ロシアNIS調査月報
2020年5月号
特集◆動揺する世界と
エネルギー大国ロシア
 
特集◆動揺する世界とエネルギー大国ロシア
調査レポート
想定通りの低成長となった2019年のロシア経済
調査レポート
2019年のロシアの石油ガス産業
―目立ち始めた綻び―
調査レポート
2019年の日ロ貿易
―輸出品に多様化の兆し―
調査レポート
供給過剰下のロシアLNG案件の展望
調査レポート
ロシアにおける2020年の憲法修正をめぐる諸問題
ミニ・レポート
ロシア石油ガス産業におけるデジタル技術導入
ロシア極東羅針盤
太平洋パイプライン開業10年
ロジスティクス・ナビ
極東港湾をズームアップ
INSIDE RUSSIA
足元で急変するロシア経済
デジタルITラボ
コロナウイルスでロシアの生活は様変わり

ロシアと日本・
出会いの風景
ワーカホリックの日本人に感じるロシア人の本音
駐在員のロシア語
時事ネタを鍛える
ウクライナ情報交差点
2019年のウクライナの貿易実績
中央アジア情報バザール
2019年カザフスタン地域競争力ランキング
ロシア音楽の世界
チャイコフスキーの交響曲「マンフレッド」
業界トピックス
2020年3月の動き
通関統計
2020年1〜2月の輸出入通関実績
おいしい生活
「クランベリーの砂糖漬け」は昔ながらの素朴な味
記者の「取写選択」
298の命の木/マレー機撃墜事件


調査レポート
想定通りの低成長となった2019年のロシア経済

北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター 教授
田畑伸一郎

 2019年のロシア経済の成長率は1.3%に終わり、2018年の2.5%から低落した。しかし、この1.3%という成長率は、ロシア政府の想定通りの数字であった。2018年時点でのロシア政府の想定によれば、2019年の成長率は1.3%、2020年は2.0%、2021年以降3%台の成長が実現されるというものであった。このような想定の背後には、国家プロジェクト(ナショナルプロジェクト)が牽引する投資増加に基づく成長戦略があった。2019年において、下半期に集中したとは言え、国家プロジェクト実施に向けた支出はおおむね予定通り執行されたが、投資は予定通りには増えなかった。これは、今後の成長戦略の実現に対して早くも黄色信号を灯すものである。
 2019年は、中国経済の成長率鈍化をはじめとする世界経済の低迷もあって、油価やその他の資源価格が低落し、ロシアの輸出は不振に終わった。ロシア経済は内需のみによる成長となったが、投資だけでなく、消費もあまり伸びなかった。
 一方で、2019年のロシア経済には、ポジティブに評価できる面も多く見られた。インフレ率が3.0%にまで低下したこと、外国への純資本流出が減少した、特にロシアへの直接外国投資が増加したこと、株価が上昇したこと、石油・ガス収入以外の収入が増えて財政黒字が拡大したこと、それもあっていわゆる政府系ファンドである国民福祉基金の残高が倍増したことなどである。2018年には油価が上昇したにもかかわらず、米国の追加的経済制裁の影響でルーブルが減価するなどの異変が見られたが、2019年にはそのようなサプライズは見られず、想定通りの低成長に終わった。


調査レポート
2019年のロシアの石油ガス産業
―目立ち始めた綻び―

ロシアNIS経済研究所 名誉研究員
坂口泉

 ロシアにとり2019年は大規模プロジェクトが話題になった年であった。石油部門ではパイヤハという巨大鉱床を資源基盤とするヴォストークオイルという大プロジェクトが話題を集めた。ガス部門ではサハ共和国のチャヤンダ鉱床を起点に中国国境に至るシベリアの力という長大なガスパイプライン(PL)が12月に開通した他、ウクライナ迂回PLのひとつであるトルコストリームの1列目が12月末までに完成し2020年1月に開通式典が執り行われた。
 ただ、2019年は、それらの資源大国「ロシア」の面目躍如たる巨大プロジェクトの影で、様々な「綻び」が目立った年でもあった。石油分野では、ドルージバという欧州方面に向かう幹線PLに有機塩素化合物が混入し、数週間操業を停止するという前代未聞の出来事や、「チュメニの奇跡」ともてはやされていたアンチピノという製油所の経営破綻といった石油大国らしからぬ出来事が生じた。また、ガス分野では、対ロ制裁の影響でウクライナ迂回PLのひとつであるノルドストリーム2の完成時期が遅れるという事態が生じた他、ウェットガスの生産量の増加に伴う問題も顕在化しつつある。
 本稿では、上記の巨大プロジェクトの進捗状況や様々な「綻び」に留意しながら、2019年のロシアの石油ガス分野を回顧する。


調査レポート
2019年の日ロ貿易
―輸出品に多様化の兆し―

ロシアNIS経済研究所 副所長
中居孝文

 例年どおり、日本財務省の貿易統計にもとづいて、2019年の日本とロシアの貿易に関し、データをとりまとめて紹介することとしたい。すでに『ロシアNIS調査月報』2020年3月号、『ロシアNIS経済速報』2020年2月5日号(No.1816)において、2019年の日ロ貿易を速報値で紹介済みだが、本レポートでは確定値を掲載する。
 2019年の日ロ貿易は、輸出入合計で214億8,570万ドルとなり、前年比6.1%減となった。日本側の輸出は71億7,395万ドル(1.7%減)、輸入は143億1,175万ドル(8.1%減)であった。2019年には71億3,779万ドルの日本の入超で、2009年以来、11年連続の輸入超過となった。


調査レポート
供給過剰下のロシアLNG案件の展望

VYGON. Consulting
M.ベロヴァ E.コルビコヴァ

 ロシアは、サハリン2(生産ライン2本、総生産能力1,080万t)とヤマルLNG(生産ライン3本、生産能力1,650万t)という稼働中の2つの巨大LNG生産工場を擁し、LNG供給に係る世界ランキングにおいて8位の座を占めている。さらに、バルト海ではガスプロムがLNG船舶用燃料向けに利用される予定の小規模及び中規模のプロジェクトを展開している。すなわち、コンプレッサステーション「ポルトヴァヤ」地区の工場、ならびにヴィソツク港におけるLNG生産・積替施設である。2018年総計によると、稼働中の工場から出荷されたLNGは前年の1,060万tに比べ1,860万tとなり、LNGの世界需要の6%を賄う形となった。このうち1,030万tがサハリン2によるもの、830万tがヤマルLNGで始動されたラインによるものとなっている。


調査レポート
ロシアにおける2020年の憲法修正をめぐる諸問題

元 上智大学外国語学部ロシア語学科教授
上野俊彦

 本稿は、2020年1月20日にプーチン大統領によって発議され、国家院に提出されたあと、審議の過程で修正が加えられ、憲法修正手続きに基づいて、国家院および連邦院で可決され、各連邦構成主体議会で承認されたのち、3月14日にプーチン大統領によって署名・公布された「公権力の組織および機能の個々の問題の調整の改善についてのロシア連邦憲法修正についての憲法的連邦法」によって修正されることになるロシア連邦憲法の条文のうち、重要な変更箇所と思われるものについて、その概要を明らかにするとともに、その発議に至るまでの経緯・背景事情、日露関係への影響などについて考察したものである。


ミニ・レポート
ロシア石油ガス産業におけるデジタル技術導入

 石油ガス分野でのデジタル技術活用の推進については、ロシアでも2017年に国家プログラム「デジタル経済」が決定され、またその枠組みにおいて、2018年5月にはエネルギーインフラのデジタルトランスフォーメーションに関する大統領令が発令された(なお、ロシアの各産業におけるデジタル化の動きについてはドイツが推進している「インダストリー4.0」のコンセプトや取組みをモデルとして取り扱っているケースが多い)(長谷直哉)


ロシア極東羅針盤
太平洋パイプライン開業10年

 シベリアの油田地帯からロシア極東の太平洋沿岸へ石油を送るパイプライン、「東シベリア・太平洋石油パイプライン(ESPO)」が開業してから、2019年12月に10年を迎えた。このパイプラインをめぐっては、エネルギー供給源の多様化と中東依存からの脱却を図りたい日本と、急激な経済成長で、いまや資源輸入国となった中国が、太平洋沿岸と中国向けのどちらを優先着工するかで激しく争ってきた。最終的に両方建設することで落ち着いたが、着工前から注目を集めてきた。(齋藤大輔)


ロジスティクス・ナビ
極東港湾をズームアップ

 ロシアの東側玄関口である極東港湾の動向を、2019年港湾統計に基づき、石炭とコンテナの物流に焦点を当てて紹介します。(辻久子)


INSIDE RUSSIA
足元で急変するロシア経済

 新型コロナウイルスの流行で需要が低下したことなどから、2月後半以降、国際石油価格が下がり始め、3月に入り急落を見せた。ロシアの通貨ルーブルも、ほぼ石油価格と連動しており、油価と軌を一にするように下落した。(服部倫卓)


デジタルITラボ
コロナウイルスでロシアの生活は様変わり

 コロナウイルス感染の中心地は、中国や日本のクルーズ船から、欧州、そして米国へと完全にシフトした。ロシアでも、3月25日を境に大きく感染者が増え、プーチン大統領は同日、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、国民向けにテレビ演説を行い、憲法改正案の是非を問う全国投票を延期すると表明した。
 コロナウイルスの先行きが見えない中、人々は大きな行動変容を迫られている。今回は、ロシアの一般的な若い家庭を想定し、コロナウイルスがいかに人々の生活を変えるのかを検討し、それに伴って利用される様々なサービスを紹介する。(牧野寛)


ロシアと日本・出会いの風景
ワーカホリックの日本人に感じるロシア人の本音

 もうほぼ30年前の話だが、初めて数か月間、研修で東京にいた。ラッシュアワーのピークに、宿泊先から駅まで、日本人のサラリーマンの「波」に乗り、ぞろぞろと毎朝歩いていた。この「ぞろぞろ」の音がする足並みが若い私の心に深い印象を残した。(D.ヴォロンツォフ)


駐在員のロシア語
時事ネタを鍛える

 平日の朝、目が覚めると寝床で体を動かしながら、スタンドに装着しているタブレットPCで見るのが次の2つ: @テレビ東京の経済番組「モーニングサテライト」(通称「モーサテ」)、Aロシアの第一チャンネルのニュース番組ヴレーミャ。もちろん全部見ていたら時間が足りないので、トップニュース主体に飛ばし飛ばし見る。そして、職場に向かう車の中でスマホ-Bluetoothで聴くのが、ラジオNHK World-Japan のロシア語ニュース。夕方帰宅途上で聴くのが、ロシアのBusiness FM(BFM.ru)だ。こうして世の中の動きをフォローしつつ、日本で暮らしていても、ロシア語から離れないように努めている。ネット環境があれば、世界中どこにいてもできる。(新井滋)


ウクライナ情報交差点
2019年のウクライナの貿易実績

 このほど、ウクライナ統計局発表のデータにもとづき、最新の2019年までのウクライナの商品貿易統計を表にまとめたので、今回はこの資料をお目にかける。
 ウクライナの貿易は、2016年に輸出入とも底を打ち、それ以降は3年連続で回復している。2019年の輸出総額は500億6,034万ドルで前年比5.8%増、輸入総額は607億8,366万ドルで前年比6.3%増であった。(服部倫卓)


中央アジア情報バザール
2019年カザフスタン地域競争力ランキング

 本稿では「Forbes Kazakhstan」が2019年11月に発表したカザフスタンの地域別競争力ランキングを紹介する。同ランキングは、国家統計委員会、国税委員会、その他の関連省庁などが発表している公式統計の中から101の社会・経済発展指標を利用し、@経済発展(50%)、Aビジネス環境(20%)、B人的尺度(15%)、C公共管理(10%)、D環境(5%)という5つのファクターに分けて分析した結果に基づいている。(中馬瑞貴)


ロシア音楽の世界
チャイコフスキーの交響曲「マンフレッド」

 長年一度も生で聴いたことがなかったこの大作を、なんと3ヵ月間で2回も演奏会で生を聴く贅沢な機会があるとは、嬉しい驚きだった。1つは、2019年10月NHKホールでのチェコ・フィルの来日公演。もう1つは、2020年1月ミューザ川崎でのオーケストラ・ゾルキーの公演。優雅さを讃えたしなやかなチェコ・フィルの演奏と、劇的な要素を際立たせたゾルキーの演奏、どちらも素晴らしい名演で大いなる感動を大きなホールじゅうに巻き起こした。(ヒロ・ミヒャエル小倉)


おいしい生活
「クランベリーの砂糖漬け」は昔ながらの素朴な味

 今回ご紹介するのは、生のクランベリーを粉砂糖でコーティングしただけのシンプルなお菓子。プーシキンが愛したお菓子であり、ソ連時代に最も人気だったお菓子。国民的アニメ「(ソ連版)くまのプーさん」では、ロバのイーアーのセリフで誕生日に不可欠なものとして登場している。(斉藤いづみ)


記者の「取写選択」
298の命の木/マレー機撃墜事件

 早春の冷風が若い男女の写真を揺らす。オランダ語で I love you を意味する文字を記したメッセージカードも。写真がくくりつけられた若木は墓標代わりだ。男性は23歳、女性は20歳。298本の木々が命を受け継ぐかのように枝を伸ばし、犠牲者298人の名を刻んだ銘板を囲む=写真下。枝の先では、オランダ・スキポール空港を離陸したばかりの旅客機が高度を上げていた。(小熊宏尚)