ロシアNIS調査月報2016年4月号特集◆ユーラシア経済空間の諸相
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特集◆ユーラシア経済空間の諸相 |
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調査レポート |
ユーラシアの開発金融をめぐる諸問題 ―ロシアを中心に― |
調査レポート |
経済コストから考えるドンバスと沿ドニエストル問題 ―非承認国家の黄昏― |
調査レポート |
ロシア・NISの家電市場で生じる地殻変動 ―テレビと冷蔵庫のデータを検証― |
講演録 |
新シルクロードと中国・ロシア・中央アジア関係 |
データバンク |
数字で見るCIS諸国の電力産業 |
データバンク |
世界の中のユーラシア経済連合 |
ウクライナ情報交差点 |
ウクライナとロシアのトラック戦争 |
中央アジア情報バザール |
中央アジアに見る運輸・物流ルート連結の重要性 |
調査レポート |
2015年ロシア乗用車市場の総括 ―予想以上の販売不振と各社の対応― |
ビジネス最前線 |
ローコストな汚水処理システムをロシアでも実現 |
研究所長随想 |
日ソ国交回復前夜 |
INSIDE RUSSIA |
「ロシア輸出センター」は機能するか? |
ロシア極東羅針盤 |
極東でものをつくるということ ―あるパソコンメーカーの挑戦― |
蹴球よもやま話 |
ロシアとトルコのサッカーの試合で起きた事件 |
地域クローズアップ |
ポテンシャルを活かせるか? クルガン州 |
産業・技術トレンド |
2015年ロシアの旅客機生産 |
エネルギー産業の話題 |
ロシアの石油生産調整の行方 |
ロジスティクス・ナビ |
ロシア港湾物流の変容 |
デジタルITラボ |
ロシアで人気のチャット・通話アプリ |
シネマ見比べ隊!! |
人類初! 有人宇宙飛行の光と影 |
業界トピックス |
2016年2月の動き |
通関統計 |
2016年1月の輸出入通関実績 |
記者の「取写選択」 |
プーチンのいらだち |
調査レポート
ユーラシアの開発金融をめぐる諸問題
―ロシアを中心に―
高知大学 人文学部
塩原俊彦
2015年は次の15年間の地球規模での開発問題の方向性を決めた年であった。9月25日、150人を超す世界中の指導者らは「国連持続可能サミット」において、「持続可能開発目標」(SDGs)を含む、新たな「2030年持続可能開発アジェンダ」を採択した。2000年に採択された「ミレニアム開発目標」(MDGs)に代わる目標が設定されたことになる。ユーラシアにおける開発金融も基本的には、このSDGsに沿って行われることになるだろう。現代地政学の租、ハルフォード・マッキンダーが「ハートランド」と呼んだ、北極海と内陸以外に流れ込む川をもたない地域で、アムール川上流以西からヨーロッパ東部に至る地域で、南はイラン高原以北という場所は、ユーラシア大陸に多く属している。ゆえに、ユーラシアをめぐる今後15年間の開発金融は国際政治・経済上の権力争いの場になることが十分に予想される。本稿の課題は、ユーラシアの開発金融をめぐって屋上屋を架すように設立が相次ぐ開発金融機関の比較検討を行うことで、その問題点や展望を明らかにすることである。
国際通貨基金(IMF)や世界銀行グループ(国際復興開発銀行[IBRD]など)を中核とする、いわゆる「ワシントン・コンセンサス」の枠内で、ユーラシアに直接かかわる開発金融機関として、アジア開発銀行(ADB)、欧州投資銀行(EIB)、欧州復興開発銀行(EBRD)、イスラム開発銀行(IDB)などがある。他方で、ロシアや中国などが主導する開発金融機関として、ユーラシア開発銀行、BRICS新開発銀行、アジアインフラ投資銀行、上海協力機構(Shanghai Cooperation Organization, SCO)の開発銀行などが設立されたり設立準備段階であったりする。ここでの考察対象は後者だが、これらの機関に参加する各国には開発銀行があるため、各国開発銀行の調整という問題についても考えたい。
調査レポート
経済コストから考えるドンバスと沿ドニエストル問題
―非承認国家の黄昏―
北海学園大学非常勤講師
北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター共同研究員
藤森信吉
ウクライナ危機以降、非(未)承認国家に少なからず注目が集まっている。ロシアがクリミアを国家承認・即編入しただけでなく、ウクライナ東部ドンバスの分離主義勢力を軍事的・経済的に支援し、その「非承認国家化」に深く関与しているからだ。ウクライナ領黒海沿岸地域をロシアが支配下に置き、沿ドニエストルに至る回廊形成を狙っているとの言説すら出ている。斯様にロシア政府は影響圏、勢力圏、地政学的利益の維持に邁進していると仮定されるのだが、こうした政策の裏付けとなる維持コストに関心が払われるようになったのはごく最近のことに過ぎない。
これまでも経済的要因は非承認国家問題において多少の注目を集めてきたが、そこではロシアによる経済援助・支援は自明とされてきた。経済コストを支払ってでも維持しなければならない地政学的な利益がある、あるいは、そのコストは無視できるほど小さいと想定されていたからだ。また、周辺国は「非承認」地域の存在から利益を享受しているため、現状が維持されるとも見なされてきた。しかしながら、長期的なエネルギー価格低迷によりロシアの経済力が落ち、さらには、総人口250万という文字通り桁違いの非承認国家がドンバスに誕生すると、その維持コストがロシア財政に重く圧し掛かることになる。従来の研究が、経済を非承認国家の持続要因として捉えていたとすると、ここではマイナス要因として捉えることが可能である。
本稿では、旧ソ連地域に存在する非承認国家の中で、2014年4月にウクライナから分離・独立を宣言し、ドンバス(ドネツク州・ルガンスク州)の一部を実効支配するドネツク人民共和国(Donetskaia Narodnaia Respublika:DNR)およびルガンスク人民共和国(Luganskaia Narodnaia Respublika:LNR)そしてソ連末期から25年にわたりモルドバからの分離・独立状態を保っている沿ドニエストル共和国(Pridonistrovskaia Moldavskaia Respublika:PMR)を取り上げ、その経済維持コストについて考察する。ここでは、ウクライナおよびモルドバを親国家、ロシア語話者が多数派を占めるこれら3「共和国」を支援するロシアをパトロン国家と呼ぶ。なお、統計資料の入手性から、沿ドニエストルに記述が偏ること、予めご了解いただきたい。
調査レポート
ロシア・NISの家電市場で生じる地殻変動
―テレビと冷蔵庫のデータを検証―
ロシアNIS経済研究所 調査部長
服部倫卓
本稿では、CIS諸国の家電・エレクトロニクス市場を、統計データを中心にごく簡単にではあるが、概観することを試みる。国としては、主にロシア・ウクライナ・ベラルーシを対象とする(一部カザフスタンも)。品目としては、AV機器の主要品目であるテレビと、大型白物家電を代表する冷蔵庫を取り上げる。
残念ながら、この分野における日系企業のプレゼンスは、ここに来て急激に低下している。しかし、消費市場の重要分野であることに変わりはないだろう。また、以下に見るように、CIS諸国の域内貿易や、ユーラシア経済連合がビジネスに持つ含意といったテーマを考える上で、家電ビジネスは示唆に満ちている。
講演録
新シルクロードと中国・ロシア・中央アジア関係
(2016年1月26日 第22回ROTOBO月例報告会より)
明治大学商学部専任准教授
町田一兵
第22回を迎えた2016年1月26日の「ROTOBO月例報告会」では、明治大学商学部専任准教授の町田一兵さんを講師にお招きし、「新シルクロードをめぐる中国・ロシア・中央アジア関係」というテーマで講演会を開催した。
近年、中国は新シルクロード構想やアジアインフラ投資銀行などのイニシアチヴで中央アジアに対する働きかけを強めている。今回は中国側から見た新シルクロード構想とチャイナ・ランドブリッジの現状について報告がなされた。以下ではその内容をご紹介する。
ウクライナ情報交差点
ウクライナとロシアのトラック戦争
ウクライナとロシアの泥仕合の一環として、2016年1月1日付のロシア大統領令により、ウクライナからロシアを通過してカザフスタンに陸上輸送される貨物は、ベラルーシ発としなければならず、しかも貨物を追跡できるようにGLONASS(ロシア版のGPS)を備え付けなければならないことになった。これに反発し、2月半ばにウクライナの右翼活動家が西ウクライナの対EU国境で、ロシアのトラックの通行を遮断し始めた。それを追認するかのように、ウクライナ政府も2月15日に、自国領を経由した欧州〜ロシア間のトラック輸送を阻止する措置を打ち出した。(服部倫卓)
中央アジア情報バザール
中央アジアに見る運輸・物流ルート連結の重要性
2016年3月2日、日本と中央アジア5カ国の協力を促進するための枠組み「中央アジア+日本」の一環として、「中央アジアにおける連結性改善に向けた課題と地域協力の可能性」をテーマに第8回「東京対話」(外務省主催)が開催され、日本および中央アジア各国の代表による運輸・物流分野の協力に関する報告および議論が行われた。
ユーラシア地域の協力・連携において大陸の真ん中に位置する中央アジアの運輸・物流ルートの確立は重要な意味を持つ。最近では、ロシアが関税同盟やユーラシア経済連合の枠組みで中央アジア各国との自由貿易圏・自由経済圏を確立したり、中国が「一帯一路構想」の実現に向けて中央アジアのインフラ整備に関与したりしている。こうした大国の動きには、政治的、地政学的思惑も含まれる。
こうした流れの中、日本としてはどのような協力が可能であろうか。筆者自身、日本側有識者の代表として「東京対話」に登壇させていただいたことを踏まえ、この地域の運輸・物流ルートの現状を紹介し、日本の協力の可能性について考えてみたい。(中馬瑞貴)
調査レポート
2015年ロシア乗用車市場の総括
―予想以上の販売不振と各社の対応―
ロシアNIS経済研究所 嘱託研究員
坂口泉
急激な石油の増産と高い油価水準に支えられ、産油国ロシアの乗用車販売は2000年代半ばごろから基本的に右肩上がりの曲線を描いていたが、2013年より一転して下降線をたどるようになっている。しかも、不振の度合いは年々深刻となっており、油価の低迷とルーブル安という強烈な嵐が吹き荒れた2015年の販売台数は前年を35.7%も下回る160万台にとどまった(小型商用車を含んだ数字。乗用車に限定すれば、前年比36.2%減の149万台)。2012年に過去最高の294万台の販売を記録したロシアの乗用車市場の規模は、わずか3年でほぼ半減したことになる。そこに、石油という金融商品の値動きに大きく左右されるロシアの乗用車市場の脆さと怖さを感じるのは筆者だけではないであろう。2016年に入り市場は落ち着きを取り戻しつつあるようにも感じられるが、底はまだ見えておらず、1月の販売台数は前年同月比29.1%減の8万1,849台にとどまった。さらに、今後についても、頼みの綱である油価が回復しなければ2016年の通年の数字が最悪と思われた前年をさらに下回るのはほぼ確実、との悲観的な見方が大勢を占めている。
本稿では、想定を上回る市場の落ち込みに各社がどのように対応したかという点に着目しながら、2015年のロシア乗用車市場を回顧する。
ビジネス最前線
ローコストな汚水処理システムをロシアでも実現
滑ヨ根産業 代表取締役
関根啓蔵さん
今回は株式会社 関根産業(以後、関根産業)代表取締役の関根啓蔵さんをご紹介します。同社はサランロック(サラン繊維製の立体型繊維マット)を活用した排水処理で世界唯一の技術「余剰汚泥の自己消化方式」を確立し、日本だけでなく、韓国や中国、東南アジアや中東諸国などで排水処理設備の設計や納入を行っています。最近ではロシア(タタルスタン共和国)から下水処理場の設計について相談を受けたこともあり、ロシア市場への関心が高まっているそうです。インタビューでは、同社の技術、最近のロシアとの関わり、その他の海外での事業など、広くお話を伺いました。(長谷直哉)
研究所長随想
日ソ国交回復前夜
1951年9月8日サンフランシスコにおいて開催された平和会議で、講和条約(平和条約)と日米安保条約が調印され、現在の日本の礎が定まった。講和条約の調印は、サンフランシスコ市中心のオペラハウスで行われ、連合国48ヵ国の代表が調印した。中国(中華民国)は招待されず、インドは参加を拒否した。インドネシアは調印したが批准はしなかった。ソ連は会議には出席したが、調印はしなかった。その日調印された日米安保条約に反対であったこと、千島列島等に対するソ連の領有権が銘記されなかったからである。(遠藤寿一)
INSIDE RUSSIA
「ロシア輸出センター」は機能するか?
「ロシア輸出センター」は、その名のとおり、ロシアからの輸出促進を目的として、2015年にロシア政府が設立した公的企業である。2015年6月29日付の改正民法典にもとづいて設置された。センターは、国家コーポレーション「対外経済銀行(ヴネシエコノムバンク)」傘下の株式会社という位置付けであり、モスクワのクラウンプラザ内に本部が置かれている。(服部倫卓)
ロシア極東羅針盤
極東でものをつくるということ
―あるパソコンメーカーの挑戦―
製造業が弱いとされるロシア極東でパソコンを製造し、ロシアの国内市場で上位のシェアを誇るまで大きくなった企業がある。DNSという地元企業で、沿海地方ウラジオストク郊外のアルチョム市でパソコンを生産している。2015年9月、工場を視察した。そこで今回はロシア極東でものづくりに挑戦する企業を紹介する。(齋藤大輔)
蹴球よもやま話
ロシアとトルコのサッカーの試合で起きた事件
2月16日、UEFAヨーロッパリーグの決勝トーナメント1回戦1レグ、フェネルバフチェVSロコモティヴ・モスクワの一戦がイスタンブールで行われ、ホームのフェネルバフチェが2:0で勝利した。試合結果もさることながら、ロコモティヴ側のドミトリー・タラソフ選手が試合後にユニフォームを脱ぎ、プーチン大統領のイラストと彼への賛辞を描いたシャツを意図的に露出させるという事件が起き、物議を醸した。UEFAではこうした形での政治的意見表明を禁止している。なお、タラソフ(MF)はロコモティヴの中心選手の一人で、ロシア代表歴もあるプレーヤーだ。(服部倫卓)
地域クローズアップ
ポテンシャルを活かせるか? クルガン州
ロシアには民族名に由来する地域(タタール人のタタルスタン、チェチェン人のチェチェン共和国など)と地理的区分で分けられた地域の2種類が存在する。前者の方は民族名を意味するが、後者について名前の由来は様々である。今回紹介するクルガン州の「クルガン」とは、「塚・墳墓」を意味するロシア語であり、古い塚がたくさんあった地域に創設されたためにクルガン市およびクルガン州と名付けられたと言われる。(中馬瑞貴)
産業・技術トレンド
2015年ロシアの旅客機生産
ここ数年の間、ロシアの旅客機生産は顕著に回復してきた。2014年にはスホーイスーパージェットは37機生産され、月産3機を超えていた。また、現在、新型旅客機のMS-21の初号機の生産が、2016年末の初飛行を目指して進んでいる。しかし、2015年のロシアの旅客機生産は、スホーイスーパージェットの生産が半減したため、2014年までのように顕著に生産が伸びていると言える状況でなくなっている。今回は2015年のロシアの旅客機生産とMS-21の開発状況について紹介する。(渡邊光太郎)
エネルギー産業の話題
ロシアの石油生産調整の行方
2016年1月28日にノヴァク・ロシア連邦エネルギー大臣が、「ロシアとOPECが2月に最大5%の減産についての協議を行う可能性がある」という主旨の発言を行い世界的な話題となりました。本稿では、まず最近のロシアの石油生産と輸出の動向について説明した後、ロシアの石油生産調整をめぐる動きについてご紹介します。(坂口泉)
ロジスティクス・ナビ
ロシア港湾物流の変容
先月号の当ページで速報を紹介したのに続き、ロシアの港湾統計『2015年のロシア、バルト諸国、ウクライナの海港を通じた貨物取扱状況』、およびシベリア鉄道の最新データを用い、港湾物流の動向を解説します。(辻久子)
デジタルITラボ
ロシアで人気のチャット・通話アプリ
スマートフォンの保有率増加により、ロシア人の間でも、チャット・通話用のモバイルアプリケーションの普及が急速に進んでいる。J'son & Partners Consulting社が2015年6月に実施した調査によると、ロシア国内のチャット・通話用アプリ利用者は5,000万〜6,000万人にのぼり、スマートフォンユーザーのうち約60%が何らかのアプリを使用していることになる。ちなみに、ロシアではチャット・通話用のアプリケーションを総称して「メッセンジャー」と呼ぶのが一般的である。(大渡耕三)
シネマ見比べ隊!!
人類初! 有人宇宙飛行の光と影
『ガガーリン』VS『宇宙飛行士の医者』
1961年4月12日は、ユーリー・ガガーリンが世界初の有人宇宙飛行を成功させ、その名を歴史に刻むとともに、宇宙開発計画においてソ連が米国に、そして世界中にその威力を見せつけた日でもありますね。ガガーリン生誕80周年を記念して、その偉業とロケット開発者セルゲイ・コロリョフの功績に光をあてた映画『ガガーリン』が2013年4月12日にモスクワで公開されました。これに先立ち、有人宇宙飛行のために犠牲を払った人々のエピソードや心理的な動きをロケット打ち上げ6週間前から丁寧に辿った『宇宙飛行士の医者』が2008年に公開されています。いずれも人類初の宇宙飛行をテーマとしていますが、その光と影の部分、まったく相反する観点からこの出来事を描いています。今月は「宇宙飛行士の日」に因み、この2つの作品を見比べてみたいのです。(佐藤千登勢)
記者の「取写選択」
プーチンのいらだち
「あなたが(日ロ)関係を妨げたいなら厳しくて直接的な質問をしたらいい。その場合、厳しく直接的な回答を得ることになる」。2013年4月29日夕刻、安倍首相とプーチン大統領の会談が終わったばかりの大クレムリン宮殿・記者会見場。大統領は質問に立つ日本人記者を見据え、こう強調した。(小熊宏尚)