ロシアNIS調査月報
2020年8月号
特集◆ロシアの貿易の
試練と挑戦
 
特集◆ロシアの貿易の試練と挑戦
調査レポート
2019年のロシアの貿易統計
調査レポート
ロシア農業と農産物貿易の最新動向
データバンク
ロシア肥料産業は外需と内需の両にらみ
ウクライナ情報交差点
激化するウクライナとロシアの貿易戦争
ロシア極東羅針盤
深刻化する極東輸送問題
エネルギー産業の話題
アジア市場に向かうUrals
自動車産業時評
国内市場の不振を補うロシアの自動車輸出
おいしい生活
免疫効果で注目のチャーガ茶が外国市場も開拓

INSIDE RUSSIA
戦勝75周年記念式典から改憲国民投票へ
中央アジア情報バザール
選挙シーズンを迎える中央アジア・コーカサス
ロジスティクス・ナビ
シベリア鉄道:日欧間トランジット輸送の鍵は料金
地域クローズアップ
プスコフ州は国境地域の利点を生かせるか
産業・技術トレンド
チェリャビンスク隕石はどのようなものだったか
ロシアメディア最新事情
地位を棒に振ったロシアの犯罪者たち
シネマ見比べ隊!!
不滅のゴーゴリ:『魔界探偵ゴーゴリ』三部作
ロシア音楽の世界
リムスキー=コルサコフ「シェヘラザード」
デジタルITラボ
ロシアにおける人工知能開発の今と昔
駐在員のロシア語
祝意の表現
業界トピックス
2020年6月の動き
通関統計
2020年1〜5月の輸出入通関実績
記者の「取写選択」
エリツィンとプーチンの憲法


調査レポート
2019年のロシアの貿易統計

ロシアNIS経済研究所 所長
服部倫卓

 ロシア連邦税関局が発行する『ロシア連邦外国貿易通関統計』の2019年年報が刊行され、2019年の同国の貿易動向に関する詳しいデータが明らかになった。そこで本稿では恒例により、『ロシア通関統計』およびその他の資料を利用し、同国の最新の貿易統計を図表にまとめて紹介し、あわせて解説をお届けする。
 2019年のロシアの商品輸出総額は4,187億ドル(前年比5.5%減)、輸入総額は2,544億ドル(同2.3%増)、収支は1,643億ドルの黒字であった。


調査レポート
ロシア農業と農産物貿易の最新動向

ロシアNIS経済研究所 名誉研究員
坂口泉

 ここ20年ほどでロシアの農業分野は急成長した。たとえば、ロシアはかつて穀物の純輸入国で、その輸入動向が穀物の国際価格に影響を及ぼすといわれていた時期もあったが、今や世界最大級の輸出国となり、その輸出動向が国際市場に影響を及ぼすようになっている。また、畜産部門も急激な成長を続けている。鶏と豚に関しては自給率がほぼ100%に達し、輸出強化の動きが具体化しつつある。牛肉もかつては輸入依存度が非常に高かったが、最近は国産の良質な牛肉が国内市場で広範に流通し始めている。さらに、トマトやキュウリを中心に温室栽培が盛んとなり、一部の野菜に関しては輸入依存度が急激に低下している。
 ただ、よく目を凝らして見てみると問題点や課題も少なくない。穀物に関して言えば品質の改善が進んでおらず、先進国への輸出が伸び悩むという傾向が今も続いている。また、畜産部門に目を転じれば、鶏肉と豚肉に関しては需要を上回るテンポで生産量が伸びる一方で国内消費量の低迷が続いており、供給過多に伴う値崩れ現象が観察され始めている。その関係で輸出の強化を試みてはいるが数字は思うようには伸びておらず、このままでは畜産事業者の投資意欲が減退する可能性もある。さらに、ここ数年順調に成長してきた温室栽培部門も、ロシア政府からの補助金の打ち切りや生産コストの上昇といった問題に直面しており、成長テンポが鈍化する兆しが見え始めている。その他、野菜栽培部門では住民副業経営のシェアが全般的に非常に高いという特殊な事情が存在し(これは総生産量に占める自家用の作物の割合が非常に高いことを意味する)、商品用野菜の需要が輸入品により満たされるケースが多くなっている。
 本稿では、穀物の他、畜産物、各種野菜の輸出もしくは輸入の状況に焦点を当てながら2019年のロシアの農業分野を回顧する。


データバンク
ロシア肥料産業は外需と内需の両にらみ

 ロシアの無機肥料産業では、順調な生産拡大が続いている。従来それを牽引してきたのは、外需である。大まかに言うと、これまではロシアで生産された肥料のうち4分の3ほどが輸出され、国内で消費される分は4分の1程度だった。
 しかし、農業生産の拡大に伴い、ここに来て肥料の内需が拡大している。各メーカーも、外需を引き続き主軸としつつも、国内供給も重視する姿勢に転じている。(服部倫卓)


ウクライナ情報交差点
激化するウクライナとロシアの貿易戦争

 今回は、いつもより枠を広げて、2014年発生のウクライナ危機を背景に、ウクライナとロシアが繰り広げている貿易戦争について事実関係を整理する。もっとも、「貿易戦争」と言っても、両国はもはや通商上の利益を追い求めているというよりも、通商措置を地政学的な対立の武器として駆使している感が強い。(服部倫卓)


ロシア極東羅針盤
深刻化する極東輸送問題

 バム鉄道の出口、ワニノ港に新しい石炭積出ターミナルがオープンする。ロシアの中堅採炭会社、コルマルが建設を進めてきたもので、年間最大2,400万tの石炭を輸出する計画だ。だが、開業が遅れている。理由に何があるのか。(齋藤大輔)


エネルギー産業の話題
アジア市場に向かうUrals

 5月に新しい協調減産協定が発効し、ロシアが実際に減産を実施し始めたころから、ロシアの代表的油種であるUralsをめぐる状況が変化してきています。マーカー原油である北海ブレントの価格を上回るケースが増えてきた他、これまでプレゼンスが低かったアジア市場への供給量も増えてきています。今回はそれらの変化とその背景にある事情をご紹介します。(坂口泉)


自動車産業時評
国内市場の不振を補うロシアの自動車輸出

 ロシアに所在する自動車メーカーは、ロシア国内向けの生産が基本であり、特に外資系メーカーがロシア工場から輸出を行うことは以前は稀でした。しかし、ロシア国内市場の冷え込み、ルーブル安、ユーラシア経済統合を背景に、各メーカーは輸出にも乗り出すようになりました。以下では最新の統計と情報を整理します。(服部倫卓)


おいしい生活
免疫効果で注目のチャーガ茶が外国市場も開拓

 チャーガ(和名:カバノアナタケ)は、白樺に寄生し10〜15年かけて成長するキノコの一種で、見た目は黒い木のこぶのようで一般的なキノコには似ても似つかない。チャーガは免疫力を高め、一説には抗がん作用があると言われている。ロシア産チャーガは、様々な国に輸出もされている。(斉藤いづみ)


INSIDE RUSSIA
戦勝75周年記念式典から改憲国民投票へ

 7月1日に実施された憲法修正を問うロシア国民投票の結果、中央選管による公式発表によれば、有権者の68.0%が投票に参加し、賛成票が77.9%、反対票が21.3%だった。すなわち、有権者の53.0%が賛成票を投じたことになる。かくして、憲法修正は国民の賛意を得たこととなり、修正憲法は早くも7月4日に発効した。(服部倫卓)


中央アジア情報バザール
選挙シーズンを迎える中央アジア・コーカサス

 2020年夏から秋にかけて、中央アジア・コーカサスで相次いで選挙が行われる。8月12日のカザフスタン上院(セナト)、10月4日のキルギス議会(ジョゴルク・ケネシュ)、10月31日のジョージア議会、加えて、本稿執筆時点は詳細な日程が未定だが、10月後半にタジキスタンで大統領選挙が行われる予定だ。本稿ではコロナ禍という異例の状況の中で選挙シーズンを迎える中央アジア・コーカサス諸国について、政治体制や選挙制度の最新情報も踏まえながら選挙前の動向を紹介しておくことにしたい。(中馬瑞貴)


ロジスティクス・ナビ
シベリア鉄道:日欧間トランジット輸送の鍵は料金

 日本からモスクワまで輸送しているコンテナを欧州まで延長するトランジット輸送の試験が、国土交通省の支援で2019年度に実施されました。その結果が明らかになってきました。(辻久子)


地域クローズアップ
プスコフ州は国境地域の利点を生かせるか

 広大な面積を持つロシアは長い国境線で囲まれており、陸上で14カ国、海上で2カ国と国境を接している。半数近くの構成主体が陸の国境を有しているのだが、エストニア、ラトビア、ベラルーシと3カ国もの国と国境を接している珍しい構成主体がロシアの北西に位置するプスコフ州だ。経済においては、鉱物資源も産業基盤も乏しく、北西連邦管区の中で最も経済発展の遅れた地域となっている。しかし、「国境地域」という地理的戦略的重要性からか、連邦政府は決してプスコフ州を軽視していない。プスコフ州にはプーチン大統領に近い若くて有望な人材が知事として送られているのである。地理的特徴を活かした経済発展が期待されるプスコフ州を紹介する。(中馬瑞貴)


産業・技術トレンド
チェリャビンスク隕石はどのようなものだったか

 2013年、チェリャビンスク州で火球が空を通り抜け、同時に発生した衝撃波が建物を破壊するような被害をもたらした。この火球の正体は、隕石であった。追って、チェリャビンスク隕石と名付けられたが、この隕石は落下が目撃され、その派手な落下からセンセーショナルに取り上げられた。落下から7年が経過して、すでに話題に上ることもすくなくなり、今更の話であるが、この隕石がどのようなものであったかを振り返る。(渡邊光太郎)


ロシアメディア最新事情
地位を棒に振ったロシアの犯罪者たち

 有名人がセンセーショナルな事故や事件の当事者になり、マスコミをにぎわせるという構図は古今東西共通であり、ここロシアでも例外ではありません。今回のコラムでは、ついこのあいだ著名な俳優が起こした飲酒運転による死亡事故と、大学教員が教え子と不倫し泥沼愛憎劇の末に起こした殺人事件を取り上げたいと思います。事故と事件を並べて論じるのは変かもしれませんが、この事故はほとんど殺人と同じですし、国民の注目度や衝撃度合い、当人がそれまで築き上げてきた地位を完全に棒に振ったという点で、非常に似通っています。(徳山あすか)


シネマ見比べ隊!!
不滅のゴーゴリ:『魔界探偵ゴーゴリ』三部作

 このコーナーでロシア映画を紹介させていただいて、はや5年。今回が最後となります。これまでお付き合いいただき誠にありがとうございました。このたびは最終回に相応しく、ロシアでひとつの現象を築いたゴーゴリ三部作を紹介したいのです。日本では「魔界探偵ゴーゴリ・シリーズ」と称し、ゴーゴリが誰なのか知らずとも楽しめる売り込みをしたようですが、ダークファンタジーやミステリーのファン層から大きな支持を得たようです。ドイツ、ベルギー、オーストリア、スイス、キプロス、アラブ首長国連邦等々でも好評を博したこの作品、ゴーゴリの作品を読んだことがあればなお楽しめますが、そうでなくとも熱狂させる吸引力があるようです。(佐藤千登勢)


ロシア音楽の世界
リムスキー=コルサコフ「シェヘラザード」

 千一夜物語こと、アラビアン・ナイトはどなたもご存知だろう。しかし、「アラジンと魔法のランプ」、「船乗りシンドバッドの冒険(7つの航海)」、「開け、ゴマ」の呪文で有名な「アリババと40人の盗賊」は聞いたことあっても、全編読破した人は、なかなかいないのではなかろうか? 分厚い岩波文庫で13冊にもなっていて、中国の水滸伝、三国志、金瓶梅に匹敵する大長編である。つい最近、ヨーロッパ最初のアラビアン・ナイト、「ガラン版の千一夜物語」の日本語訳が遂に完結したとの報も入ってきた。もともと誰によって書かれたかは定かでない。10〜16世紀にかけて何人もの人に書き継がれたもののようである。 これを題材にしたロシア音楽の傑作が、交響組曲「シェヘラザード」、作曲したのは、ニコライ・アンドレーヴィチ・リムスキー=コルサコフである。(ヒロ・ミヒャエル小倉)


デジタルITラボ
ロシアにおける人工知能開発の今と昔

 21世紀に入り、コンピューティングパワーが大幅に改善されたこと、ディープラーニングの分野で大きなブレイクスルーが起きたこと等を受けて、ここ15年間、人工知能開発は大きく進展した。今回はロシアにおける人工知能研究と開発の歴史、最近の動向、AI関連のスタートアップ企業を紹介したいと思う。(牧野寛)


駐在員のロシア語
祝意の表現

 もう何十年も筆者の誕生日に必ずお祝いのメッセージをくれる、かつて自分の部下だったロシア人がいる。わざわざメールでメッセージを書いてきてくれるのだが、やはり嬉しいものだ。そうなると、こちらからも先方の誕生日にはメッセージを送ることになる。こうしてロシア語の祝福メールの交換が続いている。これをやっていてつくづく思うのは、この人だけでなく、一般にロシア人による祝賀の意思の表現が豊かであることだ。(新井滋)


記者の「取写選択」
エリツィンとプーチンの憲法

 「人間、その権利及び自由は最高の価値である。人間及び市民の権利と自由の承認、遵守及び擁護は、国家の義務である」
 ロシア憲法は、第2条で人権や自由の尊重をこううたう。第1条が国名規定であることを考えると、2条は事実上、最高法規の冒頭で示す最重要項目と言っていい。制定は1993年。一党独裁から解き放たれた新生ロシアが、どんな国を目指したのかが伝わってくる。(小熊宏尚)