ロシアNIS調査月報
2015年7月号
特集◆創刊1000号:
ロシア・NIS諸国の現在地
特集◆創刊1000号:ロシア・NIS諸国の現在地
『調査月報』通巻1000号発行にあたって
調査レポート
プーチン体制と日ロ関係の行方
調査レポート
石油・ガスを軸に読み解くロシア経済の軌跡
調査レポート
ウクライナ危機は克服できるか
調査レポート
中央アジア国家建設二十余年の軌跡
調査レポート
ロシア法の光と影
調査レポート
ソ連崩壊後のロシア農業の軌跡と現段階
ルポルタージュ
ベルリンの壁崩壊から四半世紀を経て
―異なるプロセスから見えてくる共通の課題―
ビジネス最前線
激動のロシアとともに歩んだ30年
ロジスティクス・ナビ
シベリア・ランドブリッジの歴史的変遷
研究所長随想
業界の歴史とともに歩んできた月報
―日ソ貿易外史(7)―

INSIDE RUSSIA
モスクワ〜カザン高速鉄道は中国の支援で推進
モスクワ便り
13年ぶりに見たプーチン
ロシア極東羅針盤
ロシア極東の水道事情
地域クローズアップ
成長と快適な生活環境を目指すモスクワ市
産業・技術トレンド
ロシア非鉄金属産業の経済規模
―有望市場はどれだけ広いか―
エネルギー産業の話題
ロシアの石油輸出の最新トレンド
自動車産業時評
2014年のロシア商用車市場
ウクライナ情報交差点
ウクライナの地域別宗教事情
中央アジア情報バザール
2014年カザフスタン地域別競争力ランキング
シネマ見比べ隊!!
悲劇の神話化
蹴球よもやま話
内憂外患のロシア・サッカー界
ドーム・クニーギ
V.ワシーリエフ著/池田正弘訳
『黒澤明と「デルス・ウザーラ」』
業界トピックス
2015年5月の動き
通関統計
2015年1〜4月の輸出入通関実績
記者の「取写選択」
シベリアのサムライ


記念号発行にあたってのご挨拶

ロシアNIS経済研究所 所長
遠藤寿一

 ロシアNIS貿易会の機関誌である『ロシアNIS調査月報』は、今号で節目の通巻1000号を迎えることになりました。これもひとえに、会員企業をはじめとする読者の皆様のご愛顧の賜物であり、ここに研究所を代表して改めてお礼を申し上げます。
 小誌の歴史は、当会の前身の「日ソ貿易会」が1953年に創刊した『日ソ貿易会報』に始まります。当時は週刊でした。まだ日ソ国交が回復していない、無協定時代の貿易でしたので、業界関係者には不安もあったのでしょう。日ソ貿易に従事している企業に、情報交換の場を提供していたものと考えられます。
 この間『調査月報』も様変わりしました。当時『調査月報』の読者の立場にあった私は、ソ連政府が発表する経済発展5か年計画等を分析し、商材を探していましたが、そうした際に『調査月報』はたいへん役に立ちました。東西デタントで東西貿易が活況を呈した1970〜1980年代には、特に記事に力が入っていたと思います。
 『調査月報』も、お気付きのようにこの数年で、多くの方に読んでいただけるように、読者の目線に合わせて改革してまいりました。しかし、これからの世界は「世紀の胎動」を前にして、過去の常識では計り得ないようなことが起こるかも知れません。時代の流れを汲み入れ、中長期の展望を求めて、新たなロシアならびにNISビジネスの発展を提案できるよう努力したいと思います。引続きご支援を賜りますようよろしくお願い申し上げます。


1000号の歩みを振り返る

ロシアNIS経済研究所 調査部長
『ロシアNIS調査月報』編集長
服部倫卓

はじめに
 『ロシアNIS調査月報』は、今回の2015年7月号で、通巻1000号の節目を迎えることになりました。これもひとえに、ROTOBO会員企業をはじめとする読者の皆様、ご寄稿をいただいている専門家諸氏、インタビューに応じてくださった実務家の方々など、関係各位のご支援の賜物です。この機会に、改めて、厚く御礼申し上げます。
 本コーナーでは、六十余年に及ぶ小誌の歴史を振り返ってみるとともに、編集担当責任者としての感慨や抱負を綴らせていただきます。900号(2006年6月号)の際に書いたことと内容的に重複しますが、ご容赦ください。


プーチン体制と日ロ関係の行方

上智大学外国語学部ロシア語学科教授
上野俊彦

 「欧米」の視点、すなわちグローバルな視点とは言えない。
 そもそも「欧米」がどの国を指しているのかあいまいだが、例えば、表1で明らかなように、ウクライナ、ポーランド、ルーマニア等、ロシアを除く全欧州諸国に米国とカナダを加えたものを「欧米」と考えても世界人口の13.5%にすぎない。まして、米日独仏英伊加G7諸国から日本を除いたG6諸国を「欧米」と考えると、それは世界のわずか9%弱でしかない。要するに、日本を含むG7諸国の人口比は世界の10.61%であるということだ。


石油・ガスを軸に読み解くロシア経済の軌跡

ロシアNIS経済研究所 嘱託研究員
坂口泉

はじめに
 ソ連が解体してからほぼ四半世紀が経過した。本稿では、ロシアの基幹産業である石油・ガス分野のその間の変遷を「分割・民営化」というキーワードを意識しながら回顧し、その視点からソ連解体後のロシア経済の軌跡を読み解いてみたい。より具体的に言えば、石油・ガス分野の内部で生じた変化がソ連解体後のロシアのマクロ経済指標(GDP)に及ぼした影響を、2000年以降を中心に振り返ってみたいと考えている。また、ミクロ経済面での影響に関しては、乗用車市場を例として取り上げ考察を試みる。その他、ソ連解体後の動きを回顧する中で垣間見えてくる、石油・ガス分野ならびにロシア経済の未来像についても言及したい。


ウクライナ危機は克服できるか

ロシアNIS経済研究所 調査部長
服部倫卓

はじめに
 ウクライナでは、2014年2月のユーロマイダン革命で地域党政権が崩壊した。その直後に隣国ロシアがウクライナ領クリミアを一方的に併合し、さらに東ウクライナ・ドンバス地方のドネツィク州、ルハンシク州に軍事介入、ドンバスは泥沼の内戦へと突入していく。ウクライナ問題を対立点として、ロシアと欧米の関係が悪化し、経済制裁を応酬し合う事態となった。
 ウクライナ問題を争点・発端とする国際政治プロセス全体を「ウクライナ危機」と呼ぶことも多いが、本稿では危機の大元であるウクライナそのものの問題にフォーカスする。独立後の同国の歩み、ユーロマイダン革命後の現状、ウクライナという国が遂げつつある変容、日本とウクライナの関係などについて論じていく。


中央アジア国家建設二十余年の軌跡

ロシアNIS経済研究所 研究交流部部長
輪島実樹

はじめに
 本稿では中央アジアの20年間を振り返る。現在、「中央アジア」といえばカザフスタン、ウズベキスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタンの5カ国を指す。しかし、ソ連時代の経済地域区分で「中央アジア」とは南の4カ国のみを指す言葉であり、広大な面積と豊富な資源をもつカザフスタンは別個にひとつの経済地域をなしていた。そのカザフスタンがソ連解体後、自らも中央アジアであると宣言、以来、カザフスタンを含む5カ国を指して中央アジアと呼ぶようになった。
 経済的にも、政治・外交的にも「中央アジア」を1つの単位としてまとめて扱う合理性は、現在既に失われていると言っていいだろう。しかし、本稿の趣旨は過去20年を振り返るということであるから、伝統的アプローチに従い、まずは5カ国枠組みに立って議論を進めよう。


ロシア法の光と影

ロンドン大学法学部教授
小田博

 社会主義体制の崩壊後四半世紀が経過した。1990年代ロシアは、国家に対するビジネスの優位に象徴される。エリツィン政権の下で、国家の弱体化が顕著であり、大統領の再選を可能にした新興財閥が、政治的にも大きな影響力をもつに至った。これに対して、2000年に始まるプーチン体制の下では、強力な中央集権的体制が形成され、国家が復権をみた。上院(連邦院)の改組により、中央の政治に対する地方の影響力は著しく削減され、連邦管区制の導入により、地方に対する中央の統制は強化された。
 この間、ロシアの法制も大きな変貌を遂げた。1990年代初めの混乱期を経て、民法典が編纂され、株式会社法や有限会社法、倒産法など、法律の整備が進められた。とりわけ、私法全体の基礎をなす民法典全四部の制定は、大きな成果であった。もとより、市場経済の基本となる法制を整備することは容易ではなく、立法には多くの欠陥や、矛盾、重複がみられた。司法制度が発達した諸国では、立法の不備は、ある程度まで裁判所により補われることができる。しかし、ロシアの裁判制度は、発展途上にあり、このような役割を裁判所に期待することはできなかった。事態が改善されたのは、2000年代も半ばになって、最高商事裁判所が指導的な役割を果たすようになってからのことである。一方、法ニヒリズムと呼ばれる、帝政時代、社会主義時代に培われた、法に対する軽視的な態度は、わずかな年月で解消されるはずもなく、法の恣意的な適用や濫用は広くみられた。


ソ連崩壊後のロシア農業の軌跡と現段階

農林水産政策研究所 政策研究調整官
長友謙治

はじめに
 ソ連崩壊後、市場経済移行に伴う混乱を経てロシア農業の姿は大きく変化した。生産主体の変容、土地問題、農村社会の変化など興味深い論点は多々あるが、本稿においては、農産物の需給構造の変化に重点を置き、第1節でソ連崩壊後最近までのロシア農業の変化を概観した上で、国際農産物市場にとっての重要性に鑑み、第2節でロシアの穀物輸入国から輸出国への転換を取り上げ、その背景や今後の発展可能性について考察する。そして第3節ではロシアの穀物輸出の安定に係る制度的な問題として穀物輸出規制を取り上げる。


ルポルタージュ
ベルリンの壁崩壊から四半世紀を経て
―異なるプロセスから見えてくる共通の課題―

はじめに
 冒頭から私事で恐縮ですが、2015年5月末をもってロシアNIS貿易会を退職することとなりました。在職中は関係各位に多大なご支援、ご協力、ご教示を賜り、本来であれば直接出向いてご挨拶しなければならないところ、この場を借りて御礼申し上げることをお許しください。
 私が当会の存在を知ったのは、1990年初夏、留学先の旧東ベルリンでのことでした。社団法人ソ連東欧貿易会(当時の名称)主催の調査ミッション「日ソ専門家会議」の方々を、東西ドイツの通貨統合、そして統一を控えた現地で、ガイドとしてお迎えしたのがきっかけです。そして、帰国後の1992年秋から、ロシア東欧貿易会ロシア東欧経済研究所(この間、名称が変わりました)の一員として働かせていただくことになりました。
 今号は『ロシアNIS調査月報』1000号記念ということで、本誌の編集長より、私の個人的な経験も含めた旧ソ連・東欧の25年間を振り返ったものを書いてみてはどうか、との提案がありました。そこで本稿では、1988年秋〜1992年秋までの4年間を過ごした旧東ベルリンでの経験や、その後のROTOBOでの勤務において見聞したことなどをご紹介しつつ、これからについても考えてみたいと思います。(芳地隆之)


ロジスティクス・ナビ
シベリア・ランドブリッジの歴史的変遷

 半世紀以上にわたって弛まぬ努力を重ねて本誌が1000号に達したとのことをお祝い申し上げます。日ロ物流の分野で半世紀近く実績を残してきた例としてシベリア・ランドブリッジ(SLB)があります。シベリア鉄道を軸にユーラシア大陸の西と東を結ぶ複合コンテナ輸送が始まったのは1971年でした。その後、ソ連邦解体という歴史の転換点を乗り越えて、時代の要請に適応しながら発展してきたSLB輸送の変遷の歴史を紹介します。(辻久子)


研究所長随想
業界の歴史とともに歩んできた月報
―日ソ貿易外史(7)―

 1945年8月第二次世界大戦が終了すると、貿易もGHQ(在日連合軍総司令部)の管理下に入り、1949年末までは貿易公団がGHQの委託を受けて契約者となり、貿易商社は受渡業務を担当するだけであった。やがて公団貿易の時代が終わり、貿易が民間に移管されたが、日ソ間には国交が回復されていなかったため、二国間の通商協定がなく、無協定時代の貿易にならざるを得なかった。このような中で、1949年4月に発足した日ソ親善協会は、1950年シベリアから引き揚げてきた田辺稔氏を、貿易対策部長として迎え入れて、積極的に会員獲得運動を展開した。さらに田辺は日中貿易促進会を参考にして、日ソ貿易促進会議を設立し、幅広い運動を展開しようとした。田辺はいすゞ自動車出身で、戦後シベリア抑留中に民主化運動に参加している。
 1951年2月に開かれた第1回世界平和評議会で、モスクワ国際経済会議開催が提案され、1952年4月3〜12日に開催することが決まった。この1952年元旦にはスターリン首相が、日本国民向けのメッセージとして、日ソ貿易再開の用意がある旨を伝えてきていた。
 モスクワ国際経済会議には、結局49か国から471名の参加があった。日本から参加した高良とみ(参議院緑風会)は、全体会議で「日本はソ連・中国との貿易正常化を望んでいる」と述べて注目された。帆足計(社会党)と宮越喜助(民主党)は正式メンバーではなかったが参加した。このよう流れのなかで、日ソ貿易促進会議は順調に滑り出し、参加企業も増えたため、田辺を専務理事として日ソ貿易会が設立された。1953年この日ソ貿易会が機関誌として『日ソ貿易会報』を週刊で発行したのが、本誌『ロシアNIS貿易会』のルーツである。(遠藤寿一)


INSIDE RUSSIA
モスクワ〜カザン高速鉄道は中国の支援で推進

はじめに
 当会発行の『ロシアNIS経済速報』(2014年12月15日号、No.1647)で、「ロシアの50大投資プロジェクト・リスト ―岐路に立つメガプロジェクト主義」という記事をお届けした。その中でお伝えしているとおり、現在ロシアが推進している投資プロジェクトの中で、最大の事業は、モスクワ〜カザン間高速鉄道の建設である。
 大プロジェクトだけに、昨年来のロシア経済の変調で、実現が危ぶまれた。そこに現れたのが、中国というパートナーである。この5月に、モスクワ〜カザン高速鉄道がロシア・中国の共同事業として推進されることが、基本決定した。以下本稿でその概要を紹介する。(服部倫卓)


モスクワ便り
13年ぶりに見たプーチン

はじめに
 5月26日、経済団体「実業ロシア」が主催する第10回ビジネスフォーラムが開催され、そのプレナリーセッションでプーチン大統領がメインゲストとして基調講演を行い、その後も会場にとどまり実業ロシア幹部とのディスカッションを1時間以上行った。今回の本コーナーでは、同フォーラムにおけるプーチン大統領の報告の内容や13年ぶりに間近に見た同大統領の印象等についてご紹介したい。(中居孝文)


ロシア極東羅針盤
ロシア極東の水道事情

 ロシア極東(都市部)の上水道の施設能力(最大配水量)は2012年現在で日量約427万立米である。しかし、施設の老朽化や水質管理の悪化等に伴う能力低下により、供給可能な能力はこれを下回っており、需要低迷も重なり、1日当たりの配水量は同187万8,100立米となっている。配水能力に対する稼働率は44%に留まっている。(齋藤大輔)


地域クローズアップ
成長と快適な生活環境を目指すモスクワ市

 1000号という記念すべき本誌でクローズアップすべき地域をいろいろ考えたが、やはり、ロシアを代表すると言えば首都モスクワ市になるだろう。「モスクワはロシアではない」と言われることがあるほど他の地域からは群を抜いて社会、経済が発展したモスクワ市は「世界一物価の高い街」とも言われ、ロシアだけでなく、欧州、さらに世界的大都市に成長した。一方で、アメリカのコンサルティング会社Mercerによると、生活の質という点で評価すると、モスクワは230都市中167位と、快適さに欠ける都市として低く評価されている。ちなみに同ランキングで日本は東京が44位、神戸が47位と上位に位置づけている。(中馬瑞貴)


産業・技術トレンド
ロシア非鉄金属産業の経済規模
―有望市場はどれだけ広いか―

 ロシア経済悪化により、ロシアにおいて様々な市場が縮小している。例えば、自動車販売台数はすでに縮小傾向にあった2014年に比べ40%も下回る水準で推移している。また、油価下落により打撃を受けているエネルギー産業は、実は日本製品の重要な顧客でもあったのだが、とてもこれまでのように日本製品を発注できるような状況ではない。ロシアでビジネスをする企業にとっては、経済情勢の打撃を受けていない新たな市場を探すことが課題になっていると推察する。非鉄金属産業は、ダメージの少ない産業として挙げられるセクターであるが、今回は、ロシアの非鉄金属産業が大雑把にどの程度の経済的規模があるかを紹介する。(渡邊光太郎)


エネルギー産業の話題
ロシアの石油輸出の最新トレンド

 2014年のロシアの石油の輸出動向に関する詳しい情報がロシアの石油ガス専門誌『石油と資本』(2015年4月号)と『石油ガス垂直統合』(2015年第7号)に掲載されましたので、今回は、それらの情報をベースにロシアの石油輸出の最新トレンドをご紹介します。(坂口泉)


自動車産業時評
2014年のロシア商用車市場

 ロシアの調査会社「ASMホールディング」より、2014年のロシアの商用車(トラック、バス、小型商用車)の生産、販売、輸入に関するデータを入手することができましたので、今回は、それらのデータをもとに2014年のロシアの商用車市場の状況をご紹介することにします。(坂口泉)


ウクライナ情報交差点
ウクライナの地域別宗教事情

 今回は紙幅の都合もあり、やや変わり種ではあるが、ウクライナの地域別の宗教事情について簡単に語ってみたい。(服部倫卓)


中央アジア情報バザール
2014年カザフスタン地域別競争力ランキング

 本稿では、「Forbes Kazakhstan」が今年の3月に発表したカザフスタンの地域別競争力ランキングを紹介する。このランキングは、@経済発展、Aビジネス環境、B人的尺度、C中小企業の評価という4つのファクターの結果を合わせたものになっている。最初の3つの指標は統計の数値と変化の度合いで測定し、Cはアンケートの結果に基づいている。合わせて、カザフスタンの各地域の予算、月給、雇用数、地域総生産の割合についても紹介されているので合わせて掲載する。(中馬瑞貴)


シネマ見比べ隊!!
悲劇の神話化
『72M』VS『大統領のカウントダウン』

 このたびは、今から15年程前のロシアにて起きた《クルスク原子力潜水艦事故》、はたまた第2次チェチェン紛争の流れで起きたテロ事件のひとつ、《モスクワ劇場占拠事件》をモデルとし、このような惨劇を映画に反映させた作品を見比べてみたいのです。なぜというに、事件当時、それぞれに政府の対応に対して批判が向けられたり、その対応が妥当であったか否か、釈然としないものを国民に残した印象がありましたから、遺族や国民の負の感情を再び煽り、痛みをいっそう抉るような作品をロシア軍協力のもと、いわば国をあげてそうした惨劇を彷彿とさせる大作を、そう時間のたたないうちに制作するものだろうか、と謎に思ったからです。しかし、そこはさすがのロシア的発想の転換。それぞれの惨劇は見事なまでに正義と犠牲の精神の調和した爽やかな《神話》と化しており、それぞれの作品はロシア国内で好評を博したようなのです。『72M』に至っては、かのニキータ・ミハルコフ監督を制作スタッフに迎え、ロシア・アカデミー賞金鷲賞に輝いてもいます。作品自体の質に不満があるわけではありませんが、このゴリ押し感、さすがなのです。(佐藤千登勢)


蹴球よもやま話
内憂外患のロシア・サッカー界

 今般噴出した国際サッカー連盟(FIFA)をめぐるスキャンダルに関し、ロシア・マスコミの当初の報道振りは、意外と地味だった。それには理由がある。5月29日にFIFAの会長選挙が実施されたわけだが、実はその2日後の31日にロシア・サッカー協会の総会が予定されており、そこでN.トルスティフ会長の任期途中での解任が可決されることが有力視されていたのだ。(服部倫卓)


記者の「取写選択」
シベリアのサムライ

 鍛え上げられた肉体が跳ね、回り、静止する。飛び散る汗。射抜くような視線。劇場の空気が熱さを増す。最後のポーズを決めた瞬間、客席を埋めた老若男女の拍手と笑顔がはじけた。
 東シベリア・ブリヤート共和国の首都、人口約40万人のウランウデ。中心部には国立ブリヤート歌舞劇場が立つ。同劇場バレエ団の芸術監督・岩田守弘さん(44)は現役ダンサーでもある。2012年まではモスクワのボリショイ劇場で第一ソリストとして活躍。「体を大切に使えば、まだ若い人には負けない」。本人がこう言うように、今年4月のガラコンサートで舞う姿は、ボリショイ時代のはまり役「白鳥の湖」の道化を思い出させた。(小熊宏尚)