ロシアNIS調査月報
2013年5月号
特集◆日ロ経済協力の
新時代を見据えて
特集◆日ロ経済協力の新時代を見据えて
調査レポート
低速モードに入ったロシア経済
調査レポート
ロシア石油ガス分野の深層を読み解く
調査レポート
新たな極東開発国家プログラムとその矛盾
キーパーソンに訊く
スヴェルドロフスク州は欧州とアジアをつなぐ橋
クイヴァシェフ・スヴェルドロフスク州知事インタビュー
キーパーソンに訊く
ウリヤノフスクと日本の共通項は勤勉さと向学心
モロゾフ・ウリヤノフスク州知事インタビュー
ビジネス最前線
ロシアで積み上げた実績と石油ガス事業の未来
データバンク
2012年の日ロ貿易
資料
シリーズ◆ロシアの産業政策:自動車産業と冶金工業
INSIDE RUSSIA
新経済を担う戦略的イニシアティブ・エージェンシー
ロシア極東羅針盤
動き出すガスプロムの東方戦略
自動車産業時評
ロシアの自動車リサイクル税の行方
ロジスティクス・ナビ
石炭ブームとロシア港湾
ミニ・レポート
スコルコヴォはどこまで進んだか
ロシアビジネスQ&A
ロシアへの医療機器の輸出

研究所長随想
スターリンと私人として会談した後藤新平
日ロ異文化遭遇の日々
ロシア人の夢はすごいものを創ること
ドーム・クニーギ
藤原克美著『移行期ロシアの繊維産業』
業界トピックス
2013年3月の動き
◆関西広域連合・鳥取県主催の「ロシア商談会」
通関統計
2013年1〜2月の通関実績


低速モードに入ったロシア経済
―2012年マクロ実績の分析―

北海道大学スラブ研究センター 教授
田畑伸一郎

はじめに
 2012年のロシアの経済成長率は、2010〜2011年の4.3〜4.5%から1%ポイント程度下がって、3.4%となった。2010〜2011年には年率30%程度も上昇した油価がほとんど上昇しなかったことがその主因であると考えられる。2012年には、下半期に経済の失速が見られたが、その要因としては、@農業や投資をはじめとして2011年下半期の経済実績がよかった、Aインフレが加速した、B企業の投資意欲が大きく落ち込んだ、などが挙げられる。インフレ率は6.6%と高かったが、それが下半期に加速したことには、農業生産の不振、電力、ガスなどの国家規制価格の引上げが影響した。一方、家計、為替市場、財政などにおける状況は良い方向に進んでいるように見える。今後については、ロシア経済と関係の深いキプロス情勢がどのような影響を及ぼすのかなど不確定な要素が多いが、油価の急激な上昇が見込まれないなかで、しばらく低速モードのまま進む可能性が大きい。


ロシア石油ガス分野の深層を読み解く
―2012年の総括―

ロシアNIS経済研究所 部長
坂口泉

はじめに
 2012年のロシアの石油生産量は前年比約1.3%増の5億1,800万tに達し、ソ連解体後の最高記録を更新した。ガスの生産量も前年を若干下回ったものの、約6,720億立方メートルという高い水準を維持した(いずれもロシア連邦エネルギー省発表の数字)。さらに2012年の石油ガス分野では、日本への石油輸出の増加につながる可能性を秘めた太平洋パイプラインの2期工事の完成、シェールオイルに対する関心の高まり、大陸棚鉱区での動きの活発化、ロスネフチによるTNK-BPの買収、ガスパイプライン「サウスストリーム」の着工、日本へのLNG輸出を視野に入れたヤマルLNGプロジェクトをめぐる動きの活発化、やはり日本へのLNGやヘリウムの輸出を視野に入れたチャヤンダ鉱床開発プロジェクトの最終投資決定の採択といった肯定的なニュースが目立った。しかし、それらの好調な数字や景気のよいニュースとは裏腹に、石油分野もガス分野も現在、その根幹を揺るがすような難問に遭遇している。具体的には、ロシアの石油生産量の約半分を占めるハンティ・マンシ自治管区の資源の枯渇であり、ガスの生産拠点をヤマル半島に移すという大事業であり、欧州市場におけるロシア産ガスのプレゼンス低下である。
 その他、華々しい数字で飾られた個々のプロジェクトも注意深く見てみると、問題点が少なくない。たとえば、太平洋パイプラインに関しては充分な量の石油を本当に確保できるのか、チャヤンダ鉱床開発プロジェクトについては製品(LNG、ガス化学製品等)の価格競争力を確保できるのかという懸念が存在する。
 本稿では石油ガス関連の主要プロジェクトが抱える問題点、ならびに、それらの問題点が日ロのエネルギー協力に及ぼす影響に着目しながら、2012年の石油ガス分野を回顧する。


新たな極東開発国家プログラムとその矛盾

ロシア科学アカデミー極東支部経済研究所
P.ミナキル O.プロカパロ

はじめに
 2011年からロシア政府、なかでも経済発展省によって、社会経済発展の特定の目的達成のため、財政資金配分の新たなツールがつくられている。そのツールとは、ロシア連邦国家プログラムである。財務省はプログラムの枠内で、国家予算の歳出のおよそ90%を配分する予定である。国家プログラムは、複数の連邦目的プログラムとサブプログラムからなり、サブプログラムは、省庁別の目的プログラムと国家権力機関別の諸施策を含む。とくに連邦から各連邦構成主体への補助金の配分は、地域別国家プログラムを反映した形で、連邦国家プログラムの枠内でのみ行われる。
 この新しい配分制度は、例によって、法令に先立って導入された。そのため、ロシアの法令には「連邦目的プログラム」と「国家プログラム」の概念に明確な区分がなされていない。国の財政管理という観点からみると、国家プログラムは、国の予算の投資財源を中央集権のもとで配分するためのツールであり、連邦目的プログラムは、特定の目的(結果)を達成するために、国から割り当てられた財源を支出するためのツールである。このことが不明確な領域を多くつくりだしている。その領域の1つが極東・バイカル地域社会経済発展プログラムである。
 2013年末までは形式上、現行の極東・ザバイカル地域発展プログラムが有効である。クリル諸島発展プログラムは2015年まで効力をもつ。だが、2012年中ごろ、政府は新たな国家プログラムを策定するよう指示した。こうした「ジャンルの取替え」は、空間的にも、資金的にも、計画規模が大きくなったために行われるようになった。
新しい国家プログラムは、2つの省で同時に策定された。2012年末、地域発展省によって、ロシア連邦国家プログラム「極東・バイカル社会経済発展」草案1) が準備された。 プログラムの対象地域にイルクーツク州を加え、期間を2025年まで延長するというものであった。他方、2013年1月からは、極東発展省の国家プログラム案の作成が始まった。
 以下、これらプログラムの草案を検討する。


キーパーソンに訊く
スヴェルドロフスク州は欧州とアジアをつなぐ橋
Ye.クイヴァシェフ・スヴェルドロフスク州知事インタビュー

はじめに
 2月下旬、クイヴァシェフ知事を団長とするスヴェルドロフスク州代表団が来日、北九州、東京、名古屋で投資セミナーを開催しました。日本滞在中、知事及び一行はセミナー以外にも、関係企業と個別面談を行うなど、日本企業に対して、同州及び同州に所在するチタンバレー経済特区への投資を熱心に呼びかけられました。スヴェルドロフスク州はウラル連邦管区に位置し、州の人口はおよそ430万人、州都エカテリンブルグは138万人の人口を抱えるロシア有数の大都市です。ウラル地方及びスヴェルドロフスク州は、名実共にロシアの重工業の中心なのですが、なぜか日本との関係は希薄です。こうした状況に一石を投じるための知事一行の訪日でしたが、所期の目的を達成することができたのか、クイヴァシェフ知事に日本の印象や日本企業に期待することを率直に聞いてみました。(岡田邦生)


キーパーソンに訊く
ウリヤノフスクと日本の共通項は勤勉さと向学心
S.モロゾフ・ウリヤノフスク州知事インタビュー

はじめに
 2月下旬にウリヤノフスク州を訪問し、モロゾフ知事にお話を伺いました。沿ヴォルガ連邦管区に属するウリヤノフスク州には138万人、州都ウリヤノフスクには約60万人が暮らしています。ウリヤノフスクは、元来、自動車、航空機、兵器などを製造する産業都市として知られていましたが、ドイツをはじめとする欧州企業の進出が盛んで、近年、日本企業も大規模な製造工場を建設するなど、製造業の進出先として注目を集めています。インタビューでは、良好なウリヤノフスクの投資環境がどのように生まれたのか、その背後にあるものを伺ってみました。また、日本企業への今後の期待などもお聞きしました。(岡田邦生)


ビジネス最前線
ロシアで積み上げた実績と石油ガス事業の未来

東洋エンジニアリング
阿部知久さん
春田恭欣さん

はじめに
 先般、東洋エンジニアリングはタタルスタン共和国における製油所近代化プロジェクトを受注したことを発表しました。世界最大級の石油とガスの生産国・輸出国でありながら、環境規制や省エネ技術の採用が遅れているロシアにとって、非常に意義のあるプロジェクトです。同社が受注した背景には、およそ半世紀にわたるロシア(ソ連)における事業の歴史があることを忘れてはなりません。東洋エンジニアリングがロシアで目指す次のステージは、ロシアの石油ガス産業における日ロ協業の先例になるのではないでしょうか。そこで今回は同社のプラント営業を統括されている阿部さんと春田さんより、東洋エンジニアリングが長い月日をかけてロシアで積み上げ、培ってきた実績と信用、そして新たな開拓の対象としてのロシア市場について語っていただきました。(芳地隆之)


データバンク
2012年の日ロ貿易
―過去最高達成も下期に減速―

はじめに
 例年どおり、日本財務省の貿易統計にもとづいて、2012年の日本とロシアの貿易に関し、データをとりまとめて紹介する。当会ではすでに、『ロシアNIS経済速報』2013年2月5日号(No.1585)において、2012年の日ロ貿易を速報値で紹介済みだが、本レポートでは確定値を掲載する。(服部倫卓)


資料
シリーズ◆ロシアの産業政策(2):自動車産業と冶金工業

はじめに
 前回の4月号では、ロシア政府が2012年12月27日付の政府指令で採択した国家プログラム「鉱工業の発展とその競争力向上」の、本文を抜粋して紹介した。今回はそれに引き続き、同プログラムに付属している一連のサブプログラムのうち、重要度の高い「サブプログラム1:自動車産業」と、「サブプログラム11:冶金工業」を翻訳・紹介することにしよう。


INSIDE RUSSIA
新経済を担う戦略的イニシアティブ・エージェンシー

はじめに
 ロシアNIS貿易会はこのほど、ロシアの非営利団体「戦略的イニシアティブ・エージェンシー(ASI)」と、パートナーシップ・協力関係に関する覚書に調印した。同団体の幹部であるA.アヴェチシャン部長(リーダーズクラブ会長)らの一行が来日したのを気に、4月3日に当会の西岡喬会長が先方との間で文書に署名したものである。当会としては、ASIとの協力関係を活用し、今後より一層、日ロ経済関係の促進に取り組んでいく所存である。
 率直に言えば、ASIはやや分かりにくい組織であるのも事実である。しかし、ASIというユニークな組織の成り立ちを知ることで、今日のプーチン体制についての理解が深まるとも言える。そこで今回は、ASIの組織・活動概要と、その含意について論じてみたい。(服部倫卓)


ロシア極東羅針盤
動き出すガスプロムの東方戦略

 アジア太平洋地域へのガス輸出拡大に戦略の舵を切ったガスプロムが日本海沿岸でのLNGプラントの計画に本腰を入れはじめた。輸出拡大が見込めない欧州向けに代わる新たな輸出ルートを確保し、日本や中国を中心とするアジア太平洋地域への安定供給を目指す。供給源の1つと期待されるチャヤンダガス田(サハ共和国)の開発やガス田から日本海沿岸まで約4,000kmのパイプラインの敷設に投資決定をするなど、アジア太平洋へのガス輸出本格化に向けた動きを加速させつつある。しかし一方で、米国発のシェールガス革命で欧州向けが減少、価格も下落傾向にあるなど、新たな売り込み先を探さなければならない苦しい事情もみえる。(齋藤大輔)


自動車産業時評
ロシアの自動車リサイクル税の行方

 2013年2月になりロシア政府は、輸入車だけから徴収されていたリサイクル税を、国内で生産される車からも徴収する意向を表明しました。今後、法律と政府決定の改定が実施され、半年後を目処に国産車からもリサイクル税が徴収されることになる見込です。このことは、ロシアの純国産メーカーや現地生産を行っている外国メーカーに大きなダメージを与える危険性があり、大きな注目を集めています。
 そこで、今回は、リサイクル税の適用範囲拡大に至るまでの経緯、適用範囲拡大が及ぼす影響、ならびに、ロシアのリサイクルシステムの問題点等について言及します。(坂口泉)


ロジスティクス・ナビ
石炭ブームとロシア港湾

 このところロシア極東港湾で話題に上るのは石炭ターミナルの建設や増設の話ばかりです。最近公表された港湾統計『2012年のロシア、バルト諸国、ウクライナの海洋港湾を通じた貨物取扱状況』も石炭特集を組んでいます。ロシア港湾全体の概況と併せて紹介します。(辻久子)


ミニ・レポート
スコルコヴォはどこまで進んだか

はじめに
 最近のロシアの経済報道やネットなどを眺めていると、《стартап》という新語が目立つようになってきた。スタートアップ、つまりベンチャー企業のことである。資源産業、重厚長大産業を主体とするロシアにおいて、ハイテク分野のベンチャービジネスが奨励されるようになったのには、イノベーションセンター「スコルコヴォ」の果たしている役割が小さくないだろう。それでは、モスクワ近郊で、鳴り物入りで建設が開始されたスコルコヴォは、現在までにどれだけ進展しているのか? 筆者は2011年2月号の小誌において、「ロシア版シリコンバレー『スコルコヴォ』 ―上からのイノベーション・クラスター形成―」と題するレポートを発表した。本稿では、その後の動きと進捗状況につき、簡単に報告したい。(服部倫卓)