ロシアNIS調査月報
2021年7月号
特集◆今こそあえて
石炭を語ろう
 
特集◆今こそあえて石炭を語ろう
調査レポート
世界の石炭需給とロシアから日本への輸出見通し
調査レポート
不安定な市況に翻弄されるロシアの石炭産業
キーパーソンに訊く
ロシアの新興採炭会社が挑むアジア市場
ロシア極東羅針盤
コルマル社の炭鉱を見に行く
地域クローズアップ
石炭産業で300年の歴史を誇るケメロヴォ州
ウクライナ情報交差点
悩み深きウクライナの石炭・電力業
中央アジア情報バザール
中央アジア諸国の石炭産業
シベリア・北極圏便り
シベリアの石炭火力を取り巻く環境

調査レポート
ロシア通貨管理規則の主な変更点
INSIDE RUSSIA
ロシアの非原料・非エネルギー輸出目標の見直し
ロシアの二国間関係
戦略的パートナーへと深化するロシアとインド
シリーズ 工業団地探訪
ザヴォルジエ工業団地(ウリヤノフスク州)
ロジスティクス・ナビ
日ロ貿易の物流地理-2020
エネルギー産業の話題
協調減産におけるロシア石油会社間の格差
HOW TO ビジネス実務
ロシア税制の未来を読み解く(3)
デジタルITラボ
ロシアのゴミ問題とクリーンテックスタートアップ
産業・技術トレンド
2020年ロシアの旅客機生産
データリテラシー
ロシアのEV市場の現状と普及への取組み
ロシアメディア最新事情
モスクワの若者番組で玄米茶を利き茶
ロシア音楽の世界
ストラヴィンスキー作バレエ音楽「火の鳥」
業界トピックス
2021年5月の動き
通関統計
2021年1〜4月の輸出入通関実績
おいしい生活
「幸せ」という名のチョコレート
記者の「取写選択」
ホテルはスパイの仕事場


調査レポート
世界の石炭需給とロシアから日本への輸出見通し

独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構 石炭開発部
佐藤譲

 世界的に一次エネルギーの需要が拡大する一方で、地球温暖化問題を解決するための温室効果ガス排出削減を進める動きが欧米を中心に活発となってきている。特にCO2排出についてはより厳しい目が向けられており、各国のエネルギー需給やエネルギー政策に多大な影響を及ぼす可能性がある。
 このような状況下、本レポートにおいては、化石燃料の中でも相対的にCO2排出が多いが現在世界の発電電力量の4割近くを担い、今後もインドや東南アジア等で需要が拡大するとみられている石炭についてその動向を整理する。
 IEA World Energy Outlook 2020が公表するエネルギー需給見通しによると、向こう20年の世界の石炭需要は減少していくことが予測されている。温室効果ガス排出削減に向け、欧州を中心に石炭消費量を減少させていく動きがみられる。
 日本は2020年10月の菅首相のカーボンニュートラル宣言を受けて以降は特に低炭素に向けた動きが活発化しており、非効率石炭火力発電所のフェードアウトが議論される等、国内石炭需要の先行きについて不透明さを増している。しかし、石炭の有する低廉かつ安定的な供給が可能な特性は、エネルギー資源の乏しい日本にとって、今後も重要な役割を担っていく。現在日本は主にオーストラリアやインドネシアから石炭を輸入しているが、近年、近距離ソースであるロシア産の石炭輸入が伸びている。
 このような状況下、ロシアのエネルギー政策動向を把握することは、エネルギー安定供給確保の観点から、非常に重要であり、本レポートでは世界の石炭需給動向を詳述した後、ロシアの石炭情勢について概説する。最後に新エネルギーとして注目される水素開発をめぐるロシアと日本の関係について、将来の可能性を考察する。


調査レポート
不安定な市況に翻弄されるロシアの石炭産業

ロシアNIS経済研究所 名誉研究員
坂口泉

 2016年の後半ごろから2018年末ごろまで石炭の国際価格は高値で推移していたが、2019年に入りまず欧州市場で一般炭の価格が下落し始め、その後を追うようにアジア市場でも間もなく同様の傾向が観察されるようになった。また、夏〜秋ごろからは原料炭の国際価格も下降し始めた。そして、2020年に入ってからコロナ禍がその流れを加速させることになった。2020年の秋以降原料炭に関しても一般炭に関しても改善の兆しが見受けられるようになっているが、当面は予断を許さない状況が続く可能性が高い。さらに、世界的に加速している脱炭素社会への移行の流れを考慮すると、少なくとも一般炭については中長期的にも厳しい状況が続く可能性がある。
 ロシアの石炭分野は非常に輸出志向が強いので、国際価格の低迷は各採炭企業の活動に否定的影響を及ぼしている。生産量の大幅減にまで事態は至っていないが、各社とも財務的にはすでに厳しくなっているようで設備投資額を縮小する企業が2020年時点では目立っていた。
 本稿では、国際価格の低迷が及ぼした影響に着目しながら、2020年初めから2021年春にかけてのロシアの石炭業界内での主な動きを紹介する。また、同時に、輸出志向の強いロシアの採炭企業にとって極めて重要な意味を持つ石炭の輸出用インフラの整備をめぐる動きについても言及する。


キーパーソンに訊く
ロシアの新興採炭会社が挑むアジア市場

コルマル社 会長
A.ツヴィリョヴァ

 ロシア炭のアジア向け輸出の拡大が続いています。その中で急成長を遂げた企業があります。極東地域の南ヤクーチアで原料炭を生産・輸出するコルマル社です。大手と比べて規模はまだまだ小さいですが、原料炭輸出ではリーディングカンパニーの1つとなっています。地元の街や労働者とのコミュニケーションをとても大切にしながら、ここまで会社を大きくさせてきました。会社買収からこれまでの道のり、アジア輸出戦略、日本市場への期待、成長への課題、世界的な「脱石炭」の潮流など、アンナ・ツヴィリョヴァ会長に話にお話を伺いました。(齋藤大輔)


ロシア極東羅針盤
コルマル社の炭鉱を見に行く

 2021年4月、ロシアの炭鉱を訪れる機会を得た。モスクワから飛行機で7時間のところにあるサハ共和国南部のネリュングリに向かった。4月というのに雪が時折舞う人口5.8万人(ネリュングリ町、2021年初)の小さな街だった。道路沿いに白樺が生い茂り、地面に降った雪は炭塵で黒く汚れていた。「石炭」の街に来たと感じた。
 ここに来たきっかけは、モスクワで3月末に行ったコルマル社の会長へのインタビューだった。新しい鉱床の生産を開始するから、見に来ないかと招待されたからだ。その翌日には行くと決めていた。採掘現場をこの目で見れる滅多にない経験ができるからだった。(齋藤大輔)


地域クローズアップ
石炭産業で300年の歴史を誇るケメロヴォ州

 ロシア最大、世界でも最大規模の石炭埋蔵量を誇るクズネツク炭田(通称クズバス)が広がるケメロヴォ州は、その炭田に由来して2019年3月に「ケメロヴォ州−クズバス」に改名したロシアの石炭産業の中心地域である。
 クズバス炭田が発見されてから今年で300年を迎える。世界最大の炭鉱の発見によって多くの人が同地やその周辺に移住し、シベリア一帯に新しい都市や工場が誕生した。都市の誕生ではなく、産業開発の始まりを大規模に祝うのは非常に珍しいが、2018年8月にプーチン大統領は連邦レベルの祝賀行事として、クズバス開発300周年を祝うことを決定した。クズネツク炭田の発見がロシアの石炭産業の発展、さらにはシベリアやロシアの経済発展にとって大きく貢献したことを物語っている。(中馬瑞貴)


ウクライナ情報交差点
悩み深きウクライナの石炭・電力業

 ウクライナの石炭事情は、2014年の政変を経て、激変することとなる。自称「ドネツク人民共和国」および「ルハンスク人民共和国」が、ウクライナからの分離独立を掲げてドンバスの広大なエリアを占領し、ドネツ炭田の多数の炭鉱はそれら分離派の支配下に置かれた。ウクライナの石炭生産能力の70%程度が占領下にあるとされる。(服部倫卓)


中央アジア情報バザール
中央アジア諸国の石炭産業

 今号の特集に合わせて、このコーナーでは中央アジアの石炭産業について概説することにしたい。中央アジアの中でもカザフスタンは旧ソ連地域でロシアに次ぐ第2位、世界でもトップ10入りする石炭産出国である(2020年は第9位)。そして生産量はわずかながらウズベキスタン、キルギス、タジキスタンでも石炭が生産されている。(中馬瑞貴)


シベリア・北極圏便り
シベリアの石炭火力を取り巻く環境

 シベリアの経済を考える上で、切っても切り離せない存在、それが石炭です(ここで言及するシベリアは、連邦管区の区割りにしたがったものであり、ウラル連邦管区に区分されるチュメニ州などは含みません)。ロシアで採掘される石炭のおよそ57%がケメロヴォ州からのものであり、これにクラスノヤルスク地方(10%)、ハカス共和国(6%)、イルクーツク州およびノヴォシビルスク州(それぞれ約3%)を加えると、およそ79%を占めることになります(いずれも数字は2019年時点)。そして、この豊富な資源は輸出による外貨獲得源となっただけでなく、炭鉱開発に伴う都市開発とその発展を促すとともに、現地の発電および暖房燃料として今も広く活用されています。(長谷直哉)


調査レポート
ロシア通貨管理規則の主な変更点

瓜生・糸賀法律事務所
R.ジュロフ

 2003年12月26日、ロシア連邦院(上院)は、「通貨規制及び通貨管理に関する」連邦法律(2003年12月10日付第173-FZ、以下「通貨法」をいう)を承認した。
 2020年10月、ロシア政府は、国民の雇用及び所得の回復、経済成長、経済の長期的な構造変化を確実にするための国家政策計画を採択した。この文書の目的は、危機的状況におけるロシアビジネスに対する支援であり、さまざまな事業分野を支援するための多くの措置が規定されている。その分野の一つは、輸出を増やし、輸入代替を支援することである。当該分野の範囲で、通貨管理の規制を緩和の方向に変えることを目的としたものを含め、数多く措置が示されている。


INSIDE RUSSIA
ロシアの非原料・非エネルギー輸出目標の見直し

 本コーナーではこれまで何度か、ロシアのプーチン現政権が取り組んでいる政策枠組み「ナショナルプロジェクト」の問題に言及してきた。そのうち、筆者が最も注目しているナショナルプロジェクト「国際協業と輸出」に関して言えば、担当官庁である産業・商業省のHPにこのほど、修正版のナショナルプロジェクトの概要書が掲載された。(服部倫卓)


ロシアの二国間関係
戦略的パートナーへと深化するロシアとインド

 ロシアとインドの協力関係はソ連時代から続くが、かつては基本的に武器取引や軍事協力が中心であった、それが、昨今のインドはロシアにとって重要な経済パートナーの1つでもあり、両国の投資連携は多角的に展開している。コロナの影響で2020年は低迷したものの、二国間の貿易高も着実に拡大している。そこで、本稿では、成長著しいロシアとインドの関係について紹介することにしたい。(中馬瑞貴)


シリーズ 工業団地探訪
ザヴォルジエ工業団地(ウリヤノフスク州)

 今回以降は再びロシアにおける工業団地の探訪に戻ることとしよう。今回の探訪先はモスクワから東南東に約900キロ、飛行機で1時間の距離にあるウリヤノフスク州のザヴォルジエ工業団地である。(大橋巌)


ロジスティクス・ナビ
日ロ貿易の物流地理-2020

 2020年の日ロ貿易はコロナに翻弄され、ドルベースで前年比22.8%減少しました。本稿では同年の主要輸出入品が、日本のどの港を経由したかという物流地理を前年との比較を織り交ぜて探ります。(辻久子)


エネルギー産業の話題
協調減産におけるロシア石油会社間の格差

 ロシアはそれまで協調減産にあまり真剣に取り組んでいませんでしたが、2020年5月からの協調減産には真面目に対応しており、課せられた減産義務をほぼ完全に遂行しています。その結果、2020年のロシアの石油(ガスコンデンセートを含む)生産量は前年比で8%減少しました。ただ、気になるのは、石油会社により引き受けた減産義務が大きく異なるという点です。今回は、協調減産の過程で生じた企業間格差とその背景について考察します。(坂口泉)


HOW TO ビジネス実務
ロシア税制の未来を読み解く(3)

 本コラムでは、昨今の目まぐるしく変化していくロシア経済の中にあって、国家の収入源である税制は今後どのように変化していくのか、といった視点から未来を読み解いていきます。税制の未来の動きを考えることで皆様のロシアビジネスの将来予測に少しでも有用な情報をお届けできればと思っています。
 さて、第3回はデジタル課税についての未来予想図を読み解きたいと思います。(上村雅幸)


デジタルITラボ
ロシアのゴミ問題とクリーンテックスタートアップ

 筆者は、サンクトペテルブルグ市のクリーンテッククラスターでボードメンバーを務めている。クリーンテック(グリーンテックと呼ばれることもある)は、再生不能資源を使用しない、または利用する量を抑制した製品やサービス・プロセスのことをさす。一般的に、ロシア人やロシア企業が環境に配慮しているイメージは薄いかもしれないが、一部の企業のトップマネージャーや投資家、起業家の中には、環境に配慮したビジネスモデルや経済のサステナビリティに関して関心の高い人々がいる。今回は、ロシアにおけるクリーンテック(グリーンテック)に焦点を当てたいと思う。(牧野寛)


産業・技術トレンド
2020年ロシアの旅客機生産

 例年にならい、Vzlyot誌に掲載された生産数に基づき、2020年のロシアの旅客機生産についてまとめる。2018年以降、スホーイスーパージェットの販売の苦戦が目立つようになり、MC-21も政治に巻き込まれ、制裁の影響を受けるようになってしまった。2020年は世界の航空産業はコロナによる需要急減速で、大変な苦境に陥った。一方で、ロシアに関しては、コロナ前から苦境に陥っていた。そのため、2020年の旅客機生産は2019年より減少したが、コロナの影響であるか、それ以前の問題の継続であるかはイマイチよくわからない状況である。2020年には新機種の初飛行もあり、開発プロジェクトの進展も見られた。しかし、それらプロジェクトは、ロシア航空産業の起死回生につながるか疑問なものも多い。ロシアの航空産業は、今後しばらくは不透明な状況が続くと予想される。(渡邊光太郎)


データリテラシー
ロシアのEV市場の現状と普及への取組み

 世界的な電気自動車の販売増を受け、ロシアでもその導入拡大に向けた検討が進んでいます。EV推進に関するロシアの取り組みは、もちろん今に始まったことではありませんが、ロシア経済発展省と他省庁、そしてエネルギー産業と製造業との間にある業界間の思惑や認識のズレがその歩みを押しとどめてきた経緯があります。(長谷直哉)


ロシアメディア最新事情
モスクワの若者番組で玄米茶を利き茶

 ロシアでもすっかり定番の飲み物となっている緑茶。日本食レストランでなくても、たいてい「煎茶」がメニューに載っています。最近は「抹茶」(どのくらい本物が入っているかは置いておくとして)や「玄米茶」もあって、バリエーションに富んできたなと感じています。そんな折、テレビ局「モスクワ24」から、玄米茶の選び方について特集を組むということで、出演依頼がありました。(徳山あすか)


ロシア音楽の世界
ストラヴィンスキー作バレエ音楽「火の鳥」

 ストラヴィンスキーの作品では、以前このコラムで、バレエ「春の祭典」を取り上げた。ストラヴィンスキーの3大バレエ作品として名高い、「春の祭典」、「ペトルーシュカ」、「火の鳥」。しかし、この作曲家をまず聴くなら、バレエ「火の鳥」から入門するのが順当だろう。わかりやすいストーリー性があって、その筋書きも、王子が、悪魔に捕らわれた王女と出会い、恋に落ちて、悪者を退治して王子と王女は結ばれる、というお決まりのパターンで親しみやすいからである。「春の祭典」のように、生贄の儀式で乙女が踊り狂って死ぬ、みたいなバーバーリズムは微塵もない、「火の鳥」はロマンチックな物語なのである。(ヒロ・ミヒャエル小倉)


おいしい生活
「幸せ」という名のチョコレート

 今年初めに羽田空港で開催された羽田チョコレートジャーニーで日本初上陸した天使のマークのLE BONHEURは、サンクトペテルブルグのチョコレートブランドСЧАСТЬЕのフランス語名で「幸せ」を意味する。СЧАСТЬЕは2008年にサンクトペテルブルグにレストランをオープンし、現在はレストラン、チョコレート工場、チョコレート店からなり、サンクトペテルブルグ、モスクワ、パリ、ロンドンに店を構える。(斉藤いづみ)


記者の「取写選択」
ホテルはスパイの仕事場

 1986年8月、ソ連エストニアのタリン。香港から列車を乗り継いでたどり着いた歴史ある街で、国営旅行社インツーリストの係官は、「ヴィル」という名の外国人用ホテルに私を案内した。窓から見える海の向こうはフィンランド。部屋のテレビは同国の地上波が受信でき、地理的な近さがうかがえる。私は久しぶりに見る「資本主義国の番組」に小躍りした。
 このホテルの秘密を知ったのは31年後。3度目のタリン訪問時だ。(小熊宏尚)