ロシアNIS調査月報
2023年12月号
特集◆第4期プーチン政権の
内政・外交・経済
 
特集◆第4期プーチン政権の内政・外交・経済
調査レポート
プーチン政権4期目を振り返る
―「クリミア・コンセンサス」の終焉からロシア・ウクライナ戦争まで―
調査レポート
第4期プーチン政権下のロシア地域
―統一地方選挙から見えること―
調査レポート
プーチン戦争でロシア対外経済発展計画は台無し
調査レポート
2022年のロシアの貿易
―公式統計が映し出す激変の1年―
調査レポート
第4期プーチン政権の外交
―アジア・太平洋政策を中心に―
INSIDE RUSSIA
一帯一路の「成功例」中欧班列にも異変
コーカサス情報フォーカス
コーカサスとプーチン・ロシアの外交関係の変化
ドームクニーギ
油本真理・溝口修平編『現代ロシア政治』

調査レポート
ウクライナ戦争開始後のロシア漁業分野
―外部の平穏と内部の喧騒―
ロシア極東羅針盤
新現実に適応する極東港湾
データリテラシー
コンテナ取扱に見るロシア北西部港湾の現状
エネルギー産業の話題
LNGの輸出権をめぐる動き
シベリア・北極圏便り
「シベリア2」を含む天然ガス案件展望
ウクライナ情報交差点
ウクライナ世論の風向きを読む
ロシアメディア最新事情
ジョージアのロシア語媒体は何を伝えているか
ロシア音楽の世界
チャイコフスキー歌劇「エヴゲーニー・オネーギン」ポロネーゼ
シネマで見るユーラシア
声優夫婦の甘くない生活
業界トピックス
2023年10月の動き
ロシアを測るバロメーター
2023年10月末までの社会・経済の動向
通関統計
2023年1〜9月の輸出入通関実績
おいしい生活
カザフスタン・中国国境ホルゴスのピリ辛ラグマン
記者の「取写選択」
旧ソ連系ユダヤ人@イスラエル


調査レポート
プーチン政権4期目を振り返る
―「クリミア・コンセンサス」の終焉からロシア・ウクライナ戦争まで―

法政大学 教授
溝口修平

 2024年5月に予定されている大統領選挙まで約半年となり、ロシアは「政治の季節」に入った。本稿執筆時点(2023年10月)で、プーチン自身はこの選挙に出馬するか否かをまだ明言していないが、ロシア・ウクライナ戦争が長期化していることもあり、プーチンが出馬・当選する可能性は非常に高いと見られている。プーチンが通算5期目となる大統領に就任した場合、2008年から2012年までの首相時代も含めて、合計30年にわたり政治的実権を握り続けることになる。
 本稿の目的は、そのような情勢を見据えて、2018年から6年間のプーチン政権第4期目を振り返ることである。


調査レポート
第4期プーチン政権下のロシア地域
―統一地方選挙から見えること―

(一社)ロシアNIS貿易会ロシアNIS経済研究所 研究員
中馬瑞貴

 2018年5月にスタートした第4期プーチン政権がまもなく終わろうとしている。ロシア地域(=連邦構成主体)に注目すると、第4期が始まったばかりの2018年9月に行われた統一地方選挙で政権が支持する地域の首長候補者が野党候補に立て続けに敗北するという前代未聞の波乱が起きた。広大な面積を誇るロシアにおいて、地域の不安定要因は連邦全体の政治的安定を揺るがしかねない。しかし、プーチン政権はこの危機的状況を軌道修正し、2023年の統一地方選挙では過去最高の投票率を実現し、与党「統一ロシア」出自の候補者が高い得票率で勝利し、大統領選挙への弾みをつけた。そこで本稿では、第4期プーチン政権期の地域情勢について、特に地域首長選挙を軸に、ロシア地域にどのような変化が起きてきたのかを振り返り、その帰結とも言える2023年の統一地方選挙結果をまとめることにしたい。


調査レポート
プーチン戦争でロシア対外経済発展計画は台無し

北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター 教授
服部倫卓

 ロシアにおけるV.プーチン政権の政策展開は、2012年以降の第3期政権では「国家プログラム」により、2018年以降の第4期政権では「ナショナルプロジェクト」により、それぞれ特徴付けられた。ただ、第4期政権においても既存の国家プログラムは撤回されたわけではなく、修正されながらも維持・延長された。また、ナショナルプロジェクトは国家プログラムを一応は踏まえながら策定された節がある。ゆえに、政策評価においては、2012年以降の時代をひとまとめに論じるのが妥当と思われる。
 筆者は、プーチン政権が対外経済関係の分野で目指してきた方向性は、あながち間違ってはいなかったと考える。しかし、ユーラシア統合に本命ウクライナを巻き込むことに拘泥するあまり(それは経済的利益もさることながら、自らが思い描く「ロシア世界」に不可欠との思い込みからだろうが)、欧米と全面対立するに至り、自国の通商環境を決定的に悪化させてしまった。結果的にロシアの対外経済関係は大きく変容したものの、政策文書の青写真からはかけ離れ、経済合理性は失われてしまった。
 プーチンの戦争がすべてを台無しにしてしまったことを思うと、虚しい作業とはなるが、以下本稿では第3〜4期プーチン政権の対外経済政策の展開とその結果を概観する。


調査レポート
2022年のロシアの貿易
―公式統計が映し出す激変の1年―

(一社)ロシアNIS貿易会ロシアNIS経済研究所 部長
齋藤大輔

 小誌では、ロシアの主要貿易相手国側の輸出入データ、いわゆる「ミラーデータ」を用いて、2022年のロシアの貿易動向を8月号に掲載したが、2022年2月のウクライナ侵攻開始以降、通関統計の発表を取りやめたはずのロシア連邦税関局が、紙の媒体では通関統計の発行を続けていることがわかった。
 そこで本稿では、遅ればせながら年報を用いて、恒例のレポートをお届けする。制裁下で、ロシアの貿易はウクライナ侵攻によって、どのように変わったのか、ロシアはどのような国・地域と貿易をしたのかを明らかにする。


調査レポート
第4期プーチン政権の外交
―アジア・太平洋政策を中心に―

広島市立大学広島平和研究所 講師
加藤美保子

 ロシア-ウクライナ戦争下で、いわゆる「西側諸国」とは異なる動きをとっている中国、北朝鮮、ASEAN諸国の順に第4期プーチン政権のアジア・太平洋政策を振り返り、最後に日本の立場から総括してみたい。


INSIDE RUSSIA
一帯一路の「成功例」中欧班列にも異変

 2018年からの第4期プーチン政権、もっと言えば2012年から続く現体制において、着実に深まったのは、中国との関係であろう。プーチン大統領と習近平国家主席は2019年、2024年までにロ中貿易を往復で2,000億ドルの大台に乗せることで合意した。この目標は、本年2023年中に前倒しで達成されることが確実となっている。
 ただ、習政権の看板政策である「一帯一路」の観点から見ると、様相は異なってくる。2015年5月にはロ中首脳会談で、ロシア主導のユーラシア経済連合と、中国の一帯一路を「結合」させていくとの方針が示された経緯があるが、その後の現実はどうだろうか?(服部倫卓)


コーカサス情報フォーカス
コーカサスとプーチン・ロシアの外交関係の変化

 2023年9月19日、アゼルバイジャンが「対テロ作戦」の名目でアルメニアとの係争地ナゴルノ・カラバフを攻撃し、ナゴルノ・カラバフは降伏。2024年1月1日に「ナゴルノ・カラバフ共和国」が消滅すること決定した。ソ連末期から30年以上続いてきた紛争が終止符を打とうとしている。今回の結果を受けて、ウクライナ侵攻後のロシアの影響力の低下や対応の遅れが指摘されるが、コーカサスにおける歴史的な地殻変動には、もう少し長期的なロシアの対コーカサス外交の変化が影響している。そこで、プーチン政権第4期ロシアとコーカサスの外交関係の変化についてまとめておくことにする。(中馬瑞貴)


ドーム・クニーギ
油本真理・溝口修平編『現代ロシア政治』

 今回紹介するのは、本誌に別稿を掲載してある法政大学の溝口修平教授と同大学の油本真理教授が共同編者となっている法律文化社から出版された『現代ロシア政治』だ。「地域研究のファーストステップ」というシリーズタイトルからもわかる通り、本書は主に大学で初めてロシア政治を学ぶ学生を対象にした教科書的な1冊である。同時に、ロシアによるウクライナ侵攻によってロシア政治への関心が高まっていることから、より広範な読者を目指したロシアの政治・社会についての入門書となっている。


調査レポート
ウクライナ戦争開始後のロシア漁業分野
―外部の平穏さと内部の喧騒―

(一社)ロシアNIS貿易会ロシアNIS経済研究所 名誉研究員
坂口泉

 ロシア産水産物の代替を見つけるのは困難との理由から制裁の厳格化を躊躇している国も少なくないため、ロシアの漁業分野がウクライナ戦争から受ける影響の度合いは他の産業分野と比較するとそれほど深刻とはなっておらず、2022年2月以降も漁獲量や輸出量に極端な変化は見受けられない。それどころか、2023年に入ってからは漁獲量が増加に転じている。このように、ロシア漁業分野を取り巻く外部環境は比較的平穏といえるのだが、業界の内部に目を転じれば、内紛といっても過言ではない状況が生じている。
 本稿では、ロシアの代表的魚種であるスケトウダラやカニなどに焦点をあてながら、2022年から2023年秋までのロシアの漁業分野の状況をご紹介すると同時に、「3回目の投資入札」をめぐる動きについても言及する。


ロシア極東羅針盤
新現実に適応する極東港湾

 9月、沿海地方ナホトカ市のヴォストーチヌィ港のコンテナターミナルを訪問した。ロシア極東のコンテナ荷役拠点として、本誌でも度々紹介してきた。コンテナターミナルは貨物の東方シフト、欧米コンテナ会社の撤退という変化の中、新しい現実に適応していた。(齋藤大輔)


データリテラシー
コンテナ取扱に見るロシア北西部港湾の現状

 本稿ではロシア北西部サンクトペテルブルグおよびその周辺の港湾におけるコンテナ取扱を参考に、ロシアでの物流変化の一端について紹介します。2022年夏頃までの物流混乱を脱し、ロシアの国内・国際物流は全体として回復基調にあります。しかしながら注意すべきは、この回復はウクライナ戦争開始前の原状への回帰ではなく、ロシア経済および物流の変化に合わせた新たな均衡点の模索であり、この点においてサンクトペテルブルグの状況は道半ばの状態にあります。(長谷直哉)


エネルギー産業の話題
LNGの輸出権をめぐる動き

 ロシアではPLガスを輸出する権利はガスプロムにしか与えられていません。また、LNGを輸出する権利もガスプロム(および、その子会社)とNOVATEKの一部のプロジェクトにしか認められていませんでしたが、PLガスの輸出の不振を受けLNGの輸出強化の機運が高まっていることもあり、現在、より多くの企業にLNGの輸出権を供与することを念頭に置いた法案の審議が行われています。法案は10月下旬に連邦下院を通過しており、成立することは確実となっています。以上の状況を踏まえ、今回は、LNGの輸出権の現状と今後の展望をご紹介します。(坂口泉)


シベリア・北極圏便り
「シベリアの力2」を含む天然ガス案件展望

 今回は「シベリアの力2」プロジェクトをはじめとするロシアの主要ガス案件の展望に関し、過去に多数の国際エネルギー案件に関わった現地専門家(諸事情により詳細は伏せさせていただきます)より、2023年10月に聴取した内容を紹介します。(長谷直哉)


ウクライナ情報交差点
ウクライナ世論の風向きを読む

 ロシアによる理不尽な軍事侵略を受け、ウクライナ国民の祖国防衛の決意は総じて固い。しかし、長引く戦乱による疲労感も当然高まっており、人々の意識にも影響している。最新のウクライナ世論調査にもとづき、そのあたりを探ってみよう。(服部倫卓)


ロシアメディア最新事情
ジョージアのロシア語媒体は何を伝えているか

 このコラムを書いている今、ジョージアの首都トビリシにいます。モスクワからの直行便は満席で、乗客はロシア人とジョージア人が半分ずつくらいでした。人口370万人あまりの小さな国にロシア人が大量に流れ込んで久しく、彼らの存在が特別ではなくなった今、ロシア語媒体でどんなニュースに触れることができるのか、体験してみました。(徳山あすか)


ロシア音楽の世界
チャイコフスキー歌劇「エヴゲーニー・オネーギン」ポロネーゼ

 チャイコフスキー作曲の「エヴゲニー・オネーギン」(露語では、イェヴゲーニ・アニーギン)は、プーシキンの小説をもとに1878年に完成された。作曲者は「叙情的場面」と呼んだように、通常の歌劇の概念から離れた独自の世界となっている。(ヒロ・ミヒャエル小倉)


シネマで見るユーラシア
声優夫婦の甘くない生活

 1990年、初老の夫婦がイスラエルのテル・アビブ空港に降り立つ。ヴィクトルとラヤは声優だ。ソ連では欧米の映画の吹き替えを担っていた。ユダヤ人である2人は第二の人生を送る先としてイスラエルを選んだのである。本作は移住当初の悲喜こもごもを描く物語だ。(芳地隆之)


おいしい生活
カザフスタン・中国国境ホルゴスのピリ辛ラグマン

 中央アジアではお馴染みの料理「ラグマン」にはいくつかの種類があり、オーソドックスなウイグル・ラグマンはスープが少なく麺のコシは強めで、粗く刻んだ具材が載った「グイル・ラグマン」スタイル(Гуйруは「粗く刻む」の意)である。具材が細かく刻まれたタイプは「スイル・ラグマン」、焼うどんのように炒めたものは「ボソ・ラグマン」と呼ばれる。(森 彩実)


記者の「取写選択」
旧ソ連系ユダヤ人@イスラエル

 「おい、外国人だ。英語話せるヤツいるか!」。イスラエルの空の玄関、ベングリオン空港のタクシー乗り場で、配車を仕切る男がロシア語で叫んだ。「ロシア語でOK。エルサレムのホテルまで」と私。タクシープールの運転手は全員ロシア語話者だった。(小熊宏尚)