ロシアNIS調査月報
2020年9-10月号
特集◆ポストコロナの
医療・医薬品産業
 
特集◆ポストコロナの医療・医薬品産業
調査レポート
コロナ禍に挑むロシア医薬品産業
―2019〜2020年春の動きを中心に―
調査レポート
コロナ危機とロシア医療の動向
イベント・レポート
ロシア・スタートアップ・ビデオピッチ
―Stay Home Pitch―
ビジネス最前線
ヘルスケアを変える「スマート」な衣服の開発
ビジネス最前線
姿勢を正して快適なデジタルライフを実現
デジタルITラボ
ロシアにおけるメンタルヘルスケアテック
ロシアメディア最新事情
ロシアの人口減問題と中絶薬販売規制の行方
中央アジア情報バザール
カザフスタン・ウズベキスタンの製薬部門
データバンク
ロシアの20大医療機器メーカー
ロシア極東羅針盤
感染拡大が続くロシア極東

調査レポート
法修正に関する全ロシア投票をめぐる諸問題
報告
ロシアNIS貿易会令和2年度定時総会報告
INSIDE RUSSIA
極東でつまずいたプーチン政権
データバンク
2020年上半期の日ロ貿易
ロシアの二国間関係
制裁下でもロシアとの経済関係発展を貫くドイツ
ロジスティクス・ナビ
ロシア鉄道の輸送動向2019-2020
エネルギー産業の話題
ロシアの中国向けガス輸出プロジェクト
自動車産業時評
コロナ危機脱却を模索するロシア自動車産業
産業・技術トレンド
ロシア鉄道博物館案内
ウクライナ情報交差点
ウクライナのトランジット輸送の逆説
ロシア音楽の世界
ハチャトゥリアンの「ガイーヌ」
駐在員のロシア語
容貌の表現力
業界トピックス
2020年7月の動き
通関統計
2020年1〜6月の輸出入通関実績
おいしい生活
立ち飲み「チェブラーシカ」はモスクワの小東京
記者の「取写選択」
クワスと愛国主義


調査レポート
コロナ禍に挑むロシア医薬品産業
―2019〜2020年春の動きを中心に―

ロシアNIS経済研究所 名誉研究員
坂口泉

 ロシアの医薬品市場は2019年時点では平時の状態にあったといえる。必須医薬品の価格の再登録、二次元バーコードの導入の遅れ、輸入代替をめぐる問題(ジェネリックの品質の悪さ、原薬の輸入依存度の高さ)、強制実施をめぐる不可解な動き等様々な問題は存在したものの、公的部門(国および地方行政府による医薬品買付け部門)でも商業部門(医薬品小売部門)でも市場規模が拡大するなど、比較的平穏に時が過ぎ去ったとの印象が強い。ところが、新型コロナウイルスに対する警戒心が強まり始めた2020年3月ごろから、ロシアの医薬品業界の周辺が俄かに慌ただしくなる。たとえば、医薬品小売部門では3月になり急激に医薬品の販売が伸びるという現象が生じた。市民が必要な医薬品の備蓄を試みたからだ。また、連邦政府や連邦構成主体行政府もその頃から、コロナウイルス感染者の治療に使用できる可能性のある既存の医薬品を探し出す必要性や、それらの医薬品(たとえばHIV治療薬など)を十分な量調達する必要性に迫られるようになった。さらに、ロシアの各医薬品メーカーは有効とみなされる既存の医薬品の治験の実施、新しい治療薬とワクチンの開発という課題に直面することになった。ピークを過ぎた感もあるがロシアではまだ感染者数が高い水準で推移しており、医薬品業界では今も有事の状態が続いている。
 本稿では、まず、比較的平穏であった2019年の市場の状況を紹介した後、ロシアにおけるコロナウイルス治療薬の治験の状況、ワクチンの開発状況、コロナ禍に巻き込まれた2020年上半期の市場の状況などについて言及する。


調査レポート
コロナ危機とロシア医療の動向

衣川靖子

 当初は新型コロナウイルスの感染拡大が抑えられていたロシアだが、3月末から感染者が急増し、7月末現在、累計感染者数は80万人を超え、米国、ブラジル、インドに次いで世界第4位となっている。
 普段、日本でロシアの医療に関する報道を目にする機会は少ないが、新型コロナウイルスを巡っては、ミシュスチン首相をはじめとする政府閣僚の感染、モスクワなど大都市を中心に感染が爆発的に広がったこと、しかしその割に低い致死率、医療現場の疲弊と当局の圧力など、国内マスコミでも様々な報道がみられた。
 新型コロナウイルスは未知の病原体であり、ロシアだけでなく世界中で刻々と状況が変化し予断を許さない現段階で無責任に論じることはできないが、本稿では、ロシアの医療事情、制度および政策について、前提条件であるコロナ以前の最新の状況を概観した上で、現状と今後の見通しを考察したい。


イベント・レポート
ロシア・スタートアップ・ビデオピッチ
―Stay Home Pitch―

 2020年6月30日(火)、ロシアNIS貿易会は、初めて手掛けるオンラインビジネスイベントとして、ロシア・スタートアップ・ビデオピッチを開催しました。イベントタイトルは「Stay Home Pitch」と銘打ち、コロナ禍によって国境をまたぐ移動が制限された状態にあっても、日ロ間のビジネス交流を継続するためのアプローチを提示できるよう工夫をこらしました。新型コロナ対策にも繋がり得る医療技術、移動制限下での健康維持に役立つ技術やサービス、リモートワークを支援するための各種サービスなど、ロシアでの新しいビジネストレンドを示唆することのできる現地スタートアップを登壇者として選出、動画配信サービスを活用したピッチコンテスト形式でイベントを実施しました。当日は120名以上の視聴参加がありました。以下、ロシア・スタートアップ・ビデオピッチ「Stay Home Pitch」の概要を紹介します。(長谷直哉)


ビジネス最前線
ヘルスケアを変える「スマート」な衣服の開発

NeuroScan A.ルサコヴァさん

 本稿では、6月30日に実施した当会事業「ロシア・スタートアップ・ビデオピッチ」の優勝企業2社の1つであるスタートアップ、NeuroScanのCEO、アリーナ・ルサコヴァさんに同社事業及びプロジェクトについてお話を伺いましたのでご紹介します。同社は、ノヴォシビルスクを拠点とし、医療用デバイス開発に取り組むスタートアップである。東洋医学の「ツボ」の概念に着目、皮膚と「ツボ」から電気的に得られるデータを活用、内臓疾患を早期診断するためのシステムやサービスの開発を行っています。また、NeuroThermなどのウェアラブルデバイスの開発もしています。(長谷直哉)


ビジネス最前線
姿勢を正して快適なデジタルライフを実現

UNWU O.ノヴィコフさん

 本稿では、6月30日に実施した当会事業「ロシア・スタートアップ・ビデオピッチ」の優勝企業2社の1つであるスタートアップ、UNWUのCMO、オレグ・ノヴィコフさんに同社事業及びプロジェクトについてお話を伺いましたのでご紹介します。同社は、サンクトペテルブルグのスタートアップであり、コンピュータービジョンを活用し、人間の姿勢補正を目的としたプラットフォームを開発しています。リモートワークで長くなりがちな着席の時間に注目、着席姿勢をトラッキングし、健康増進につなげる技術開発に取り組んでいます。(長谷直哉)


デジタルITラボ
ロシアにおけるメンタルヘルスケアテック

 先日、若手俳優の三浦春馬氏の訃報が日本のエンタメ界、世界の演劇界を大きく動揺させた。また、5月には人気バラエティ番組の出演者が急逝している。どちらも自ら命を絶った格好だ。日本における自殺率は2009年以降減少に転じているものの、毎年約2万人が亡くなっており、依然先進国の中では高い数値となっている。また、15〜39歳の死因1位は自殺となっており、大きな社会問題となっている。バランスの良い食事・睡眠・運動を行い、生活習慣病を防ぎ、がんなどの大きな疾病を早期に予測して、健康寿命を伸ばしていくことはもちろん重要だ。一方で、インターネット革命を経て、人々のコミュニケーションスタイルは大きく変化し、現代人は精神疾患という別の脅威に晒されている。今回は、ロシアにおけるメンタルヘルスケアテックに焦点を当てたいと思う。(牧野寛)


ロシアメディア最新事情
ロシアの人口減問題と中絶薬販売規制の行方

 モスクワで新型コロナ拡大がピークを迎えていた5月末、「中絶件数を減らしてロシアの人口を回復しよう。ついては、薬局での中絶薬の販売も制限しよう」という方針がひっそりと大統領に提案されていました。これは大統領直属・子どもの権利全権代表のアンナ・クズネツォヴァが言い出したことです。この案には、子どもや女性の権利の専門家、国会議員たちが強く反発しています。(徳山あすか)


中央アジア情報バザール
カザフスタン・ウズベキスタンの製薬部門

 中央アジア諸国の医薬品市場は圧倒的な輸入超過であり、欧州やロシアを中心とした諸外国に大きく依拠している。しかし、各国政府が推し進める産業多角化や輸入代替政策、イノベーション発展といった流れの下で、製薬部門の発展や医薬品の国産化が進んでいる国もある。その代表格が域内で最も経済発展が顕著なカザフスタンと域内最大の製造業基盤を持つウズベキスタンである。前者の市場規模は約20億ドル、後者は約14億ドルであり、CIS内ではロシア、ウクライナに次ぐ3番目、4番目の規模である。本稿ではこれら2ヵ国の製薬部門の現状について紹介する。(中馬瑞貴)


データバンク
ロシアの20大医療機器メーカー

 2019年12月、雑誌『ロシアの保健』が「ロシアの医療設備・機器メーカー・トップ20」を発表した。ここでは、2018年の売上高に基づく20大国産医療機器メーカーを、表にまとめてご紹介する。


ロシア極東羅針盤
感染拡大が続くロシア極東

 新型コロナウイルスの感染が極東地域で拡大している。感染の中心地だったモスクワから1万km離れ、人口密度が低いロシア極東では、モスクワと比べて感染拡大の時期が遅くに始まり、そのスピードもゆっくりで、拡大や収束までにかかる期間が長く、感染者が時間とともに増えている。極東の場合もモスクワと同様に、外出制限と休業措置の段階的な解除が進んでいるが、その思いとは裏腹に1日当たりの感染者数は高止まっており、感染拡大に注視しながらの手探りでの緩和が続いている。(齋藤大輔)


調査レポート
憲法修正に関する全ロシア投票をめぐる諸問題

元 上智大学外国語学部ロシア語学科教授
上野俊彦

 本稿では、ロシア連邦憲法「改正」ではなく「修正」としている。それは、ロシア連邦憲法が、その基本原則を定める第1、2、9章の条項の変更を憲法「改正peresmotr」とし、残りの第3〜8章の条項の変更を憲法「修正popravka」として区別しており、今回はロシア連邦憲法第3〜8章の条項の変更なので、ロシア連邦憲法に従えば、憲法「修正」となるからである。
 また本稿では、「国民投票」ではなく「全ロシア投票」としている。これは、2020年6月25〜30日の期日前投票期間および7月1日の投票日にロシア全土で実施された投票が、憲法「修正」に関するものであるため、憲法「改正」手続きについて定めたロシア連邦憲法第135条に規定されている「国民投票」(正確には、「全国民投票vcenarodnoe golosovanie」という用語が用いられている)とは別のものだからである。


報告
ロシアNIS貿易会令和2年度定時総会報告

 一般社団法人ロシアNIS貿易会令和2年度定時総会は新型コロナウイルスの影響で、書面開催となり、「令和元年度事業報告」、「公益目的支出計画実施報告書」の報告、第1号議案「令和元年度計算書類等」、第2号議案「役員選任の件」の承認がなされました。以下では定時総会において報告された令和元年度事業報告の内容を掲載いたします。


INSIDE RUSSIA
極東でつまずいたプーチン政権

 7月9日、ロシア極東のハバロフスク地方で、S.フルガル知事が殺人容疑で逮捕されるという事件が起きた。フルガルは、2018年9月の知事選挙で、体制派の現職候補を破って当選した、野党「ロシア自由民主党」系の知事であった。知事就任後もプーチン政権の意に沿わない振る舞いを続け、クレムリンからにらまれていた経緯がある。本件は、もう十数年も前の2004年から2005年にかけての殺人事件に関与したという容疑であり、7月1日の国民投票というハードルをクリアした直後のタイミングといい、いかにも「国策捜査」の雰囲気が漂った。(服部倫卓)


ロシアの二国間関係
制裁下でもロシアとの経済関係発展を貫くドイツ

 最近のロシアの対外関係を見ると、クリミア問題やシリア問題を背景に欧米との関係悪化が深まっている一方で、中国やインド、トルコなどアジアや中東との関係を強化し、いわゆる「東方シフト」に向かっていると特徴づけられることが多い。しかし、当然のことながらすべての欧米諸国と対立関係が深まり、アジア・中東諸国と関係が強まっているわけではない。特に、経済関係に注目すると国ごとに事情は大きく異なり、ロシアと複数の国や地域の関係を一括りにして語ることは難しい。そこでこの新コーナーでは、ロシアと諸外国とのバイラテラルな関係に注目して、ロシアの対外経済関係を紐解いていくことにしたい。今回はロシアの盟友と呼ばれるドイツとの関係にスポットを当てる。(中馬瑞貴)


ロジスティクス・ナビ
ロシア鉄道の輸送動向2019-2020

 ロシア鉄道の2019年までの輸送動向、及び2020年上半期のコロナ禍での速報値を、同社のレポートに基づき紹介します。(辻久子)


エネルギー産業の話題
ロシアの中国向けガス輸出プロジェクト

 ロシアの中国向けガス輸出プロジェクトとしてはすでにシベリアの力というガスパイプラインが稼働を開始していますが、ガスプロムはこのほど「シベリアの力2プロジェクト」の実現に向けての本格的調査を開始することを発表しました。また、シベリアの力と関連して建設される予定のアムール・ガス精製工場のファイナンス・スキームも確定したようです。そこで、今回はシベリアの力の現状、アムール・ガス精製工場のファイナンス・スキーム、シベリアの力2の概要などについてご紹介することとします。(坂口泉)


自動車産業時評
コロナ危機脱却を模索するロシア自動車産業

 2020年第1四半期のロシアの新車販売台数はほぼ前年同期並みでしたが、コロナウイルスの流行を受け「非労働日」が導入された3月末以降、状況は一変しました。実店舗での新車販売ができなくなくなったため、4月の新車販売台数は前年同月比72.4%減という記録的な落ち込みを示しました。ロシア最大のマーケットであるモスクワ市で実店舗での新車販売が再開されたこともあり、6月は比較的販売が堅調でしたが、それでもまだ厳しい状況が続いています。本稿ではコロナ禍の影響を強く受けた2020年上半期のロシアの自動車の販売・生産状況をご紹介します。(坂口泉)


産業・技術トレンド
ロシア鉄道博物館案内

 前々回に紹介したとおり、ロシアは鉄道大国である。路線網は日本より長く、鉄道車両工業の規模は日本よりも大きい。都市部の鉄道網は、日本と比べれば密度や質で劣るかもしれないが、時間の正確性や運航頻度は世界でも上位クラスに入ることは間違いないだろう。ロシアが鉄道大国であることを反映して、ロシアに残された鉄道遺産は多く、見応えのある鉄道博物館が存在する。今回は、そうした鉄道博物館を紹介する。(渡邊光太郎)


ウクライナ情報交差点
ウクライナのトランジット輸送の逆説

 2014年以降、ウクライナとロシアの対立が続いており、二国間貿易は縮小する一方である。しかし、ウクライナによるロシア貨物のトランジット輸送に着目すると、また違った現実も浮かび上がってくる。実は、2019年に打ち立てられたウクライナ・ロシア経済協力の金字塔もあるのだ。(服部倫卓)


ロシア音楽の世界
ハチャトゥリアンの「ガイーヌ」

 今回、取り上げたアラム・イリイチ・ハチャトゥリアンという作曲家が、ロシア人でなくアルメニア人であること、作風もロシア音楽的でなくそれとは完全に一線を画した、極めてコーカサス・中央アジアの民族色の強い大胆・強烈なものであることをまずお断りしておかなくてはならない。とは言うものの、彼の生誕地ジョージアの首都トビリシは、生れた1903年当時ロシア帝国の統治下にあったし、彼はショスタコーヴィチとともに20世紀のソビエト連邦を代表する作曲家であるし、音楽を学んだのはロシアのモスクワ音楽院においてであった。(ヒロ・ミヒャエル小倉)


駐在員のロシア語
容貌の表現力

 単一民族の日本で生活していると、会う人の髪や目の色等について、よほど個性的でない限り、いちいち気に留めることはあまりないのではなかろうか。一方「人種のるつぼ」のロシアにいると、容貌のバラエティーが豊かであることは言うまでもない。そうした彼らを形容するための語彙力を蓄えていたいものだ。(新井滋)


おいしい生活
立ち飲み「チェブラーシカ」はモスクワの小東京

 6月中旬、外出制限が解除されたモスクワに「チェブラーシカ」という日本風立ち飲み店がオープンした。モスクワなのに東京・新橋駅周辺に来たような雰囲気で、ロシア的なユーモアを加えて日本の居酒屋をそのまま切り取って来たような店である。壁には、日本のネオンに囲まれた会社員のチェブラーシカが描かれている(本家はЧебурашка、こちらはТебура:сика)。若者の間で人気がある。(D.ブニコーヴァ)


記者の「取写選択」
クワスと愛国主義

 微妙な酸味と甘み、鼻に抜ける黒パンのような風味―。夏はロシア伝統の飲料「クワス」のシーズンだ。スーパーの棚にずらりと並ぶ褐色のボトルや、街頭や公園の立ち飲みスタンドはロシア圏ならではの光景と言える。クワスは千年以上前に歴史に登場し、帝政期もソ連時代も庶民に愛された。トルストイの「戦争と平和」には、ナポレオンに率いられたフランス軍兵士がモスクワに入った際、クワスを「豚のレモネード」とやゆしながらも「絶品だ」と喜ぶ場面がある。冷戦期には欧米から「ソ連のコーラ」とも呼ばれた。(小熊宏尚)