ロシアNIS調査月報
2011年5月号
特集◆ロシア経済と
日ロ関係の現段階
特集◆ロシア経済と日ロ関係の現段階
直言
日ロ自動車協業の新たな局面
調査レポート
2010年のロシア経済 ―強いられる成長モデルの修正
調査レポート
ロシア企業は日本との協力を望んでいるか
調査レポート
ロシア石油上流部門の現実 ―減産回避は可能か
調査レポート
リセッション克服を宣言したサンクトペテルブルグ
データバンク
2010年の日ロ貿易 ―新たなステージを見据えて
ビジネス最前線
東日本大震災が対ロビジネスに及ぼす影響
ロシアビジネスQ&A
◎ウラジオに見る放射線チェック体制
ロシア極東羅針盤
最高権力者の言葉
エネルギー産業の話題
ロシアの電力価格をめぐる動き
自動車産業時評
新工業アセンブリー措置をめぐって
ロジスティクス・ナビ
沿海地方港湾の近況
データバンク
ロシアの産業クラスター・データベース
データバンク
2010年のロシアの石油産業

調査レポート
ロシア地方首長選出制度
―プーチン・メドヴェージェフの特徴
データバンク
ロシア・NIS諸国の発電内訳
研究所長日誌
最初の直接選挙が実現したロシア共和国大統領選
ロシア首長ファイル
バシコルトスタン共和国ハミトフ大統領
業界トピックス
2011年3月の動き
◆ウィーン国際経済比較研究所副所長に聞く
通関統計
2011年1〜2月の通関実績


直言
日ロ自動車協業の新たな局面

ロシアNIS経済研究所 部長
坂口泉

はじめに
 最近、ロシアの自動車市場における日本企業の積極的な動きが目立つ。たとえば、日産はルノーとともにAvtoVAZに資本参加した上で、ロシアでの生産を強化することを検討している。最新の情報を見ていると、3社の協業の中で同社が果たす役割は当初予想していたよりも大きなものとなりそうである。
 また、2011年3月には、ロシア極東のウラジオストクで2012年春頃からトヨタ車の生産が開始されることが明らかになった。
 この2つのプロジェクトがロシアの自動車市場における日本のプレゼンスの拡大と深化につながるのは確実で、日ロ自動車協業は新たな局面を迎えたといえよう。
 本稿では、日産、ルノー、AvtoVAZの協業ならびに極東でのトヨタ車の現地生産計画の概要と、それらのプロジェクトの今後の展望についての私見を紹介させていただく。


2010年のロシア経済
―強いられる成長モデルの修正―

北海道大学スラブ研究センター 教授
田畑伸一郎

はじめに
 ロシアのGDPは2010年に4.0%増加し、基本的に経済の回復が見られた。2010年には、油価が大きく上昇して、それが経済回復の主因となったものの、2000〜2007年の高成長時と比べると、家計消費や投資の成長寄与度は小さい。私的資本については純流出が続いているが、為替市場への中央銀行の介入が控えられるようになったこともあって、ルーブルの実質レートは大幅に上昇し、輸入が大きく増加した。世界金融危機前は、財政黒字が続き、石油・天然ガスの税収を原資とする安定化基金の残高が年々増大したが、2009年以降、財政支出が著しく増やされ、財政赤字を予備基金(安定化基金の後継基金)によって補填するようになっており、財政をめぐる状況は一変している。


ロシア企業は日本との協力を望んでいるか

ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所 主任研究員
V.シュヴィトコ

はじめに
 ロシアと日本の経済関係の将来を展望する際、両国の企業・経済界がお互いをどう見ているか、自らの事業を展開するにあたって、潜在的にせよ、お互いをパートナーとして検討しているのか、またどのように評価しているのかが大きなポイントである。客観的分析を通じて両者間のビジネス活動上の接点がいくら指摘されても、お互いの国の企業を相手として受け入れることができるか、リスクとメリットをどう評価するかといった主観的判断が重要になってくる。理論上考えられる接点を実務協力関係に転化することこそが肝心であり、これが成否の鍵を握ることになる。
 両国の企業間の関係をロシア側から見る時に、細かいニュアンスはあろうとも、まずは有望な日本のパートナーがおり、日本側が必要と思われる事業要因(大規模で拡大する販売市場、資金を調達するうえでの良好な条件、優れた投資能力または技術力など)を備えている、という判断をロシア企業がすることが不可欠となる。一方、日本企業との関係を構築できる立場にあるロシア企業の経営者、またロシアの業界幹部らの意識は、日本経済を研究している専門家や露日間交流の関係者の意識とは必ずしも一致せず、理屈だけでは把握できないので、企業の行動やビジネス戦略、また経営者のコメントなどを検証することが有益であろう。
 以下本稿では、日本企業と関係を有しているロシア企業、またはそれらの関係を結ぶ検討を行っているロシア企業のニーズとその認識が、対日経済関係にとってどのようなインプリケーションを持っているかについて、探ってみたい。なお、本稿で述べることは、すべて筆者の個人的見解であることをお断りしておく。


ロシア石油上流部門の現実
―減産回避は可能か―

ロシアNIS経済研究所 部長
坂口泉

はじめに
 2010年のロシアの石油生産量は前年比2.2%増の5億500万tに達した。年間の生産量が5億tを超えるのはソ連解体後初めてのことである。しかし、この好調な数字とは裏腹に、石油業界では将来に対する危機感が強まりつつある。たとえば、2010年秋に発表された「2020年までの石油分野の発展のゼネラルスキーム案」という文書の中で、ロシア連邦エネルギー省は、「現行の税制が続けば、2011年以降減産が始まり、2020年時点で石油生産量は3億9,500万tにまで落ち込むだろう」との警鐘を鳴らしている。
 本稿では、当該の危機感の根底にあるロシア最大の産油エリア「西シベリア」における資源枯渇問題とロシア石油分野の税制の問題の分析を通し、石油減産回避の可能性についての考察を試みる。


リセッション克服を宣言したサンクトペテルブルグ

ロシアNIS経済研究所 次長
服部倫卓

はじめに
 『ロシアNIS調査月報』2008年7月号において、「日ロ協業の都サンクトペテルブルグ」と題する特集を組んだ。また、筆者個人は2008年12月号において、サンクトペテルブルグ経済に関するレポートを執筆している。その後、ロシア経済は金融・経済危機の打撃を受け、当然のことながらペテルブルグ地域もその影響を免れなかった。他方、トヨタに続き、日産、GM、現代という外資が相次いでペテルブルグに工場を完成させ、自動車を核とした製造業集積地としてのペテルブルグ地域の重要性は一層高まりつつある。
 そこで本稿では、サンクトペテルブルグ地域の経済の近況について報告する。なお、先の特集や拙稿と同様、本稿においても、サンクトペテルブルグ市に加えて、その郊外部分に相当するレニングラード州も視野に入れながら論じてみたい(両者を総称して「サンクトペテルブルグ地域」と呼ぶ)。


データバンク
2010年の日ロ貿易
―新たなステージを見据えて―

はじめに
 例年どおり、日本財務省発表の貿易統計にもとづいて、2010年の日本とロシアの貿易に関し、データをとりまとめて紹介するとともに、解説をお届けする。当会ではすでに、『ロシアNIS経済速報』2010年2月25日号(No.1521)において、2010年の日ロ貿易を速報値で紹介済みだが、本レポートでは確定値を掲載するとともに、より詳しいデータと解説をお届けする。
 2010年の日ロ貿易は、輸出入合計で241億2,357万ドルとなり、前年比98.6%増となった。経済危機で大幅な縮小を余儀なくされた前年から一転して、ほぼ2倍増を記録したことになる。とくに、危機からの回復効果で、輸出の拡大が目覚ましく、前年比143.6%増の80億2,671万ドルとなった。一方、輸入の伸びも81.8%増と大きく、160億9,685万ドルに達した。(服部倫卓)


ビジネス最前線
東日本大震災が対ロビジネスに及ぼす影響

はじめに
 3月11日午後に発生した東北地方太平洋沖地震により被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。またお亡くなりになられた多くの方々のご冥福をお祈りするとともに、一日もはやい復興を心より願ってやみません。
 現在、わが国の経済産業省は、福島第一原子力発電所事故に関して日本企業から取引相手国向け放射能検査証明書の発行の問い合わせ等を受け、対応策を検討中です。当会はロシアNISビジネスに携わる日本企業の方々から現状と課題、今後発生の可能性のある問題点、経済産業省への要望等についてヒアリングを行い、それらを同省に上げております。
 海外からの風評被害がこれ以上進まないよう、迅速かつ正確な情報発信に努めるという意味でも、現状の問題を皆様と共有することが重要と考え、今号ではその概要をご報告いたします。なお、内容は3月末時点のものであること、社名は公表していないことをあらかじめご了承ください。また、関連した内容が「ロシアビジネスQ&A」(ウラジオに見る放射線チェック体制)にも掲載されていますので、あわせてお読みいただければ幸いです。(芳地隆之)


ロシアビジネスQ&A
ウラジオに見る放射線チェック体制

 平成23年3月11日に起きたマグニチュード9.0と日本国内観測史上最大となった東北地方太平洋沖地震は、死者・行方不明者合わせて2万8千人超、地震と津波により多くの建物が倒壊・流失するなど、東北から関東に至る東日本に甚大な被害をもたらしました。津波により福島第一原子力発電所が損傷し、放射性物質が放出されたため、住民に避難指示が出されました。また、本国からの指示により、多くの外国人が日本から退避しました。今回は日本企業のウラジオストクを中心としたロシアビジネスにおける大地震、原発事故の影響ついての質問にお答えします。(井上大樹)


ロシア極東羅針盤
最高権力者の言葉

 表をみながら、「最高権力者」プーチン首相の発言の重さを思う。沿海地方訪問時に彼の発した指示がどれだけ実行されたのかをまとめてみると、そのほとんどが実現していた。指示が実行に移されるスピードも増していた。首相発言で右往左往しているどこかの国と違って、彼の言葉は絶対的な力をもつ。(齋藤大輔)


エネルギー産業の話題
ロシアの電力価格をめぐる動き

 2011年に入り、ロシアでは電力卸売価格が原則的に自由化されましたが、その関係で、電力小売価格が高騰し、38の連邦構成主体でロシア政府が想定している値上がり幅の上限である年間15%を上回ってしまいました。この状況を受け、ロシア政府は電力小売価格を抑制するための措置を講じる意向を表明しましたが、これに対しいくつかの電力会社が強い反発を示しています。今回は、この電力小売価格をめぐる動きを紹介します。(坂口泉)


自動車産業時評
新工業アセンブリー措置をめぐって

 新工業アセンブリー措置に関するメモランダムの締結の期限は2011年2月末でしたが、ロシアのマスコミ報道によれば、AvtoVAZとルノー/日産の連合、Sollersとフォードの合弁企業の他に、GM、VW、フィアット、マグナ・インターナショナルがメモランダムを締結したといわれています。今回は、メモランダムを締結した会社の最新の動きをご紹介します。(坂口泉)


ロジスティクス・ナビ
沿海地方港湾の近況

 3月初旬に沿海地方を訪れ、ウラジオストク、ナホトカ、ヴォストーチヌィの主要港湾を視察しました。長い不況からの回復、世界的に高まる燃料需要、2012年APEC首脳会議へ向けて高まる建設需要などの追い風を受け、明るい雰囲気漂う現地の近況をご紹介いたします。(辻久子)


データバンク
ロシアの産業クラスター・データベース

はじめに
 ロシア連邦経済発展省は2010年1月8日付で、「ロシアのクラスター総合データベース」という資料を公表している。何の説明も添えられていないので推測するほかはないが、おそらくは経済発展省が、各地域が抱えている産業クラスター的なプロジェクトに関する情報を地域の行政府に提出させ、それをとりまとめたものと思われる。
 率直に言って、玉石混交の感が強いデータベースだ。産業クラスターの要件を満たすか否かにかかわりなく、とにかく各地域が取り組んでいる試み、伸ばしていきたい産業、実現したいプロジェクトを手当たり次第に列挙したという印象が否めない。ロシアお得意の雑駁な「プロジェクト・リスト」という様相だ。
 それでも、各地域がどんな産業を育成したいと考えているかを知るだけでもそれなりに有意義だし、こういった資料からは各地域のセンスや熱意といったものも伝わってくる。このデータベースに掲載された産業クラスターの芽のなかから、いつの日か大輪の花を咲かせるものが出てくるかもしれない。そこで以下では、このデータベースに記載されているすべての産業クラスターを、地域ごとに箇条書きにして示すことにする。


ロシア地方首長選出制度
―プーチン・メドヴェージェフの特徴―

ロシアNIS経済研究所 研究員
中馬瑞貴

はじめに
2005年以降、ロシアでは地方首長が住民の直接選挙ではなく任命によって選ばれている。この制度は簡略化して「知事任命制」と呼ばれることが多い。国民から選挙権を奪い、任命権が連邦大統領に与えられたため、大統領権限の強化、さらにはロシアにおける民主化後退として批判を受けることもある。しかし、ロシアでは地方首長直接選挙の経験が浅く、選挙運動の不正や首長の汚職が絶えず、選挙そのものが疑問視されていた。そのためこのような制度の成立は歴史的な必然であったという見方もあり、国内では比較的受け入れられている。
 プーチン政権下で導入された「知事任命制」は、メドヴェージェフ政権下で、修正が加えられ、制度的にも実質的にも変化している。しかし、このような政治分野の制度改革は2000年代後半以降あまり注目されなくなってきている。
 そこで、本稿では、地方の政治や経済を理解する上で最も重要なアクターの1人である連邦構成主体首長について、近年の選出制度の変遷と最近の傾向を明らかにする。経済やビジネスとは一線を画すテーマであるが、4月号から連載を開始した「ロシア首長ファイル」の総論編として読んでいただければ幸いである。


データバンク
ロシア・NIS諸国の発電内訳

はじめに
 周知のような情勢ゆえに、世界的に電力分野、原子力発電が一つの焦点となっている。小誌では、2010年7月号においてロシア・NIS諸国の原子力産業を特集したが、ここではおさらいの意味で、ロシア・NIS諸国の発電量と、その種類別の内訳のデータを整理しておく。今般発行されたUnited Nations, 2007 Energy Statistics Yearbook, New York (2010) に、2007年の世界各国の発電データが掲載されているので、そこからロシア・NIS諸国のデータを拾って図表を作成しお届けするものである。2007年の数字は決して最新とは言えないが、経済危機直前のデータなので、各国電力業の基本的な姿を知るためにはかえって良いかもしれない。なお、参考までに図表には日本のデータも加える。


ロシア首長ファイル
バシコルトスタン共和国ハミトフ大統領

はじめに
 前月号で取り上げたタタルスタン同様、メドヴェージェフ政権下で長期政権の交代が起きた地域にバシコルトスタン共和国がある。ロシアで主要な石油産地を抱える構成主体の1つであるが、日本ではまだまだなじみが薄いかもしれない。しかし、2010年11月に東京で開催された第4回日露投資フォーラムに際して共和国第一副首相兼大統領官房長官タジトディノフ氏を団長とする代表団が来日し、日本企業と面談を行った。
 今回は、1993年12月から17年間、同共和国の初代大統領を務めたラヒモフの後任として新大統領に就任したルステム・ハミトフ氏を取り上げる。(中馬瑞貴)