークやスークの作曲した弦楽セレナードも素晴らしい曲で名高く、日本での演奏機会も増えている。(ヒロ・ミヒャエル小倉)


おいしい生活
日本風にアレンジしたロシア朝食の定番スィルニキ

 ロシアで人気かつ手ごろな朝食の1つ、スィルニキ(チーズのパンケーキ)。これを日本で作ろうとすると、高くついてしまう。というのも、日本では乳製品の値段が高く、選択肢も限定的、と日本にやってきたロシア人が老若男女問わず感じるほどだ。(ストノーギナ・ユーリア)


記者の「取写選択」
ナゴルノカラバフ 夢と現実

 剣を掲げながら、十字架に掛けられた子を抱く聖母マリアのような女性が目を引いた。「戦いの女神」だという。キリスト教を世界で初めて国教とし、異教徒と戦って領域を確保した民族の誇りがにじむ。(小熊宏尚)