ロシアNIS調査月報2015年5月号特集◆試練に直面するロシア経済 |
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特集◆試練に直面するロシア経済 |
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調査レポート |
油価低落と制裁下のロシア ―2014年マクロ経済実績の分析― |
調査レポート |
負の連鎖に陥ったロシアの石油ガス産業 |
調査レポート |
ロシア極東中古車ビジネス現地報告 |
キーパーソンに訊く |
制裁下でも米国企業のロシア市場からの撤退はない |
ビジネス最前線 |
ロシア製鉄業から多分野への進出をめざす |
講演録 |
ロシア企業をめぐる最近の動き ―コーポレートガバナンスと危機下の行動― |
データバンク |
2014年の日ロ貿易 ―輸出は暗、輸入は明― |
自動車産業時評 |
ロシア市場戦略を見直したGM |
INSIDE RUSSIA |
輸入代替に賭けるロシア |
モスクワ便り |
ロシアのアジア重視政策の背景 |
ロシア極東羅針盤 |
シベリア鉄道をどう利用するか |
ロジスティクス・ナビ |
ロシア極東港湾の現況 |
地域クローズアップ |
次の投資有望地域をめざすリャザン州 |
産業・技術トレンド |
極東のハイテク産業試案 ―金属資源活用― |
研究所長随想 |
大手商社がソ連取引に進出した1960年代後半 ―日ソ貿易外史(5)― |
中央アジア情報バザール |
カザフスタンの石油生産データ |
ウクライナ情報交差点 |
港湾データから見るウクライナ経済の変容 |
出張・駐在の達人 |
中央アジア・コーカサスのフライト事情 |
シネマ見比べ隊!! |
ソ連映画の戦争批判の眼差し |
記者の「取写選択」 |
塹壕のロシア兵 |
業界トピックス |
2015年3月の動き ◆日本下水道協会が極東水ビジネス展に出展 |
通関統計 |
2015年1〜2月の輸出入通関実績 |
油価低落と制裁下のロシア
―2014年マクロ経済実績の分析―
北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター センター長
田畑伸一郎
はじめに
2014年は、年末に近付くにつれて、ロシア経済の苦境を報じるニュースが多くなった。ルーブルの為替レートが急落し、株価も急落し、年間のインフレ率は11.4%に達した。これらは、ロシアの輸出や株価が石油・ガス会社の業績に大きく左右されるため、油価下落の影響を強く受けたこと、経済制裁とロシアが適用した逆制裁(食品の輸入禁止)により、ロシアへの商品や資本の流入が大きく減少したことによるところが大きかった。
一方、2014年のGDP成長率は0.6%であり、2013年に既に1.3%の低成長であったことを考慮すると、油価や制裁の影響は軽微であったと言える。これには輸入代替の進展がある程度寄与したと考えられる。また、2014年には輸入減少により貿易収支の黒字が微増し、経常収支の黒字も増加した。連邦予算の財政赤字も対GDP比0.5%に留まった。ロシア経済の底堅さも印象付けられる結果となった。
負の連鎖に陥ったロシアの石油ガス産業
ロシアNIS経済研究所 嘱託研究員
坂口泉
はじめに
2011年から2014年の秋口まで、油価がバレル100ドルを上回る状況が続いていた。1990年代の油価の平均値が18ドルだったことを勘案すると異常な高値が続いていたといえるが、ロシアの石油ガス会社は心地よい状況に安閑としてしまい、いつしかその異常性に警戒心を抱かなくなっていた。2014年3月に欧米の対ロ制裁が発動された時点では、油価はまだ高い水準を維持しておりロシアの各石油ガス会社は泰然自若としていたが、徐々に金融制裁の影響が出始め、投資プロジェクト用の資金調達に苦慮するようになった。また、8月に入ったころからルーブル安傾向となり、巨額の外貨建て債務を抱える石油ガス会社では巨額の為替差損が生じた。さらに、秋口から油価が想定外のスピードで下落し始め、ロシアの多くの石油ガス会社が2015年の投資プログラムを縮小の方向で見直すことを余儀なくされた。本稿では、このような負の連鎖が及ぼした影響に留意しながら、2014年のロシア石油ガス分野を回顧する。
ロシア極東中古車ビジネス現地報告
ロシアNIS経済研究所 次長
齋藤大輔
はじめに
「ハラキリだ」。ウラジオストクの中古車青空市場で車を売る男性は「ルーブル急落の影響はどうなのか?」という問いに、片言の日本語でそう答えた。
ウラジオストクの中古車市場を歩くと、車がぎっしり並べられていた昨年と違い、空いたスペースが目立った。買いに来る客は少なく、値引きしても売れない。市場全体にあきらめムードが漂っていた。ロシア極東の中古車ビジネスは昨年末の通貨ルーブルの急落と景気後退によって深刻な打撃を受けていた。金融危機、関税引き上げと、数々の苦難を乗り越えてきたが、売る車がない、つまり空きスペースが目立つということはこれまでなかった。市場の風景を見ただけで、厳しい状況が想像できる。この日は人影もまばら。とても静かな市場だった。
そこで本稿では、ロシア極東の中古車ビジネスに何が起きているのか、とくにルーブル急落以降の状況と新車ディーラーが挑む新たな中古車ビジネスをみていきたい。
キーパーソンに訊く
制裁下でも米国企業のロシア市場からの撤退はない
在ロシア米国商業会議所会頭
A.ロジャンコ
はじめに
在ロシア米国商業会議所は、本部をモスクワ、支部をサンクト・ペテルブルグ、代表部をワシントンに持ち、600を超える会員企業を擁するロシア最大級の外国の経済団体です。同会議所は、会員企業がロシアにおいて正当に貿易や投資に関われるよう、関連諸法や諸制度について、ロシア政府と積極的に意見を交わすなど、ロシアの経済界における有力な圧力団体として知られています。現在の会頭のロジャンコさんは、長きにわたり銀行家としてロシアで活躍をされた後、2013年から現職に就かれていますが、モスクワや地方で開催される数多くのフォーラムで発言されたり、内外のプレスで頻繁に意見を述べられるなど、行動する会頭として知られています。ロジャンコ会頭には、ウクライナ問題と対ロシア経済制裁、制裁下での米国企業の動向、ロシア経済の見通しなど、米国のみるロシア像の一端をお話しいただきました。(岡田邦生)
ビジネス最前線
ロシア製鉄業から多分野への進出をめざす
潟hーワテクノス 海外営業推進部
部長 藤田研二さん
課長代理 久保田剛史さん
はじめに
FA(ファクトリー・オートメーション)関連の各種機器を取り扱っている専門商社、ドーワテクノスがロシア市場に参入したのはいまから10年前のこと。「私たちにとってのロシアは、ウラル地域であって、首都のモスクワはあまり知らない」というお2人は、ロシアの製鉄業を支える懐深い地に足場を固めて活躍中です。対ロ制裁下という厳しいビジネス環境にはあるものの、むしろピンチをチャンスと見て、製鉄分野に留まらず、さらなる進出先を検討されています。そのためには詳細な情報収集は欠かせず、行政による側面的なサポートと合わせて、当会への期待も寄せていただきました。(芳地隆之)
講演録
ロシア企業をめぐる最近の動き
―コーポレートガバナンスと危機下の行動―
上智大学外国語学部ロシア語学科准教授
安達祐子
はじめに
ロシアNIS貿易会では2014年4月より、会員企業の皆様向けの情報提供サービスを拡充すべく、「ROTOBO月例報告会」を開催している。第12回の2015年3月の回では、安達上智祐子大学外国語学部准教授を講師にお招きし、「ロシア企業をめぐる最近の動き ―コーポレートガバナンスと危機下の行動」というテーマで講演を行った。以下でその要旨をご紹介する。
データバンク
2014年の日ロ貿易
―輸出は暗、輸入は明―
はじめに
例年どおり、日本財務省の貿易統計にもとづいて、2014年の日本とロシアの貿易に関し、データをとりまとめて紹介する。当会ではすでに、『ロシアNIS経済速報』2015年2月5日号(No.1651)において、2014年の日ロ貿易を速報値で紹介済みだが、本レポートでは確定値を掲載する。(服部倫卓)
自動車産業時評
ロシア市場戦略を見直したGM
2015年3月18日に米国のGMが、オペル・ブランドの全モデルとシボレー・ブランドの中低価格モデルのロシアでの販売を2015年末までに打ち切ることを発表しました。GMは、ロシアに4つの生産拠点を保有していましたが、そのうち3つが2015年中に閉鎖されることも同時に発表されました。今回はGMのロシアからの撤退をめぐる状況の他、GM同様に不振に苦み撤退の噂が出ている他のいくつかの外国メーカーの現状についてもご紹介します。(坂口泉)
INSIDE RUSSIA
輸入代替に賭けるロシア
はじめに
ロシア連邦政府は2015年1月27日付の政府指令で、「経済発展および社会安定化を確保するための緊急措置プラン」と題する経済危機対策を取りまとめた。実に60項目もの措置から成る政策パッケージである。その全体像は、拙稿「ロシア政府の危機対策プラン60項目」『ロシアNIS経済速報』(2015年2月5日号、No.1651)で紹介した。
この危機対策プラン60項目を見ても明らかなとおり、今日のロシア政府の政策路線で最大の重点が置かれているのが、輸入代替である。すなわち、外国からの輸入への依存度を引き下げ、ロシア国内での生産に切り替えていくという方針だ。以下本稿では、ロシア政府の輸入代替政策の概要を紹介する。(服部倫卓)
モスクワ便り
ロシアのアジア重視政策の背景
はじめに
2月26日〜28日にかけて東シベリアのクラスノヤルスク市において第12回クラスノヤルスク経済フォーラムが開催された(同フォーラムの概要については本誌冒頭の「表紙の写真」を参照)。今回のフォーラムでは、欧米による経済制裁等に絡み、ロシアのアジア重視の視点にスポットが当てられた。本号では、同フォーラムへの参加を通じて感じたロシアのアジア重視政策の背景を考えてみたい。(中居孝文)
ロシア極東羅針盤
シベリア鉄道をどう利用するか
シベリア鉄道といえば、広大なユーラシア大陸の西から東の果てまで約1万kmを結ぶ、言わずと知れた大幹線である。モスクワとウラジオストク間の全長は9,298km。レールの幅は日本の新幹線よりも少し広い1,520mm。全線が電化・複線化されている。
その利用は、原燃料の産地から加工地への供給、農村または港湾から都市への食糧運搬、工業製品の全国各地への配送、人の移動など多岐にわたっており、国内外の人・モノの流れの要として、ロシアの経済発展を側面から支える。(齋藤大輔)
ロジスティクス・ナビ
ロシア極東港湾の現況
ロシアで最も活況を呈している極東港湾の状況について、港湾統計『2014年のロシア、バルト諸国、ウクライナの海港を通じた貨物取扱状況』、及び関連データを用いて解説します。(辻久子)
地域クローズアップ
次の投資有望地域をめざすリャザン州
ロシアの地方都市は、投資誘致のために積極的なPR活動を行っている。2013〜2014年の2年間で(一社)ロシアNIS貿易会が主催、共催もしくは後援の形で関与しただけでも13回、2か月に1回のペースで地方の投資誘致政策を紹介するセミナーを開催してきた。当会が直接関与していないセミナーや彼らがモスクワで日本企業の駐在員、現地事務所、合弁企業向けに開催したセミナーも考慮すると、さらにその数は増加する。
こうした各地の投資誘致戦略競争のおかげで、近年、日本においてロシアの地方に関する情報が拡大し、日本企業の関心も高まりつつある。しかし、日本であまり知られていなくても、有望地域となりうるであろう地域はまだまだ隠れている。その1つが本稿で紹介するリャザン州である。リャザン州と言ってピンとくる人は決して多くはないだろう。同州はすでに日本企業が進出するカルーガやヤロスラヴリと同様にモスクワに隣接する州であり、そのポテンシャルは比較的高い。すでに日本企業向けのプレゼンテーションを実施した経験を持つが、それはモスクワであった。
そこで、本稿ではまだあまり知られていないリャザン州の魅力について紹介する。なお、筆者は2014年2月に同州を訪問し、行政府、州の開発公社、企業などからヒアリングを行った。その際の情報も交えて紹介する。(中馬瑞貴)
産業・技術トレンド
極東のハイテク産業試案
―金属資源活用―
はじめに
ロシアの課題の中で極東の発展というのは優先順位が高く、また重いものである。極東の発展の手段として、一次産品を売るのではなく、付加価値の高い産業を誘致し、輸出を行うということが望ましいと考えられているようだ。地理的にも極東に近い日本は、それを可能にする技術を提供してくれる国と大いに期待されているようだ。とは言え、一見すると製造業立地の条件に恵まれているように見えない極東に工場を建設するメリットは見えず、具体的な協力プロジェクトを考えるのは簡単ではない。
しかし、一般論で言うとこのような結論になるものの、個々の企業にとって望ましいものは異なる。例えば、現在のルーブル安も、油価と無関係で輸出比率の高い一部ロシア企業にとっては、追い風である。個別的には極東を活用可能な産業もあるのではと思われる。今回は、極東に存在し、日本の産業界での需要が多いプラチナを利用した自動車排ガス浄化装置の生産を試案として検討したい。関係者を巻き込んだ上で十分な調査をしたわけではないので、本稿の中で成立性があるという結論を出すことはできないが、どのような点に答えを出せば成立性の有無が判定できるのかについては述べていく。(渡邊光太郎)
研究所長随想
大手商社がソ連取引に進出した1960年代後半
―日ソ貿易外史(5)―
第二次世界大戦終了後にGHQ(連合軍総司令部)の指令により財閥解体が行われて、ソ連をはじめとする社会主義国家との貿易取引は、中小の専門商社により行われてきた。
その後旧財閥系商社は、1950年代に相次いで再統合を図り、三井物産・三菱商事・住友商事として旧社名が復活するが、社会主義国との貿易は東西冷戦を考慮し、それぞれ系列のダミー(身代わり)商社に取引を委託していた。社会主義諸国のうち、北朝鮮については例外として子会社ではなく、原則として孫会社が担当することが多かった。(遠藤寿一)
中央アジア情報バザール
カザフスタンの石油生産データ
はじめに
今回の本コーナーでは、カザフスタンの石油生産データを簡単にまとめて、お目にかける。出所は、図1がカザフスタン統計委、図2、3が報道情報である。
ウクライナ情報交差点
港湾データから見るウクライナ経済の変容
はじめに
このほど筆者は、2014年のウクライナの港湾(海港)における取扱貨物量を記したデータを入手したので、今回はこの貨物データを抜粋した一覧表をお届けし、そこから見えてくるウクライナ経済の変容について検討する。(服部倫卓)
出張・駐在の達人
中央アジア・コーカサスのフライト事情
はじめに
先日、全日空(ANA)は日本の航空会社が就航していない地域に向けた路線を新たに開設する意向を明らかにした。そして、その対象地域として、南米やアフリカに加えて中央アジアが挙げられていた。中央アジアと言えば、すでにウズベキスタン航空が同国と日本との間に直行便を出しているが、日本の航空会社が就航するようになれば、日本人にとってより身近になることは間違いないだろう。特に、日本との経済関係が活発になりつつあるカザフスタンについては日本からの出張者も比較的多く、直行便の開設を期待する人も多い。
とはいえ、直行便の有無にかかわらず、中央アジア・コーカサス地域とビジネスをするには現地への出張は欠かせない。そこで、すでにご存じの方も多いとは思うが、本稿では日本から中央アジアやコーカサスを訪問する際にはどのようなルートがあり、どのルートが便利なのか、各国の航空事情を踏まえながら紹介する。(中馬瑞貴)
シネマ見比べ隊!!
ソ連映画の戦争批判の眼差し
『鶴は翔んでゆく』VS『僕の村は戦場だった』
5月9日は対独戦勝記念日で、今日のロシアでも祖国防衛に貢献した退役軍人を讃え、犠牲となった数多の兵士や市民に祈りを捧げる日として大切な祝日ですが、戦争に勝利したということは、なるほどこういうことなのかと驚かされるほどに、華々しい軍事パレード、音楽、花束や街の装飾等々で、盛大にもりあがり、街も人々もお祭りモードとなります。敗戦国に生まれた国民にとっては理解が及ばないといいますか、新鮮に映る祝日かもしれません。プーチン政権下では、装甲車や戦車、戦闘機もパレードにお目見えし、軍事大国、強きロシアの復活をアピールして、ロシアの人々の愛国心を煽る契機ともなっているようです。
しかし、大祖国戦争(独ソ戦)の後、12年の年月を経たフルシチョフ政権下の《雪解け》の頃、反戦のメッセージを伝える映画がいくつか制作されています。それも、銃後の女性の視点から、あるいは子供の体験を通して、つまりは英雄たる兵士たちの戦いに重きをおくのではなく、弱者としての女性や子供の犠牲や悲劇を通して戦争の負の部分を抉り出そうという傾向です。今回は、こうした方法で戦争の無意味さを問い質す2つの作品を紹介していきたいのです。(佐藤千登勢)